母の言葉、夜の終止符
家まで送ってもらうと
玄関先にいた父は、少し驚いたように私と警察官を見つめた。
「……どうしたんですか?」
不安そうな声に、警察官は柔らかく微笑んだ。
「今夜、娘さんがきっと話してくれます。
どうか、その言葉を聞いてあげてください。」
短い言葉を残し、覆面の車は静かに夜の奥へ消えていった。
短い挨拶のあと、覆面パトカーは遠ざかっていった。 残された静けさの中、 私は玄関の隅で、自分の心臓の音だけを聞いていた。
その夜、父は何も知らないまま寝室に向かい、
リビングには、母と私だけが残された。
時計の針が進むたびに、部屋の空気が冷えていく。
やがて、母がぽつりと呟いた。
「……辛かったと思うよ。」
その一言で、張りつめていたものが崩れそうになった。
けれど、そのすぐあとに続いた言葉が、
私の中の何かを静かに凍らせた。
「でもね、事件にして相手の人生を壊すようなことは、私はしたくないの。」
母は私の顔を見なかった。
まるで、そこに映る真実を直視したくないかのように。
「もう、あの子は学校も辞めたんでしょ?
これ以上、追い詰めても……」
声が遠くで揺れていた。
私はただ、うなずくしかなかった。
――別れられるなら、それでいい。
――それ以上、望んじゃいけない。
「……わかった。」
その言葉は、自分のものとは思えないほど空っぽだった。
後日、母は一人で警察署に行き、
「罪には問わないでください」
すべてを親同士の話で終わらるそう告げた。
すべてが“円満な解決”として片づけられた。
夜、母は私の携帯を手に取り、
彼に電話をかけた。
私は布団の中で、
息を潜めながらその声を聞いていた。
「親が出るようなことじゃないけど……これまでのお礼を言いたくて。
そして――もう、終わりにしてあげて。」
穏やかな声だった。
けれど、その穏やかさが、
私には世界のどんな叫びよりも痛かった。
母の優しさの形をした沈黙が、
この家を覆っていった。
そして私は、その沈黙の中で、
ひとりぼっちの現実と向き合うことになった。




