2-3 木こりと黄金の勇者
2m越えのなんちゃって熊……死体を背負ってみたら500kgくらいある事が判明。っつか、下手すりゃもっと重い……。
見かけだけじゃなく、体重まで熊に似なくて良いのに……。
超パワーな【仮想体】つっても、流石にこの巨体と他の魔物の死体を一緒に運ぶのは無理だ。
仕方ねえ、2度に分けて運ぶか。
とりあえず先に熊の死体だけ運ぼうと、木から降りる。
血抜きしてる死体は、どの道血を出し切るまでまだかかるし。放置してる間に何かに食われたら……まあ、諦めるしかねえか。
【仮想体】を立たせる。
背中に500kgオーバーの肉の塊が有ると言うのに、「どっこいしょ」と力を入れれば難なく立ち上がる事が出来た。
自分のもう一つの体ながら頼りになり過ぎる……。その分何も出来ない猫の体で泣きたくなるけど……。
とは言え、流石に来た時のような全力疾走で帰る訳にも行かんし、のんびり帰ろう。
ノシノシを重い足取りの黄金の鎧の上に乗っかる熊の死体の上に乗っかる猫の俺。
来る時は10分だった道のりを1時間かけて歩く。
【仮想体】は疲れないから、休む必要もない。
……ただ、【仮想体】を出している間は、微妙に俺の体力消耗してるんだよなぁ。しかも、行きよりも消耗が激しい気がする…。って事は、【仮想体】の疲れも、俺の方に請求が来てるって事だ……マジかよ…。
ただ、今までそれに気付かなかったって事は、極端な事でもさせない限りは気になる程の事じゃない。たとえば、500kg越えの荷物を背負って1時間歩くとかの無理をさせない限りは……。
軽い気だるさを感じながら、町の近くへと戻って来ると―――。
「金色殿?」
森を抜ける寸前の所で横から声をかけられた。
俺が振り向くと、それにつられて黄金の兜も同時に振り向く。
斧を持った木こりの男達と、その護衛らしき弓を腰に下げたレンジャー。
森に出入りするようになって顔見知りなった人達だ。……まあ、相手は話してる相手が空っぽの鎧だなんて夢にも思わないだろうけど……。
一応礼儀としてペコっと頭を下げる。
「今日も魔物退治ですかな?」
一団のリーダーらしき人が親しそうに話しかけて来る。
まさに木こりっぽい筋肉の人―――ユーリさんのお見舞いの時に居た2人の片割れ。グリントさん……でしたっけ? この人周りから「親方」とか名前で呼ばれないからな……。
木こり仲間のリーダーっぽい人で、聞いた話によると、魔族への反乱組織のリーダーをしていたそうな。
気軽に俺に話しかけて来たグリントさんを余所に、木こり仲間とレンジャー達は背中に何が乗っているのか気付いたらしく、何やら騒いでいる。
「お、おい…! 勇者様の背負ってる魔物!?」「まさか……オーガベアか!?」「あんな化け物まで狩っちまうのかよ……」「いや、それよりあの巨体を背負ってる事の方が驚きだろうが!?」「ば、バカ野郎! 魔族をあんな簡単にぶっ殺す勇者様だぞ!? それくらい余裕だろう!!」
なんか、凄い驚かれている……。
今までも獲物を背負って会った事はあるけど、こんな反応をされたのは初めてだ。っつー事は、やっぱりこの“なんちゃって熊”はそれなりに凄い奴なのかもしれない。俺の魔法一発でノックアウトされたくせに……。
そんな周りの反応で、グリントさんもようやく【仮想体】の背中に乗っている物が何なのか気付いたようで、ギョッとして一歩後ずさる。
「お、おお、オーガベア!? こ、金色殿が倒されたんですか?」
無言のまま(当たり前だが)黄金の兜が頷く。
グリントさんが驚きの顔が引っ込めて、代わりに少しだけ何かを思い出す様な悲しい顔をして語り始めた。
「クルガの町の木こりは、昔っからそいつに何人もやられたんですよ……ここに居る連中の中にも、親父や身内を食われた奴が居る」
後ろに居た何人かが、グリントさんの話しに悔しそうに顔を歪めている。多分、彼等がその熊にやられた家族の人達だろう。
まあ、そんな重い話をされても、俺としては「ご愁傷様です」と声をかける事も出来ないのだが……。だって猫ですし。ミャーミャー鳴く事しかできねえし。
とは言え、こう言う時にちゃんとやれるのが社会人の社交性なのだよ。
【仮想体】に背負わせていた熊を一旦ドスンっと地面に降ろし、本体の俺も一旦鎧の頭の上に移動。
……兜の上は座り心地が悪いな……今度っからはもっと別の場所にしよう。
鎧をトコトコと歩かせ、悲しそうな顔をしている木こりの肩をポンっと叩いて一度頷く。話せはしないが、まあ「元気出せよ」程度の気持ちは伝わっただろう。
木こり達が、キラッキラした顔で見て来るけど……まあ、伝わったのだと思っておこう。
「はははっ、金色殿に声をかけられて、皆元気が出たようです」
そう? まあ、それならそれで良いんですけど。
「それにしても、たった1人でオーガベアを倒すとは流石ですな! 今日の収穫はそれ一匹でも十分でしょう」
え? いや、ちゃうよ? アッチの方に絶賛血抜き中のが5匹吊るしてありますよ?
俺の思考を受け、【仮想体】が来た道を指さす。
「アチラに何が……? あっ、もしかして、まだ獲物が残っているのですか!?」
おお、よく伝わったな?
グリントさんの空気を読む力半端ねえわ。
黄金の鎧がコクっと頷く。
「そうでしたか。宜しければ、そちらは運んでおきましょうか? 丁度森の奥の様子を1度見に行ってみようかと話していたので。金色殿が魔物を退治しておいてくれたのならば、あちらは安全でしょうし」
いや、そこまで安全の確約は出来ませんけども……。
まあ、レンジャーが一緒に居るなら大丈夫か。猫の俺だって無事なくらいだし。それに何より、運んで貰えるんなら、戻る手間省けてありがたい。
頼んでしまおう。
勇者モドキの特権として。
グリントさんの手を握る。
「了解しました。では、運んだ物は素材屋に渡しておけば良いですか?」
うん、と頷く。
素材屋は平たく言うと解体の職人だ。
狩人なんかは自分で仕留めた魔物を、自分で肉やら素材やらに解体する訳だが、誰も彼もそんな技術を持ってる訳じゃない。
そんな時に活躍するのが素材屋だ。
魔物や動物の死体を丸投げすれば、1番良い形で解体して、肉は肉屋に卸し、爪や牙、鱗や角なんかは鍛冶師や職人の所へ売られて加工されるって訳です。
「では、急ぎますので」
ペコっと皆が一礼してから去って行く。
森の中へ消えて行くその背を手を振って見送った。
去り際にグリントさんが「ユーリの事を宜しくお願いします」と耳打ちされたのは、どう言う意味なんだろうか?
さて、さっさと俺も町に戻りますかね。自称俺の手下の猫達もそろそろ起きてる頃だろうし……まあ、アイツ等は放って置いても勝手に飯を調達して勝手に食うから良いか……。
再び“なんちゃって熊”を背負って歩く事5分。
若干本体の方が息切れして来たと言うのに、【仮想体】はまだまだ元気。いや、まあ、当たり前だけど、って言うか疲れられたら困るけど……。
町を囲む石壁に沿って歩く。
改めて見ると、立派な壁だねえ…。単純に何かが襲って来た時の防壁ってんじゃなくて、壁が在る事で威圧するって意味もあるのかな?
なんて事をボンヤリ考えている間に、入口の門に辿り着いた。
鎧姿の衛兵2人が、俺―――正確には、熊を背負った黄金の鎧を見てギョッとする。
「ゆ、勇者様!」
「お帰りなさい勇者様!」
他の人に対してより3割増の敬礼。
……そんなビシッとされた敬礼されても、俺は何も返せないんですけど……。敬礼には敬礼で返すのが礼儀なのかもしれんが、やり方知らんし。
仕方無く、若干偉そうに手を向けて「おう、お疲れさん」的な対応をする。
「はいっ、町の守りはお任せ下さい!」
いや、何も言ってないんですけど……。
俺が喋れないからって周りが勝手な解釈をするんだよなぁ……。




