第15話 奇跡の光の柱
クリスとヒエイは男に案内され、街の門へと向かった。
近づくにつれ、空気がざわめきを帯びていく。門の前には、すでに大勢の人だかりができていた。悲鳴にも似た心配する野次馬の声。
「通してくれ!」
男が声を張り上げ、肩で人混みを割っていく。クリスとヒエイもその後ろに続き、押し寄せる体の隙間を縫うようにして進んだ。
やがて、人だかりの中心が見えた。
布の上に、四人の負傷者が横たえられている。腕から、頭から、止血の布を巻いてもなお血が滲んでいた。うめき声がいくつも重なり合っている。
その中でも、ユキの状態は明らかに違っていた。
左腕が、なかった。
肩から先が布でぐるぐると巻かれ、そこから先には何もない。応急処置の止血はされているものの、顔色は紙のように白く、唇には血の気がなかった。浅い呼吸が、かろうじて胸を上下させている。
「ユキ……」
あまりに凄惨な光景に、クリスとヒエイは思わず立ち尽くした。声も出なかった。この一ヶ月、魔物を狩り、レベルを上げ、それなりに強くなったつもりでいた。だが今、目の前にあるのは、そんな積み上げてきたものを一瞬で吹き飛ばすような、剥き出しの現実だった。
「頼む、早く傷を治してくれ!!」
男の声が、焦りに震えていた。
その声に、クリスはハッと我に返った。慌てて駆け寄り、ユキの傍らに膝をつく。
「いま治すから……ハイヒール!」
光が手のひらに集まり、ユキの体へと降り注ぐ。
だが、ハイヒールで癒せたのは無数の浅い切り傷だけだった。失われた左腕は戻らず、体の内側で起きているであろう致命的な損傷まではクリスの力では到底治せなかった。思うように回復しない現実に、クリスの焦りはさらに募る。
「この魔法じゃ……ほかに何か……でも、私のスキルレベルじゃ……」
クリスは声が震えた。左手でユキの脈を確かめながら、回復するが、ユキの体温が、じわじわと失われていくのが分かる。冷たくなっていく。何かをしなければ。分かっているのに、手が足りない。
(どうしよう……このままじゃ……でも、ユキを助けたい!)
強く願った、その瞬間だった。
頭の中に、聞き覚えのない声が響いた。
(スキル『?????』が一定条件を達成しました。一時的にスキルレベルおよびステータスが上昇します)
次の瞬間、クリスの全身が眩い光に包まれた。
白銀の髪が輝きを増し、周囲から驚きの声が上がる。
「なんだあの光!」
「あの嬢ちゃん、光ってるぞ!」
「おお……なんと神々しい……」
光の柱は街中からも見えたらしく、門の前にはさらに人が押し寄せてくる。
「何、この光……?」
クリス自身も、自分の体から溢れる光に戸惑っていた。だがそれ以上に、体の奥底から突き上げてくる圧倒的な魔力の奔流に、息を呑む。今までとは、桁が違う。
思わず、自身のステータスを確認した。
クリス
種族人間族
クラス?????
Lv12
HP2,147,483,647(一時的)
MP2,147,483,647(一時的)
SP2,147,483,647(一時的)
筋力 :2,147,483,647(一時的)
防御力 :2,147,483,647(一時的)
敏捷性 :2,147,483,647(一時的)
器用値 :2,147,483,647(一時的)
精神力 :2,147,483,647(一時的)
幸運値 :2,147,483,647(一時的)
スキル?????
鑑定分析
言語理解
一般常識Lv2
光魔法Lv10(一時的)
アイテムボックスLv2
魔力操作Lv2
気配感知Lv1
称号なし
数字の桁が、明らかにおかしい。
(そういえば……謎のクラスにクラススキル。もしかしてこれの影響……)
だが今は、それを考えている場合ではなかった。
「これなら……」
クリスは立ち上がり、両手を掲げた。
「光よ、円蓋の内なるすべてを完璧に癒したまえ。エリア・パーフェクトリバイバル!」
クリスの詠唱と同時に、彼女を中心として光の膜がドーム状に広がった。半透明の光が地面を這うように伸び、負傷者たちを柔らかく包み込んでいく。
傷が、瞬く間に塞がっていく。
止血の布の下で、皮膚が生まれ変わるように再生していく。そして、ユキの失われたはずの左腕が、淡い光の中でゆっくりと形を取り戻していった。肩から、肘、手首、指先まで。まるで最初からそこにあったかのように元通りに治る。
その光景を目の当たりにした群衆から、爆発するような歓声が上がった。
「おおおおおっ!!」
「奇跡だ……!」
中には、クリスを女神と呼ぶ声すら混じっていた。
『やばい……歓声が大きすぎる。このままじゃ騒ぎになる……いや、もうなってるな』
近くで様子を見ていたヒエイは、これ以上ここに留まればクリスが危険だと判断した。人々の目が、明らかに異様な熱を帯びている。
急いでクリスの手を掴み、人混みへと突っ込んだ。
押し合っていたはずの群衆が、まるでモーセの海割りのように左右へ割れていく。呆然とクリスを見送る顔、拝むように手を合わせる一部の人、その隙間を、二人は走り抜けた。
息を切らして宿屋に戻り、部屋に転がり込む。ベッドに腰を下ろすと、二人揃って大きく息をついた。
『クエストに行くつもりだったけど……クリスの髪、まだ光ったままだし、しばらく外は無理だな』
ヒエイがクリスの髪へ目をやる。謎の光柱に包まれて以降、白銀の髪は元の色に戻らず、淡く輝き続けていた。
「ローブとか羽織れば出られるんじゃない?」
『そこまでして外に出る必要あるか? さっきのことがあった後で』
「でも……ユキに何があったのか、知りたいよ……」
クリスが悲しげに言う。ヒエイも同じ気持ちだった。
『……ああ。俺も知りたい』
しばし沈黙が流れ、ヒエイが立ち上がる。
『じゃあ、クリスの髪を隠せるローブを買ってくる』
「ありがとう、よろしく」
ヒエイが部屋を出ていく。クリスはベッドに倒れ込み、彼の帰りを待った。張り詰めていた気が緩んだのか、まぶたが重くなっていく。
しばらくしてヒエイが戻ると、クリスはぐっすり眠っていた。
白銀の淡く輝く髪がシーツに広がり、寝息が静かに続いている。あれだけの騒ぎの後だというのに、その寝顔はやけに穏やかだった。
ヒエイはしばらくその顔を見下ろしていた。そして、思わず小さく呟いた。
「……かわいい」
(何を言い出すんだ俺は……なぜだろう俺の好みド真ん中だ。だがシンだ)
ヒエイは拳を強く握り悔しそうにしながら、クリスの肩を揺らして起こす。
『おい、起きろ』
「う……ん……」
クリスは目をこすりながら起き上がった。
『行くぞ』
「ごめん、寝ちゃってた……」
(あれだけの魔法を使ったんだ、そりゃ眠くもなるよな)
ヒエイはそんなことを思いながら、ローブを羽織るクリスを見ていた。しかし、フードの隙間からは白い光が漏れている。それを見て、ヒエイは思わずふっと笑った。
「なんか……クリスの髪、ゲーミングカラーみたいに光っているな」
「そんなことないでしょ。虹色じゃないし、どっちかっていうと白く光ってるだけだよ」
クリスはクスッと笑いながら、自分の長い髪に触れて確かめた。フードの奥で、髪がぼんやりと発光している。
談笑しつつ、二人は冒険者ギルドへ向かった。
街を歩けば、道行く人々の話題はどれも先ほどの光柱のことばかりだった。噂は、すでに街の隅々にまで広まっているらしい。
ギルドに着いても同じだった。冒険者たちの間でも、光柱の話題で持ちきりだ。
受付へ向かおうとしたその時、勢いよくギルドへ飛び込んできた男がいた。ユキの治療を頼んだ、あの男だった。クリスたちとすれ違いざま、男がハッと足を止めて振り返る。
「あんたは……ユキを助け――」
「しーっ」
クリスは自身の口元に指を当てると、男は察して口をつぐんだ。
「話がある。ついてきてくれ」
男に案内され、カウンター奥の部屋へ通される。書類が積まれた執務机と、応接用のソファ。その奥に、筋骨隆々とした男が腰掛けていた。
「隣の嬢ちゃんと坊主は誰だ?」
筋骨隆々とした男が睨みつける中、男が前に出て説明する。
「ユキが俺を庇って大怪我したのは聞いてるだろ」
「ああ」
「彼女は、そのユキを治してくれた恩人だ」
紹介されると、ムキムキの男は勢いよく立ち上がり、クリスへ近づいた。
「なるほど。嬢ちゃんがあのデッカい光柱の主か。すげぇな」
豪快な笑い声とともに、自己紹介が続く。
「俺は冒険者ギルド支部長のガルだ。よろしくな」
差し出された手を握ると、硬く分厚い感触が伝わってきた。まるで岩を握っているような手だった。クリスは思わず目を丸くする。
「坊主もよろしく。まあ座れ」
促されるままソファに腰を下ろすと、男はユキのパーティーに起きたことを、焦りに満ちた声で語り始めた。
ここひと月ほど、街の周辺で妙な異変が続いていたのだという。本来その場所にいるはずの魔物が、忽然と姿を消す。かと思えば、本来は森の奥深くに生息し、街の近辺では絶対に生息しないはずの魔物が、街近くの場所に現れる。最初はほんの数件の報告だった。だが、日を追うごとにその数は増え続け、やがて無視できない規模にまで膨れ上がっていた。
只事ではない、そう判断した冒険者ギルドは、原因調査のため急遽、街にいる高ランク冒険者を集めて臨時のパーティーを結成して街の東に広がる森に派遣した。ユキたちが受け持ったのは、山脈方向の深い森だった。
クリスとヒエイは顔を見合わせた。魔物が見つからなかったあの日の違和感が、今、線として繋がっていく。
「森の奥を調査していたら森の奥でダンジョンを見つけた」
「何だと!? ダンジョンだと!」
ガルが目を見開いた。空気が、一段階、重くなった。
クリスとヒエイは、なぜそこまで驚くのか分からず、ヒエイが恐る恐る尋ねた。
『すみません、ダンジョンの何が問題なんです?』
「坊主は知らねえのか」
ガルは低い声で続けた。
「ダンジョンってのはマナ溜まりから生まれるんだ。それに、ダンジョンは定期的に中の魔物を倒さないと外に溢れてきちまう、それをスタンピードと呼ぶんだ。当然、未発見のダンジョンは中の魔物を倒してないからスタンピードが起こるわけだ。だが、問題はそこだけに留まらない、スタンピードは統率を取っているボスを倒すと周囲の手下魔物が統率を失い散らばる。だからある程度、手下魔物を駆除してからでないとボスは仕留められん。それに災厄の場合、街が一つ消えることにもなる」
『なるほど……すみません、話を遮って』
「構わん」
ガルは再び険しい表情で男に向き直った。
「で、まさか……なのか?」
男は青ざめた顔で、静かに頷いた。
「ああ、そのまさかだ。スタンピードが起きた。オーク、ゴブリン、その上位種。奴らの進路的に街の方角にゆっくりと向かってきてる。撤退する途中、ユキは俺を庇ってキマイラに……」
「キマイラだと!?」
ガルが鬼の形相で立ち上がった。椅子が後ろに大きく倒れる。
「街への到達予想は!?」
「明日の夕方頃だと思う」
「こうしちゃいられん! 領主のところへ行ってくる!」
ガルは、風のように部屋を飛び出していった。ドアが乱暴に閉まる音が、しばらく耳に残った。
三人が部屋に取り残されると、男は静かにクリスへ頭を下げた。
「さっきは言えなかったが……ユキを助けてくれて、本当にありがとう」
その声には、確かな感謝の気持ちがこもっていた。
その後、男はクリスに謝礼金を渡そうとするが、クリスが断ると無理やりに持たせようとするので仕方なく男からの謝礼金を受け取り、二人は冒険者ギルドを後にした。
帰り際、クエストボードに目をやると、通常の依頼はすべて外され、代わりに一枚の大きな紙が貼り出されていた。
全員参加の、緊急クエスト。
街の空気が、静かに、しかし確実に変わり始めていた。




