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Episode 23

「こんばんは。名屋亜美(めいやあみ)さんですね?少しお時間を頂けませんか?」


一瞬にして全身が強張る。

それは動物の本能が危険を察知したかの様だった。

男はスーツ姿で、歳は40代と言った所。

一見怪しさは無いが、まるで私を待っていたかの様なタイミングに、警戒せずにはいられない。


「どちら様でしょう?何か私にご用ですか?」


変質者?

警察?あの娘の件で?

それとも私を消しに来た闇の組織?

この一言の間に様々な思考が巡っていた。


「あぁ……。怖がらせてすいません。結城社長から話があります。あちらにある車でお待ちです。」


ウチの関係者??私は見憶えがない。かなり怪しい……。

私の後ろを指差すが、目は男から逸らせないでいる。


「さあどうぞこちらへ……。」

「近寄らないで!」


近付こうとする男を牽制する。右手は護身用にポケットに忍ばせてある催涙スプレーを掴んだ。


「困りましたね……。完全に勘違いされている様で……。」


勘違いも何も、そんな簡単に信用したらバカでしょ?


神経を尖らせていたせいか、今度は背後の気配に気が付いた。


もう1人居る???


距離を詰めてくる気配に戦慄する。

これは覚悟を決めて戦うしか無いと、背後には気付かないフリをする。


「お~い!め…………うわっ!イタタタタタタタタタタ!!!」


その気配がある程度近付いた所で何か喋りかけてきた……。

が、興奮状態の私にはそれが聞こえず、一気に振り返り催涙スプレーを浴びせた。

よくよく確認すると、(うずくま)るその姿はよく知った者。


「社長!?」


ウチの事務所社長だった……。どうやらさっきの話も本当だったらしい。


「大丈夫ですか!?」


思わず駆け寄る。


「いきなり酷いな……。どうやら眼球には直撃していない。メガネで良かった……。でも目が開けられない。」

「社長……なんでこんなやり方……。警戒するに決まってます!ひとまずこれで洗ってください。」


バッグにペットボトルの水が入っていることを思い出し、メガネを外した社長の顔に掛けてあげる。


「目をしっかり閉じて下さい!」


洗顔をするようにジャブジャブと洗う社長に、ハンカチをタオル代わりに渡す。

顔を拭き終わった社長が話し出す。


「いやぁえらい目に遭ったな~。メガネは……まぁ仕方ない、予備があるから。」


刺激物まみれのメガネを仕舞い、新しい物を掛け直す。


「やっぱり彼じゃ君が怪しむと思ってね。自分で来てみればこの有様さ。」

「ごめんなさい……。でもあの方は……?」

「まぁウチの関係者ではあるんだが……君は会った事無いだろう。ともかく車に行こう。」


3人で車へと向かう。


「いきなり話なんてどうしたんですか?明日じゃダメだったんですか?」

「う~ん……ひとまず車に。話はそれからだ。」


車はマンションの角を曲がったすぐ先にあった。

そこには社用車ではなく、黒いベンツが停まっていた。

さらに不審な事に、社長は助手席に乗り込もうとする。


「あれっ?社長?なんでそっちに??」

「……実は中にもう1人いらっしゃるんだ。話とはその方から君にだ。だから僕はこっちで……。」


そうしてる間に先に迎えに来た男性が、後部座席のドアを開けてくれた。彼は運転手みたい。

本当に中には人影が見える。

私に用がある社長よりも偉いであろう人とは?

疑問に思いながらも、男性に礼を言い乗り込む。


「お邪魔しまーす……。」

「やあ!初めましてかな?名屋亜美君。」


そこには口ひげを携えた、ダンディーと言う言葉が相応しい男性がいた。

しかしその様相から、その筋の者だと容易に伺わせる。顔には傷があり、左小指は先が無かった……。


「あの……初めまして……。」

「ハッハッハ!怖がらないでくれたまえよ。私の名前は神崎司。君を取って食おうって訳では無いんだ。結城のトコのオーナーだと思ってくれ。」


そう言って笑うその顔は、とても優しそうに見える。


「今日は君に忠告があって来たんだが……。まぁ車で話すのもなんだし、どうだい?食事でもしながら。近くに深夜までやってる旨い寿司屋があるんだ。」


確かにお腹は空いていた。紅茶は飲んだけど夜ご飯は食べ損ねている。


「よろしくお願いします。」

「よし!決まりだ。おい!あの店へ!」

「かしこまりました。」


運転手が答えた。

神崎さんはお店に『今から行く』と、一言だけ電話をしていた。


車はホンの10分走らせただけで目的地に着く。そこには寿司屋の看板も何も無い。

しかし車を停めると、すぐに目の前の建物から人が出て来て車のドアを開けた。


「じゃよろしくな。」

「かしこまりました。」


運転手に告げた。


「結城は一緒に来い!その方が彼女も安心だろう。」

「はい!」


3人車を降り、店に通される。中は確かに寿司屋になっていた。

寿司カウンターは素通りし、奥の個室に案内される。


「ここは会員制だ。余計な邪魔が入らなくて良い。」


3人にしては少し大きめの座敷に座る。

私は悪代官とか出て来そうな場所だなぁ~……なーんてトボけた事を考えていた。


「飲み物は何がいい?日本酒もかなり揃えてあるから、好きな物を言ってくれ。」

「私は……今日アルコールは遠慮します。ありがとうございます!」


今は飲む気分ではない。


「それは残念。ではお茶を頼もう。結城!お前は付き合え!」

「は!承知しました!」


しばらくすると、特に注文をしていないのに、仲居さんがお酒とお茶を持って来る。

どんなシステムになっているのだろう?

私がお酒を注ごうかと立ち上がると、神崎さんはそれを制止し、仲居さんに注がせる。


「今日君は客人みたいなものだ。社交辞令は気にしないでくれ。」


間髪入れずにお寿司の盛り合わせが配られる。

10分前に連絡しただけなのに……さすがは会員制!


「さあ!まずは遠慮せずに食べてくれ。」


1人前10貫。恐らく一つ一つが1000円は優に超えているのだろう。そのネタの鮮やかさに生唾を飲む。

特に気になるのは大粒のイクラ。あの娘を思い出す……。


あの娘が好きなので、一緒にご飯に行くときは寿司屋も多かった。とは言っても高給取りでは無い私達は、もっぱら回る方だったけど……。

ひたすらにイクラとサーモンを食べるあの娘は、いつも子供の様に口一杯頬張って食べていた。

『何でイクラとサーモンばっかなの?』と聞くと『だって美味しいんだも~ん!』とこれまた子供っぽく返す。

そんなあの娘が美味しそうに食べている姿は大好きだった。


このイクラを食べさせてあげたい!そう思いながらも、空腹に負けた私はそれを口に放り込む。


「さて……。そろそろ本題の話をしようか。」


イクラを一粒一粒噛み締めながら味わっていると、神崎さんが切り出した。


「君は……色々と嗅ぎ回っているそうじゃないか。いやそういう言い方だと脅してるみたいだな。別に脅している訳では無い。あの娘が心配なのだろう?"堀井梨香"君が。」


正直このお偉いさんからあの娘の名前が出てきた事に驚いた。そう、私がこの数日ずっと追い求めてきたのは、私の友人であり妹のような存在。堀井梨香の居場所だ。


「見ての通り私はヤクザもんだ。鏑木会と言う所のな。聞いた事くらいはあるだろう?」


聞いた事があるも何も、警察から指定暴力団とされている組織で、ニュースでたまに抗争だの何だのって流れる。


「知っているかもしれんが、芸能界という業界と私達の商売は少し繋がっている。現に君の所属の結城事務所と、堀井君の芸能協同組合は、私達が筆頭株主になっている。」


噂には聞いていたが、実際に私達末端にまで関わってくる事は無かったため、実感が無かった。


「それでな……堀井君の件なんだが……。君達堅気の者が巻き込まれてしまった事は、本当に申し訳なく思っている……。」


リカの失踪はヤクザが絡んでいる???口ぶりからそう確信する。

でもなんでヤクザがリカを……?


「しかし……そろそろ"探偵ごっこ"は止めにして欲しい……。この件は少しややこしくて繊細な問題でね。今までは個人的なモノとして君の動きは放っておいたが、大森麻衣(おおもりまい)に接触したのは不味かった。」


大森麻衣……さっきまで私が会っていた人物だった……。

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