第6話 商会そして教会
「それにしてもすごい掘り出し物だね。聖女の宝剣だなんて……」
狐耳をぴょこりと揺らし、ユキはクリスの隣を並んで歩く。
「その剣、どうするの?」
クリスは腕を組んで唸り、少し考えてから、困ったような顔で答えた。
「MPを消費して斬れ味を回復するみたいだから、私が使う。剣、使ったこと無いけど……」
クリスは露骨に目をそらし、あははは、というふうに弱々しく笑う。
ところがユキはクリスを見て、少し間を置いてから、ふっと口を開いた。
「それじゃあ私が教えてあげようか? 私、こう見えてもBランク冒険者だから」
『「えっ」』
二人の声が重なり、足が止まった。
驚いて立ち止まる二人に、ユキは冒険者ギルドカードを取り出すと、カードを両手で持って二人に見せる。冒険者ギルドカードは表面の金属が光を反射して、鮮やかに輝いていた。クリスとヒエイは顔を近づけ、ギルドカードをじっと見た。記載されたランクは確かにBで、鑑定をかけるまでもなく、本物だと分かった。
クリスはユキの目をまっすぐ見つめ、それから、真剣な目で頭を下げた。
「私に剣を教えて下さい」
「いいよ」
ユキはすぐに頷き、クリスに近づくと人差し指を立てて、ただし、と続けた。
「厳しいよ。覚悟はいい?」
「はい」
クリスの返事は迷いなく、明るかった。
ユキはそれを聞いて、くすりと笑って歩き出し、クリスとヒエイは後を追うようについて行く。
クリスは歩きながら、手の中の聖女の宝剣を見下ろした。
掘り出し物には違いないが、聖女の宝剣には鞘がない、なので手で持って歩くのは、さすがに目立った。周囲の視線がちらちらと刺さるのを、クリスは感じていた。
でも、人目のあるところでアイテムボックスは使えないし。
クリスはそう思って、少し考えていると、頭にぱっとひらめきが走った。
一般常識スキルによるとこの世界にはマジックバッグなる物があり、これは異空間収納の機能を持つ魔法の袋で、一部の冒険者が持っているらしい。
そう、腰のウエストバッグを、それに見せかければいい。
クリスは何気ない素振りで腰のウエストバッグに手をかけ、聖女の宝剣の先を中へ傾けた。
バッグの口の奥、人の目には映らないその境界で、アイテムボックスの入口をそっと開く。聖女の宝剣が吸い込まれるように消え、傍から見れば、冒険者がマジックバッグへ荷物をしまった、それだけの動作だ。
聖女の宝剣の重さが消え、手がふっと軽くなった。
その一連の行動をすぐ後ろで見ていたヒエイが、小声で寄ってきた。
『なあ、俺が倒れた時、銃どこ行った』
思い出したように言うヒエイに、クリスは「私が持ってる。今返す」と口だけで動かし、再び何気なくウエストバッグへ手を入れた。今度は先ほどと逆の手順で、アイテムボックスから銃(M1911)を引き出し、バッグから取り出すふりをしてヒエイの手へそっと渡す。
ヒエイは受け取った銃(M1911)の形を確かめてから、同じようにウエストバッグへ手をやった。ヒエイはクリスの動きをそのままなぞるように、バッグの奥でアイテムボックスを開き、銃(M1911)をしまった。
ユキはそのことに気づかず、少し前を歩いていた。
商会の建物が見えてきた瞬間、三人の足が自然と緩んだ。
外観は、この街の石造りの建物たちとはまるで雰囲気が違った。全面が障子ガラス張りで、内側の廊下まで透けて見える、和風の二階建てだ。洋の街並みに突然現れた、異国の建物。建物の上には太い筆文字で書かれた看板が掲げられていた。
カク商会。
ヒエイが看板を見上げたまま、ぼそりと言った。
『核、商会…… あからさまに蒸発しそうな名前だな』
「たぶん絶対そっちじゃない」
クリスが即座に返す。ユキはきょとんとした顔で二人を見比べたが、深くは聞かなかった。
三人はのれんを潜り、格子戸を開けると、木の落ち着いた匂いがした。棚には品物が整然と並び、床は半分に切った石を敷き詰めたような石畳で、隙間は乾いた灰色の泥のようなもので無造作に埋められていた。どこか、現代のコンクリートを思わせる質感で、ここだけ時間の流れが違うような静けさがある。
ユキが近くの店員に向かって、慣れた様子で告げた。
「姉さんを呼んで」
店員は一礼して、奥へ消えた。
しばらくして、廊下の奥から足音が来た。
現れたのは、和服姿の女性だった。ユキと似た顔立ちをしているが、どこか艶めかしさが違う。ユキの柔らかさに対して、こちらは磨かれた陶器のような、近づきがたい美しさだった。頭上に揺れる狐耳も、同じ白だが毛並みが違う。
女性は扇子を手に持ち、奥からゆっくりと歩いて来る。その視線が、一度だけクリスとヒエイの上を滑った。値踏みでもなく、警戒でもなく、ただ静かに見た、という感じだった。
「ユキ。よう来たな、なにしにきたのかや」
「買い物、今日は将来有望そうな2人を連れてきたの」
「ほう それは予感かや」
「そうだよ、過去一番だよ」
姉妹は互いに視線で笑い合うような間を作った後、女性はこちらへ向き直り、扇子をパチンと閉じた。
「わちきがここの会頭をしておるユキナじゃよろしゅうな」
短く、しかし重みのある自己紹介だった。クリスは一瞬だけ固まって、すぐに背筋を伸ばした。
「私はクリスです」
『ヒエイです。』
ユキナは二人を見て、ふっと笑った。扇子が再び開く。
「何が欲しいのかや」
「日用品です 歯を磨くブラシとかありますか? 他にも欲しいものがあるんですが……」
クリスはそこで少しだけ言葉を切った。それから、ユキナへ一歩だけ近づき、顔から湯気が出そうになりながらも、絞り出した声でヒエイに聞こえないよう耳元に囁いた。
「髪の毛を梳かすブラシとか……下着とか……他にも色々……」
言いながら、耳の先まで赤くなっていくのが自分でも分かった。「ここでは話しにくいんですが……」と付け加えると、ユキナは一度だけ目を細めた。
「ちと奥に行ってくるのう」
ユキナがヒエイとユキに声をかけ、クリスを連れて板戸の奥へ消えた。
奥の部屋は、表の静けさよりもさらに落ち着いていた。部屋の中は和室で、部屋の中央には四角い机があり、机を挟むように座布団が置かれていた。奥の障子からは中庭の光が差し込み、机を照らしていた。
クリスは正座したまま、膝の上の手を一度強く握った。
ヒエイになら、黙っていても分かってもらえた。でも今回は違う。言葉にしなければ、何も伝わらない。
「じつは……この街に来る前は、私、男だったんです。事故で死んで、生き返ったら……女になっていて」
それだけ言って、クリスは一度言葉を切った。嘘はついていない。ただ、異世界から来たこと、神に会ったことは言わなかった。
ユキナは話を聞く間、一言も挟まなかった。扇子を膝の上に置いて、ただ静かに目を向けていた。視線はずっとクリスの顔にあったが、急かすような色はなかった。
「なるほどの」
一通り聞き終えてから、ユキナはゆっくりと口を開いた。
「して、なぜわちきに話したのじゃろか?」
クリスは少し間をおいてから、ユキナの目をまっすぐ見つめて、静かに答える。
「一番信用できそうだったから。 それに、いい商人はみんな揃って信用第一だろうから」
ユキナはそれを聞いて、今度はしっかりと笑った。扇子で口元を隠すのを忘れたような、少し素の笑い方だった。
「よう分かっておるのう。よし、わちきが教えてやろう。女に必要な物を」
ユキナは扇子で口元を隠すが、目元から彼女がニヤリと笑みを浮かべているのが、クリスは扇子の陰からでもわかった。
二人が奥から戻ってきた時、ヒエイはカウンター近くの棚の品を眺めていた。
「ずいぶん長かったな。 何、話してたんだ?」
「秘密」
クリスはそれだけ言い、視線を逸らすが、耳の赤みはまだ引いていなかった。
ヒエイはそれ以上聞かず、まあいいかと大して気にする様子もなかった。
しばらくすると、店員が品物を運んできた。歯を磨くブラシと着替えの服などの日用品で、他はクリスが買った物のようで、中身の分からない大きな箱だった。二人は代金を支払うと、先程と同じ様にウエストバッグをマジックバッグに見せかけて、買った物をこっそりアイテムボックスにしまった。
「またいらしてな」
ユキナのその言葉に、見送られながら商会を出た。
「欲しい物手に入った?」
ユキは二人の顔を覗き込むように、にこやかに聞いた。
「うん」
『手に入った。』
若干、頬を赤らめて答えるクリスに、その隣を歩いているヒエイは少し満足げに答え、二人の反応には明らかな温度差があった。
「それで、他には行きたいところある?」
「公衆浴場とかある?」
「あるよ、今から行く?」
「いや、流石にこの時間ではいかないよ」
クリスは眉を寄せて笑う。そう、現在は丁度、昼下がりの時間、湯浴みをするには少し早すぎる時間だ。
「場所教えようか?」
クリスとヒエイは親切に教えてくれるユキの言葉に甘えて、公衆浴場への行き方をわかりやすく教えてもらった。
『俺達はこのあと教会に行ってクラスに就いてから、冒険者ギルドへ登録しに行くけど、ユキはどうする? 宿の手伝いとかあるでしょ、時間とか大丈夫?』
ヒエイが問うと、ユキは少しだけ足を止めた。白い狐耳がわずかに傾いて、何かを考えるように動く。
「大丈夫。今日は夜まで休みにしてもらったから」
迷った割に、答えは短かった。それから、ユキはぱっと顔を上げて言った。
「じゃあ行こう」
先頭に立って歩き出すユキの後ろで、クリスとヒエイは顔を見合わせ、どちらからともなく続いた。
教会は、街の喧騒から少し外れた場所に建っていた。
石造りの建物は奥に広く、奥に細長い塔が一本、空に向かって伸びている。隣には孤児院が寄り添うように並んでいた。二つの建物の間から聞こえてくるのは、子供たちの声だ。叫ぶような笑い声と、何かを言い合うような声が、交互に飛んでいる。
重い扉を開けると、冷えた石の空気と、蝋燭の匂いが迎えた。
内部は薄暗く、高い天井に光が吸い込まれている。両側に木の長椅子が並び、その奥に祭壇がある。そして祭壇の中央に、高さ五メートルほどの石像が立ち、背後からガラス窓を通して太陽の光が差し込み、より神々しさが増していた。
長く流れる髪、柔らかく微笑む顔。
クリスは足を止めた。
見間違えるはずがなかった。あの白い空間で向き合った顔が、今、石になってそこにある。
……エリシス様だ。
クリスは心の中でそう呟き、素知らぬ顔で視線を逸らした。横にはヒエイもいたが、目が合うと、ヒエイもほんの一瞬だけ目を細めた。何も言わなかった。言わなくても、分かった。
像の左右には、別の女神の石像が控えるように置かれていた。三柱がこちらを見下ろしていた。
「今日はどのような要件でいらしたのですか」
声がした。奥から歩いてきたのは、黄色い目をした金色の髪の少女だった。年の頃はクリスと同じくらいか、やや幼いくらいで、白と黒のシスター服がよく似合っていた。
シスターの柔らかな声に促されるように、ユキは一歩前に出た。
「エリスシア、今日は2人のクラスを決めに来たの」
ユキの親しげな様子を見て、クリスは不思議そうに首を傾げた。
「2人は知り合いなの?」
「うん、小さい時からの幼馴染」
ユキは嬉しそうに言うと、エリスシアも柔らかく微笑んだ。
「幼い時よく二人で遊びました。お二方はクラスを決めに来たのですね」
エリスシアのその言葉に、クリスは門番のお兄さんが言った事をはっと思い出し、慌ててウエストバッグを探る。
「これ、お布施です」
クリスはそう言いながらエリスシアの手にそっとお布施を渡す。ヒエイはクリスがお布施を渡すのを見ると、自身も後に続く様に慌ててウエストバッグを探る。
『あ、お布施です』
エリスシアは二人からそっとお布施を受け取ると、静かに「こちらへ」と告げた。
案内されたのは、女神の像の正面だった。大きな石の顔が、真上からこちらを見ている。近くで見るとより一層、あの日の記憶が鮮明になる。クリスは密かに息を整えた。
「女神の像の前で祈ってください、祈りの形式はなんでも構いません。祈るという事が大事なのです。さすれば頭の中に自身のクラスが浮かびます。その中から選んでください」
エリスシアは女神の像を背後にして立つと、クリスが一歩前に出た。ヒエイは教会内だからか、グットサインで静かにクリスを見送り、それを横目で察したクリスはニコリと笑い、静かにコクリと頷く。
クリスはエリスシアの元まで歩くと、迷わず二回手を叩いた。手を合わせ、目を閉じる。
(いや、そこは跪いて祈る動作だろ。)
クリスの祈りの作法にヒエイはそうツッコミたくて、ウズウズしていたがぐっと堪える。
日本の神社でするのと同じ所作が、祈ることが大事だということなので、クリスはそのまま静かに続け、後ろでヒエイは肩を震わせこらえていた。ユキは不思議な祈りだなとか考えつつもクリスの後ろで静かに見守っていた。
クリスは自身の中に静かに意識を向けた。
すると、頭の中に、何かが浮かび上がってくる感覚があった。クラス名が現れる……はずだった。
浮かんだのは、文字だった。
?????
クリスは困惑で思わず目を開けた。瞬きをして、再び目を閉じ、もう一度確認した。しかし、変わらなかった。クラスが一つだけ存在して、その名前が、読めない。いや、表示すらされていない。クエスチョンマークの文字列が頭に浮かんでいるだけだった。
選ぶ余地もなかった。クリスは仕方なく「?????」を選び、後ろに下がりヒエイの方を振り向く。
『どうだった?』
ヒエイの問いに、クリスは渋い顔で答えた。
「分からなかった…… クラスが一つしか無くて、しかもハテナで分からない。仕方無く選んだけど……」
『何じゃそりゃ』
ヒエイが呆れたように言うと、クリスの後ろにいたエリスシアが困惑しながら静かに口を挟んだ。
「聞いたことありませんね ……それはきっと、神が試練を与えたのでしょう」
その一言が、妙にすとんと胸に落ちた。クリスは納得したわけでも、不満が消えたわけでもなかった。ただ、なんとなく、文句を言う気も失せ、釈然としないまま眼の前の長椅子に静かに座る。
今度はヒエイが前に出た。
女神像の前で静かに跪き、両手を合わせ、目を閉じる。すると、静寂に包まれる中、ヒエイの頭の中に、いくつかのクラスが浮かび上がってきた。
弓使い
ガンナー(ユニーククラス)
斥候
数秒後、ヒエイは目を開けた。立ち上がり、振り返る。すると、クリスはニヤリと笑みを浮かべ、口を開く。
「どうせ、ガンナーとかガンマンとかでしょ」
『良く分かったな』
「何年、親友だと思うの」
『だな』
二人が笑い合うのを、少し離れたところから見ていたエリスシアが、両手を合わせて静かに言った。
「二人のこの先の未来に、神のご加護がありますように」
「ありがと」
クリスがそう返すと、後ろで待っていたユキがほっとしたように肩の力を抜き、言った。
「終わった? 次は冒険者ギルドだね」
三人は礼を告げて教会を出た。扉を開けると、外の空気が肺に飛び込んでくる。エリスシアが背後で見送っている気配があった。
横を流れる孤児院の方から、また子供の笑い声が聞こえ、それを背に三人は教会を後にした。




