第17話 己と向き合え1
クリスは自身のクラスが聖女であると告げられた。
クリスは現在、覚醒の途中にあり覚醒を完了させるには試練を乗り越える必要がある。
エリスシアはそう告げ、ただ立ち尽くしているクリスに、その力で味方を支援してくれと言い、クリスは逃げるようにその場を後にした。
クリスは城壁の上に上がりヒエイを探すと、すでに城壁には鎧を身に着けた兵士たちが慌ただしく行き交っていた。
高く立派な城壁に、時間が刻一刻と迫っているのを知らせるかのように風が吹き付け、あちこちに立てられた篝火の炎が揺れる。
暗がりの中、至る所で兵士同士の会話や怒号に近い指示が飛び交い、兵士たちが巨大なバリスタの矢が山のように入っている箱を二人がかりで運び、クリスの横を通り過ぎる。
バリスタの前では兵士たちがバリスタの弦や動作の確認をして戦闘に向けて整備していた。
兵士長らしき男の張り詰めた指示や、緊張感の漂う話し声が至る所から響く。
冒険者たちもまた、支給された矢の確認や装備の調整に余念がない。
誰もが一丸となって、来たるべき戦闘に向けて着々と準備を進めていた。
クリスはその人混みを避けるようにしながら、相棒の姿を探して視線を走らせる。
「あ、ヒエイ見つけた」
クリスの張りのある声が響き、俯いていたヒエイの肩がピクリと動き、顔が上がる。
ヒエイは声のする方へ視線を泳がせ、やがてまっすぐにクリスを捉えた。
『おう、どうしたんだ?』
バリスタが置かれておらず、兵士や冒険者の声が微かに聞こえるだけの場所に、ヒエイは冷たい鋸壁に背を預けて腰を下ろしていた。
クリスが近寄ると、ヒエイの足元に広げられた布が目に留まる。
その上には銃(M1911)のスライドやバレルなどが乱雑に置かれ、各部品が篝火の光に照らされて淡い輝きを放っていた。
「何してるの?」
クリスは膝に手を付き、ヒエイの手元を覗き込むようにしゃがむ。
ヒエイは手にしたブラシで、細かな銃の部品についた汚れを、こすり落としながら答える。
『ん~ 銃の整備。流石にしっかりとした道具がないから簡易的にだけど』
ヒエイは手元を見ながらそう言って、分解した銃(M1911)を組み立て始めた。
『ところで、なんでここに? クリスは回復要員じゃなかったっけ?』
ヒエイは銃(M1911)の部品を一つ一つ組み立てながら、不思議そうに首をかしげて尋ねる。
クリスは鋸壁を背にしながらヒエイの隣に座ると両手の人差し指の先を合わせながら、答えづらそうに目を泳がせる。
そして、意を決したように声を絞り出した。
「実は……」
そこから、クリスの口から語られたのは、聖職者たちの熱烈な祈り。聖女宣告。そして、まだ『未完成』ゆえの試練。
聞けば聞くほどクリスが聖女など柄にもないので、ヒエイは数秒、口を半開きにして固まった。
『ふっ、ははは! 聖女? お前が? 似合わねぇ〜〜!』
クリスの話を聞いたヒエイは突然、爆発したかのように思わず吹き出して笑う。
「まったくだ!! どうしてこうなった。」
クリス自身も自分が聖女に似合わないことを認めているようで、他人事のように怒っていた。
「だって俺が……大丈夫ですか勇者様、今傷の手当を……とか言うようなキャラに見える?」
クリスは一転して顔を輝かせると、胸の前で両手をきつく握りしめた。
すっと背筋を伸ばし、慈愛に満ちた笑みを湛えて虚空を見つめる。その姿は、絵画から抜け出してきた聖女そのものだった。
それを見たヒエイは、一瞬だけ硬直した。
男だった頃の上谷 真と今のクリスを脳内で重ね合わせ、そのあまりの落差に、文字通り腹を抱えて笑い転げる。
『はっはははははは。似合わねえ!! はっ腹痛い!!』
「笑いすぎでしょ!!」
なおも笑い続けるヒエイに、クリスは眉をひそめ、口を尖らせへの字にして少し腹を立てる。
ひとしきり笑い終えたヒエイは、涙の浮かんだ目元を拭うと、どこか楽しげに口角を上げた。
『それと、素に戻ってたぞ。 今さっき俺って言っていたぞ』
ヒエイは先ほど漏れ出たクリスの失言を諭すように、静かなトーンで語る。
「いけない、気をつけないと」
クリスはっとした様子で慌てて自分の口を手で覆った。
一方でヒエイは会話をしながらも視線は手元に落としたままだ。
流れるような手つきでパーツを噛み合わせ、最後の部品を収めるように、音もなくM1911を組み上げていく。
『よし、できた』
ヒエイは組み上がった銃(M1911)を両手で持ち上げると、篝火にかざして隅々まで状態を確かめた。
スライドを引き、引き金の戻り具合を調べ、セーフティを動かす。
そうして一通り触れた後、不安を漏らすように大きなため息を吐いた。
『流石にこの銃だと心許ないな……』
その呟きを聞いた瞬間、クリスは何かを閃いたように顔を輝かせ、勢いよく立ち上がった。
「それならいい方法があるよ。光よ、双魂の架け橋となりて、輝きを等しく分かちたまえ。マナシェア!!」
クリスが魔法を唱えると、クリスとヒエイの体が淡く水色の透き通った光の膜に包まれ、その膜から細い光の糸が伸び、二人の糸が結びついて一本の光の糸になる。
自分の中を巡る魔力が、細い水路を作って外へ流れ出していくような感覚があった。行き先はヒエイの方だと、感覚だけで分かった。
『何この魔法?』
ヒエイは自身の体を包み込む光の膜を、まじまじと興味深そうに見つめ、クリスと結びつく光の糸を目線で追い、不思議そうに指先で糸に触れようとする。
しかし、ヒエイの指先は糸をすり抜け、実体がなかった。
「分かりやすく言うとMPを共有で使えるようにする魔法」
クリスは自慢げに人差し指を立て、鼻を鳴らす。
『つまり、クリスのMPが使えると言う事?』
ヒエイはクリスの方を振り向く、その瞬間、城壁の上に、下から吹き上げる風が通り抜けた。
「Yes これでスキルで好きな銃出せるよ」
クリスが自信満々に答えるのと同時に、風でクリスの青いミニスカートが舞い上がり、純白でレースの付いた下着が顕になる。
ヒエイの目にはその光景がしっかりと焼き付き、顔が一気に赤くなり、あからさまに顔を逸らす。
ヒエイは顔を逸らすが、その横顔はクリスの目にもしっかりと分かるように頬から耳にかけて赤く染まっていた。
クリスは恥ずかしさの余り、みるみる顔が赤くなり、勢いよくスカートの裾を抑える。
一瞬の沈黙がその場を襲い、静まり返る。
クリスは小刻みに震えながらも視線をゆっくりとヒエイの方へ向け、尋ねた。
「ねえ……見た?」
『見てない……』
あからさまに嘘とわかるヒエイの反応に、クリスの体全体の体温が徐々に上昇する。
クリスはスカートの裾を抑えつつ、片手で自身を仰ぎ、ジト目で真直ぐとヒエイを見つめて言う。
「嘘をつくな、嘘を! 私にはバッチリ見えてたからね、ヒエイの耳まで真っ赤になってるの。見てないのに、そこまで赤くなる?」
クリスの有無も言わさない鋭い指摘に、ヒエイはなおもそっぽを向いたまま答える。
『み……見た……』
「正直でよろしい。まあ、今のは事故だから怒ってないよ」
クリスはやれやれといった様子でふっと軽く息を吐き、鋸壁を背に、足を崩して座る。
「ねえ、なにか言うべきことがあるでしょ」
『大変眼福でした?』
ヒエイは拝むように両手をあわせてありがたそうに言う。
「ちがーーう」
『じゃあ、なんだよ』
「ちゃんと『ごめん』でしょ」
『あ、ごめん』
「軽っ!! もうちょっと反省してる顔して」
クリスはフグのように頬を膨らませ不満そうな顔をするが、その表情は可愛くとても怒っているようではなく、ヒエイ本人も殆ど反省していなかった。
『じゃあ早速、何か銃作るか!!』
ヒエイは作り笑顔でクリスの方を振り向き、話題を逸らす。
『銃作成』
ヒエイがそう言うと両手から光が現れ、その光は細長く伸びて行き、徐々に銃の形へ変化していく。
すると、ヒエイの手にスナイパーライフルが現れ、その重さがずしりと手に伝わった。
『流石に少し重いな……』
ヒエイがぽつりと呟くと、クリスは逆に自身の体から大量に抜ける魔力の感覚に驚きの声を上げる。
「うあ、魔力がごりっと削らるね。何作ったの」
クリスはヒエイの作り出したものに目を向ける。
「へえ、スナイパーライフル? 触らせて」
『いいぞ、重いから気をつけろよ』
ヒエイはそう言って両手でスナイパーライフルを渡す。クリスはスナイパーライフルを受け取ると、まるで重さを感じないかのように軽々と片手で持ち上げ、ヒエイはヤバいものを見るかのような目で、驚いたようすで見つめる。
『クリス、対物ライフル軽々と持ち上げるけど、重くないのか……』
「いや、全然重くないけど? それとこの銃、スナイパーライフルじゃないんだ。」
『そいつは、バレットM82A1ていう対物ライフルだな。 正確にいうと、スナイパーライフルは基本的に対人用で、対物ライフルは主に装甲車とか撃つためのものだな。にしてもまあ、よく十二キロもあるものを軽々と……クリスなら一丁ずつ片手に持って二丁撃ちとか出来そうだよな』
ヒエイは対物ライフルを両手に二丁持っているクリスの絵面を思い浮かべたのか、こらえきれずに噴き出して笑う。
「まあ、多分ステータスの影響かな、一時的な物だし、元に戻ったら無理だと思うよ。それより私にもなんか出して」
『青い猫のロボットじゃないんだから。クリスに合う銃か……となると、あれかな。銃作成』
ヒエイは少し考えると両手を前に出し、その手から銃が生成され、今度の光は対物ライフルほど長くはなく、大きくもなかった。
『よし、出来た。M16A3、アサルトライフル』
「おお、ゲームで見たことある」
クリスがそう言うとヒエイはニヤリと笑みを浮かべ、クリスにをアサルトライフル手渡す。
『なら、リロードも出来るよな。やってみて』
クリスはアサルトライフルを受け取るとゲームでのキャラの動作を思い起こしながら、アサルトライフルを両手に持ち、グリップを握る。
「確か……」
クリスはそう言ってマガジンの上に付いているボタンに人差し指を掛け、ボタンを押す。すると、マガジンが自重で落ち、金属音を立てて地面に落ちる。
『銃作成』
ヒエイはすぐさまスキルを発動し、マガジンを生成する。そのマガジンは 左右に丸いドラムが二つ並んだツインドラムマガジンだった。
『ほい、クリスの好みに合わせたやつ』
「確かにゲームだとLMGとか何発も打てるやつが好みだね」
クリスはヒエイから手渡しでツインドラムマガジンを受けとる。クリスはすぐさまM16A3にツインドラムマガジンを差し込み、T字型の装填レバーを引く。
「よし、出来た。後は安全装置を外して射撃切り替えするだけでしょ」
『できるようだな。貸してみろ、この暗さだから暗視スコープとか付けないと見えないだろうし、クリスの場合は実銃撃つの初めてだから銃を固定するバイポッドとか付けないとだから』
クリスはヒエイにM16A3を渡すと、ヒエイがM16A3とバレットM82A1に暗視スコープを取り付けている間、クリスはひたすらツインドラムマガジンに弾を装填する。ヒエイも暗視スコープやバイポッドとかをネジで取り付け終える。どうやら、ドライバーとかネジとかも銃作成で生成出来るようだった。取り付け終えたヒエイもバレットM82A1のマガジンに徹甲弾を装填し始める。ヒエイはユキに言われた「金属の礫が魔物に通用するのは、精々Cランクの魔物」という言葉を気にしているのが、ヒエイの使う銃と弾でクリスには言わなくてもわかった。
そして、二人が十分とも言える量の装填済みのマガジンを用意した頃、二人のもとに足音が近づいてくる。




