2-30 バックレ勇者のその後
アザリアが偽物の魔王アドレアスを倒す約20分前。
猫と黄金の鎧は森の中に居た―――。
* * *
神護の森―――なんて、大層な名前だと思う。
ぶっちゃけ、入ってみるとただの森じゃん?
何やら凄そうな空気が充満していて、魔族にとっては毒であり、人間にとってもあまり良くない物らしいが……【毒無効】が機能してるせいか、全然そんな感じがしない。
まあ、本当にご利益的な物が有るかはともかく、戦場から逃げだした俺は、金ぴかのオリハルコンの鎧を着た【仮想体】と一緒に森の中に居る。
……俺だって、自分が情けないと思う。
アザリアに―――年下の女の子に責任を全部丸投げして、世話になった人達を見捨てて逃げ出して……自分が嫌になる気持ちは……正直かなり有る。けど、俺は決して“特別”な人間じゃない……って言うか、そもそも、もう人間ですらない。
頭が良いわけでも、特別運動が得意ってわけでも、何かしら特出した何かを持っているわけでもない。
人付き合いもどちらかと言えば苦手だし、多分要領だってそんなに良くないし、困ってる人に手を差し伸べる勇気も正義感もない。
……まあ、強いて良いところをあげるのなら、微妙に運が良いって事か? それだって、人に自慢できる程の事じゃないけど。
人の能力の平均値なんて物が有るのなら、俺はきっとそのラインのずっと下に居る。
そんな俺に、何かを期待するのは止めて欲しい。
俺には何も出来ないし、“勇者”の真似事なんて以ての外だ……。
だけど……だけど、だからって良いのか?
このまま逃げて良いのか?
今ならまだ、取り返しがつくんじゃないのか?
今すぐ走って戻れば、皆と一緒に戦う事が出来るんじゃないのか?
迷う。
葛藤する。
理性は、「戻れ」と言っている。
人として―――男として生きていたいのなら、今すぐに戻れと言っている。
それなのに……足が前に出ない。
魔王と言う肩書に対する恐怖心が、戻る事を拒んでいる。
どんなに頭が「ビビるな!」と心に鞭を打っても、染み付いた小心者の精神が、権力のトップに楯突く事を恐れる。
行くのか、逃げるのか。
迷っている俺の精神をダイレクトに反映し、【仮想体】が兜を動かして前と後を交互に見る。
その時―――
「やはり、お前だけは釣られんか?」
男の声。
同時に木々の間を擦り抜けるように黒い閃光が飛んでくる。
ヤバい―――! と頭で考えるよりも早く、俊敏な猫の体は【仮想体】の肩から飛び降りて鎧の陰に隠れる。それと同時のタイミングで、黒い閃光がギィンッと甲高い音をたてて鎧に当たって爆ぜる。
『【シャドウランサー】
カテゴリー:魔法
属性:暗黒/貫通
威力:C
範囲:E』
魔法での攻撃!?
敵が居る事を理解する。そこでようやく周囲に“ヤバい臭い”が満ちている事に気付いた。
バカか!? ウダウダ迷ってて敵の臭いに気付かなかったのかよ!!
幸い初撃はノーダメージで済んだけど、追撃されては堪らない。
【仮想体】はその場から走り出し、俺は素早く木に登って【隠形】で気配を消す。
いや……っつうか、この強い臭い、それにさっきの声……まさかでしょう……。
黄金の鎧が、走りながら先程魔法の飛んで来た方向に向かって手を向ける。
お返しの魔法だ―――!
『現在魔法効果が無効化されている為、収集箱からカテゴリー:魔法を取り出す事が出来ません』
ああっ、クソッ!! そうでしたぁっ!!
【サンクチュアリ】の効果でここら一帯では魔法が使えないんでしたぁ!! ……って、じゃあ何で相手は魔法撃って来たんだよ!!
いや、何でかはもう予想はついている。
景色がバキンッとひび割れる。
今まで見えていた誰も居ない静かな森。その景色がガラスのように砕け散り、そこにそいつは立っていた。
「3日ぶりだな剣の勇者」
魔王だった。
蜥蜴みたいな四肢と尻尾を持つ、若干イケメン風の顔立ちの………名前なんだっけ? 安部……違う。アカ……違うな。あ、あ、あ……えーっと……あっ! アドバンスだ!! …………なんか、微妙に違う気がする。こんなゲームボー●みたいな名前だっけ? まあ、いいか。
とにかく、そのアドバンスが立っていた。
……って言うか、魔王1人じゃねえじゃねえか!? 周りを見ると、30人程の魔族が俺を囲んで居た。
アドバンスの強い臭いに混ざっていて分かりにくいが、どいつもこいつも“ヤバい臭い”をさせてやがる……。全員魔王の側近クラスってところかな……?
……おいおい、嘘でしょ? なんで魔王から逃げて来た筈が魔王に囲まれてんのさ?
アザリアが死亡フラグ臭い事を言ってけどもさぁ……今ちょっと考えて見たら俺の行動ってさぁ……“仲間を見捨てて逃げる”、“団体から離れる”。
もしかしなくても、死亡フラグ踏み抜いてるのって俺の方じゃね?
「こちらの策を見破られた事については、悔しがるより貴様を称賛すべきかな? まあ、貴様がこんな安い策にかかるとは思ってはなかったがな」
何、策って?
逃げた先に偶々お前が居ただけなんですけど……。
「それにしても、魔法封じとは……やられたな? 魔王たる私でなければ、魔法が使えんよ」
さっきの魔法はやっぱりテメエかよ……。魔王だから魔法無効できませんって、ゲームのボス戦でよく有る奴や。
ってか、どうすんのよこの状況?
終にアレか? サラリーマンの超必殺技、DOGEZAを使う時が来たのか?
どうでも良いけど土下座とトゥギャザーって似てない? 昔、先輩を怒らせて「土下座しろ!」って言われたのを「トゥギャザーしろ!」って聞き間違えて、全力でルー●柴の真似をして死ぬ程キレられた声楽部の大西君は今も元気にしてるかしら?
…………
………
いやいやいや、現実逃避してる場合じゃねえって!
本当にどうすんのこの状況!?
……まあ、逃げますよね。
魔王と戦うなんて御免ですし。
幸い、連中は中身空っぽの鎧を本体と思ってて、猫の俺を気にしてる奴は居ない。【仮想体】を囮にして、俺自身はささっと森を抜けてどこかに身を隠すか。
鎧は俺の支配が届くギリギリの距離まで離れたら回収すれば良いし。【仮想体】が姿を消せば、魔王達だってさっさと諦めて………諦めて? 俺を追うのを諦めたら、コイツ等はどうするんだ?
間違いなく、戦場に向かうだろう。
軍の側面にいきなり魔王が現れて暴れ始めたら、人間達は一気に瓦解する。そうなれば、前方の500の魔族に押し込まれて、逃げ道も無くして全滅……。
頭の中で、色んな人達の顔が流れて行く。
食べ物をくれた人。
勇者だと讃えてくれた人。
自称俺の手下の猫達。
ユーリさん、店長、グリントさん、道具屋の婆ちゃん。
最後に、泣いていたアザリアの顔が流れて―――そして、皆の顔が灰色になって記憶の奥に沈んで行く―――そんな……イメージを幻視した。
実際にそうなるのかは分からない。だが、高確率でその未来になる気がする。
良いのか? このまま逃げて良いのか?
………いや、もう、どうせ逃げ出してるんだから、このまま逃げたって変わらないじゃん?
「剣の勇者よ、3日前に訊いた事をもう1度訊いてやろう。私の配下になる気はあるか?」
配下になったら見逃して貰えるかしら?
もう、この場を逃がしてくれるならそれも良いかと思い始めている自分が居る。
「それとも―――この戦力を相手に抗うか?」
手下になるか死か選べ―――って事らしい。
死ぬよりは手下になる方がずっとましだ。勇者だからって痛ぶられるのだとしても、少なくても死ぬ前に逃げるチャンスくらいはある。
だったら、その方が良いに決まってる。
【仮想体】がその場に膝をついて、腰に差していた剣を地面に置く。
「ほう……恭順を選んだか。少々興醒めではあるが、まあ当然か」
「ハハっ、剣の勇者と言えど、我等が王には勝てるものかよ!」「見ろあの惨めな姿」「所詮勇者と言ってもこんなものだ」「こんな奴にジェンスがやられたとはな……」
魔族達が指差して笑っている。
まあ、アチラさんにしてみれば、俺は魔王に手傷負わせた憎い相手でしょうしねぇ。
そんな楽しそうな魔族の皆様に、俺からプレゼントです。是非受け取って下さい。
地面に置いた旭日の剣を【仮想体】が握る。
―――【審判の雷】
空から、巨大な白い雷が落ちる。
「何!?」
慌てても、もう遅い!
白い光が、【仮想体】を中心とした半径50mに叩き付けるように降りて来た。
魔族も、魔王も、全てが光に呑まれる。
恭順? 何言ってんの? ちょっと疲れたから座って剣を置いてただけですけど? テメェの手下になるなんて一言も言ってませんけど? 何勝手に勘違いしちゃったの?
逃げる事が、きっと俺が1番安全な方法だと思う。
でも、俺は決めた筈だ。
ユーリさんを救いだす時に「猫らしく、やりたい事をやる」と。
別に皆の為とか、正義の為とか、そんな大層な理由を言うつもりはない。所詮俺は1度逃げた臆病者だ。
だが、1度冷静になって考えてみる。
俺にとって魔王アドバンスはどんな存在だ?
魔王の名前への恐怖とか、皆から向けられる期待とか、そう言う物を全部取っ払った上で改めて考えると―――
クソ憎らしい爬虫類。
俺が異世界で……猫として手に入れた小さな平穏な生活を壊しに来やがったクソ野郎!
だから、ここで俺が魔王に牙を剥くのは俺の個人的な事情だ。
魔王が、この世界での俺の平穏な生活を妨げると言うのならば、俺はそれを全力で排除する!
魔王への恐怖とか、倒した後のゴタゴタとか、そんな物知るかッ!! 俺は、この世界の絶対のルールに従うだけ。
弱肉強食―――!
腹を括れ、俺!
この世界での平穏は、コイツの先にしかない。だったら―――魔族だろうが、魔王だろうが立ち塞がる全てを食い殺してやるッ!!




