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2-29 杖の勇者は祈る

 魔王がゆっくりと歩いて来る。

 敢えて走って来ないのは、アザリアの足がすでに死んでいて動けない事を知っているからだ。

 自分の体に治癒魔法をかけないのも、アザリアに対する余裕の表れ……いや、ボロボロの姿のままで相手を痛めつける事で、「あと少しで勝てるのにな」と言う絶望を味あわせる為だろう。


「――――」


 魔王が何か言ったが、やはり聴覚が使い物にならなくなっているアザリアには聞こえない。

 恐らく余裕ぶった一言だと思われるが、どうせ聞いたところで怒りが増すだけなので気にしない事にする。

 魔王は更に近付いて来る。

 すでに【サンクチュアリ】の効果は切れ、魔法が使えるようになっているのだから、離れたまま魔法を放てば勝てるのだが、それでも直接攻撃でのとどめを刺そうとしている。

 と言うのも、先程魔王の放った【エクスプロード】は、魔王にしてみれば必殺の一撃だった。それで仕留められなかった事で、アザリアにそれ相応の魔法防御が施されている事に気付いた。

 故に、魔法では仕留め切れないと判断して直接攻撃に切り替えたのだ。


 痛みで思考の回らないアザリアにもそれは分かる。

 だから、残り少ない魔力を使う。


「【エクステンド】」


 アザリアにかかっている天術の効果を強化・延長する。

 元々かかっている筋力、耐久力、反射の強化する天術が更に効果を増す。それでも、本来の力を取り戻した魔王相手では焼け石に水だが、無いよりは有った方が良い。



「――――!」


 魔王が何かを叫ぶ。

 当然アザリアには聞こえない。だが何を言ったかは分かった。


――― 死ね! だ。


 たった一歩の加速。

 一気に2人の間合いが詰まる。

 天術の迎撃をする事は出来る、だが、アザリアは敢えてそれを捨てる。


 魔王の踏み込みから放たれる拳―――速い…だが、避けられない速度ではない。

 しかし、その拳をアザリアは避けない。

 ゴッと右胸を殴られる。


「ッ!!!?」


 衝撃が心臓にまで届き、肺の中にあった空気が外に漏れる。多分肋骨が数本逝った。

 凄まじい痛みと共に、意識が遠くなる。

 それでも―――耐えた。

 攻撃される場所は予想していた。命一杯力を込めて、その一撃を耐えて踏み止まる。


 魔王がニヤッと笑う。

 その背中で尻尾が動く。

 横から回り込むように、鞭のようなしなりで尻尾が襲いかかる。

 コッチが本命の―――とどめの攻撃。

 食らえば間違いなく死。

 アザリアも少しだけ笑った。


(読み勝ち……ですね!)


 横から迫る尻尾の攻撃を、アザリアは極光の杖で受ける。


「むっ!?」


 尻尾が振りの速度を殺し切れずに極光の杖に巻き付くように止められる。

 アザリアは始めから、魔王が尻尾の攻撃をとどめに使って来る事を読んで居た。だからこそ、囮の攻撃だった拳は敢えて受けたのだ。


(これが、攻めるラストチャンス…!!)


 だが、反撃に移る事を魔王が許さない。

 極光の杖に巻き付いたままの尻尾を動かし、アザリアの唯一の武器であるそれを奪おうとする。


「それ、危ないですよ」


 極光の杖は神器である。

 故に、それに触れる事が出来るのは勇者だけだ。


「……グッ!」


 熱。

 極光の杖に巻き付いていた尻尾が、突然炎の中に突っ込まれたような熱を感じた。その熱量に更に膨れ上がり、尻尾を燃やし、その鱗を溶かし始める。


「ヂィッ!!?」


 思わず尻尾を極光の杖から放す。

 アザリアは―――それを待っていた。


「【聖撃(ショック)】!」


 魔王が離れるより早く、用意してあった天術を発動。


「ガッ!?」


 相手に神聖属性のダメージを与える天術。そこまで威力は大きくないが、距離による威力補正がかかる。手が届く程の近距離で放てば、それ相応の火力が出る。

 【聖撃】を受けて体を仰け反らせた魔王だが、その命を狩り取るにはまだ足りない。

 だから―――二重詠唱(ダブルキャスト)

 【光子(フォトン)】。

 光の槍が伸び、【聖撃】を食らって体勢を崩している魔王の腹を貫く。


「ごァッ!?」


 普通なら致命打になっている一発……だった。

 だが、魔王はそれでも倒れない。


「―――っ!」


 全身に傷を負い、腹に穴が開いて、血を噴きながらも魔王は何か言う。


――― 私の勝ちだっ!


 魔王が痛みを全て無視して、天術を撃ち終わったアザリアに攻撃を向ける。

 それに対し、アザリアは呟く。



「私の勝ちです」



 光―――。

 極光の杖が白い光を纏っている。

 その光は、天術を発動する時に発する魔力光。

 天術の撃ち終わりで数秒、あるいはそれ以上のディレイを食らっている筈なのに、次の天術が発動しようとしている。

 その可能性に魔王が気付く。


三重詠唱(トリプルキャスト)……だとッ!?」


 それと同時に3つ目の天術が発動

 【聖光(シャイン)】。

 普通の相手に使えば底辺の魔法とそう変わらない威力だが、相手が暗黒・深淵属性の時に限り、爆発的な威力を発揮する。

 極光の杖が光り輝く。

 それは―――まるで―――光の爆発。

 アザリア自身も、あまりの光量に何も見えなくなる。

 だが、光の先で何かが砕け、崩れ、壊れ、死んで行く気配だけは感じている。


 1秒……2秒……3秒……


 光が収まる。

 チカチカする視界を目を擦って何とか元に戻すと、そこには―――魔王が倒れていた。

 全身が炎で焼かれたように黒焦げになり、特に両腕が原形を留めない程酷い有様だった。おそらく、咄嗟に体を護ろうとしたせいだろう。


「………勝……った?」


 魔王に勝った。

 世界を支配する13人の魔族の王の1人を倒した。

 飛び上がらんばかりの嬉しさが込み上げて来る。周りで戦って居た仲間達が祝福の言葉を―――送っては来なかった。

 戦いはまだ続いていて、皆が死に物狂いの戦いを繰り広げているから。

 【サンクチュアリ】の効果が切れた事で、魔法が解放され、低下していた能力が元通りになった。それまでギリギリで釣り合って居た天秤が、徐々に魔族側に傾き始めている。


(なんで―――?)


 魔族達は誰も戦いを止めない。

 自分達の王である魔王が討ち取られたと言うのに、誰1人として戦意を無くしていない―――いや、それどころか動揺している者すら居ない。

 やはり、魔王を倒すこの展開も敵の策の内なのか? そう思った瞬間、ビキッと頭に痛みが走り、立っていられなくなって膝を突く。


「ァ……ぅぐ…!」


 攻撃を受けた訳ではない。

 魔王を倒す為に使ったアザリアの切り札“三重詠唱”の反動だ。

 術式3つを同時に展開するのは、脳に多大な負荷をかける。

 脳に爪を立てられたような痛みが、断続的に頭から腹の下辺りまでを貫いて来る。

 集中が出来なくて治癒の天術を唱えられない。そして唱えるだけの魔力が残って居ない。


(これだから使いたくないんですよ……)


 意識を手放して気絶してしまえば楽になるのだろうが、戦場で―――勇者を狙う魔族が周りに居る状態でそんな事をするのは自殺行為だ。

 頭を押さえて、なんとか意識だけは飛ばさないように気を張る。

 痛むのは頭だけではない。

 魔王に殴られて骨が折れて痛い。爆裂魔法で負った火傷もヒリヒリ痛む。

 と―――、黒焦げになっていた魔王が動いた。


「ッ!?」

「………貴、様…を……甘く…見過ぎたようだ……」


 倒れたまま、ただれた唇が小さく動き、残り少ない命を削って言葉を吐き出す。

 ようやく聴覚が戻り始めたアザリアだが、魔王は喉をやられているからか、声がひび割れていて聞きとりづらい。


「だが……やはり、貴様……の……負け、だ」

「……魔王が負け惜しみですか?」

「ぐっぐっぐ………私が……魔王……?」


 何が可笑しいのか、全身が血を噴きだすのも構わず体を揺らして笑う。

 そして、最後の力を振り絞るように魔王は叫ぶ。


「我等が王に勝利をッ!!!」


 そして、ゴフッと今まで以上の血を吐き出して―――絶命した。


(我等が、()?)


 王は自分ではないのか? とアザリアが心の中でツッコミを入れようとした瞬間、絶命した魔王の体に異変が起きた。

 表皮が溶け落ちるように、“魔王アドレアス”の姿が剥がれた。


「!?」


 黒焦げで判別しづらいが、明らかにそこに寝ている死体は魔王ではなかった。


変身(トランスフォーム)の能力……!」


 つまり、これは、どう言う事か。

 アザリアが命を賭けて戦っていた相手は、魔王ではなく、まったくの別人。

 魔王に化けていた別人。


――― 影武者だ


 魔王の影武者を任されると言う事は相応の地位の魔族、名前持ち(ネームド)だ。アザリアも、自身が命がけで戦った相手が有象無象の魔族だとは思いたくない。

 しかし、自分が倒した相手が魔王ではなかったという事実に「やっぱりか」と納得してしまっている心も存在する。


(いえ、違う! 今はそんな事は問題じゃない!!)


 敵の軍を指揮をしていた相手が魔王ではなかったとすると、本物の魔王は何処に居るのか―――。

 その時、ある人物の奇妙な行動が頭を過ぎる。


「……剣の勇者…!」


 戦闘が始まると同時に退却路としていた神護の森に走り出した黄金の鎧を纏った勇者。

 魔王(偽物だったが)との戦いにも結局出て来る事は無く、「本当に逃げ出したんだ!」と憤慨と同時に呆れていた―――のだが、魔王が偽物だと知った今は、その行動の意味する真実が見えた。

 剣の勇者は、駆けだす前にじっと神護の森を見ていた。まるで、何かの様子を探るように。

 そして、アザリアに魔法防御のアミュレットを渡し、「コッチは任せる」とでも言うように肩を叩き、そして駆けだした。

 何より、その後に神護の森に降った白い雷。


「……なんだ…やっぱり、あの人は何も言わずに戦いに行ったんじゃないですか」


 安堵と同時に、剣の勇者の無事を祈る―――。



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