10-37 泣いた赤鬼
「とどめを刺せ」
とどめを刺せ。
漫画やゲームじゃよく聞くセリフだが、まさか自分が言われる日が来るとか予想してなかったな……?
実際言われると、なんつーか……殺る気よりも困惑が湧いてくる。
言うのが殺される本人だってのもそうだが……一時とは言え仲良くしていた相手に言われると泣きたくなる……。
まあ、そう言われて「じゃあ殺すわ」なんて言うつもりは初めから無えけど。
「(その前に聞かせろ)」
「…………何をだ?」
分かってる事を敢えて聞き返すかよ……。
つまり、「言いたくない」って事ね。
まあ、だんまりなんぞ許さんけど。何故って? 俺が勝ったからだよ。
弱肉強食が絶対ルールのこの世界において、勝者こそが正義であり、勝者こそがルールなのだ。
「(どうして戦争なんて話になってる? なんでおっさんはそれに加担した? 魔王同盟ってなんだ……人間を本気で滅ぼす気だったのかよ!)」
問い質さなければならない。
心のどこかで、まだ「おっさんは中立だ」と信じているから……。
散々ぶん殴り合って……殺し殺されしてるってのに、自分でもアホかと思うが、それでも……頭の中をチラチラと記憶が過るのだ。
阿修羅と力を合わせて戦った時の風景。
肉か魚かで言い合った事。
釣った魚の食い方で喧嘩した事。
稽古をつけてくれた厳しい姿。
…………倒さなきゃいけない。殺さなきゃいけない。
そうしなければ戦争が起こり、ようやく魔族の手から解放された人々が再び地獄に落ちる。今度は“奴隷”としてではなく“死体”の意味で。
分かってる。そんな事は分かってる。
それでも、俺は信じたいと思ってしまうのだ……。
「(おっさんは『拳で語れ』なんつったが、俺はそれで相手を理解できる程達人じゃねえ。無言の相手を察してやれる程頭も良くねえ。だから、ちゃんと言葉で説明しろ。全部!)」
重く、痛くなるような沈黙。
何かを考えているのか、珍しくおっさんの視線が少し空中を泳ぐ。
「……話した後に、頼みを1つ聞いて欲しい」
どの面下げて頼み事する気じゃコラ。あ、この面か……。
「(内容による。とりあえず話聞いてから決めるから話せ)」
「うむ……」
口が重い。
どんだけ話したくないんだこの鬼……。
「……戦争の事も、魔王同盟の事も我が知ったのはつい先日……ヴァングリッツが船でやって来た日の夜だ」
俺と別れた後にピーナッツに聞かされたって事か。
嘘じゃない……と思う。おっさんの様子がおかしくなったのは、あの次の日からだ。
「恐らく、魔王同盟の事も戦争の事も、発起人はヴァングリッツだろう」
「(確証は?)」
「無い。だが、奴はお前を恐れている」
「(俺を……?)」
寝転んだまま小さく頷く。
魔王が俺を恐れてる……ねぇ? そら、まあ、魔王3人狩ってるし、ビビりな魔王なら怖がるかもしれんなぁ。
「それに……前に話した通り、奴は『魔族こそが選ばれた種』と言う意識が他の魔王より強い。故に、人間でありながら魔王を本当の意味で殺せる真の勇者が怖いのだろう」
俺が魔王を滅ぼせるのは勇者だからじゃねえけど……。
「お前を倒す戦力を確保する為の魔王同盟。戦争はその見返りと言ったところだろう」
「(見返り……?)」
「大陸の北側は、お世辞にも恵みの多い土地ではないからな。どこの魔王も南の豊かな土地は喉から手が出る程欲しい」
だから戦争吹っ掛けて人間達から土地を奪い取ろうってか……。
魔王同盟に入ってくれれば、漏れなく奪った土地の何割かプレゼントって寸法ね。
「(おっさんも土地が欲しかったから、魔王同盟に入ったって口か?)」
「……いや。このアルバス境国は、幸いにしてそこまで枯れた土地ではないのでな。まあ、戦争跡地はあの様だが……あそこ以外は、と言う話だ。それに、国民が他国に比べて少ない故、食糧問題でそこまで困った記憶は無い」
ふむ……?
「(じゃあ、なんで魔王同盟に?)」
他の魔王であれば、「暴れたいから」とか「力を見せつけたいから」とか、適当な理由が思いつくけど……人魔共生を推しているおっさんが、そんな物の為に人の世界を踏み荒らそうとするとは考えられない。
おっさんは何も答えない。
言いたくない、のか? いや、言葉を選んでいるだけか?
「(……ピーナッツに何か言われたか?)」
おっさんが言葉にする事を躊躇う相手は、同じ魔王の事くらいしかないからな。
それに……ピーナッツが現れてから唐突に様子が変わった事も踏まえれば、それ以外に答えはない。
「…………ああ。『魔王同盟に入らなければ、その力は自国に向く事になるだろう』とな」
「(魔王3人が、この国を侵略してくるって事か……?)」
「それ以外の意味があるのか?」
この国を人質に取られて、言いなりになって魔王同盟に入ったってか……。いや、でも、その話はおかしくないか?
「(いや、だって、魔王同士の戦いは禁じられてるんだろ? だったら侵略なんて出来ねえじゃん!?)」
「あのルールは魔王同士の潰し合いを禁じる為の物であり、侵略行為を禁じる物ではない。むしろ強者こそが絶対である魔族にとって、侵略行為は誇りであり正義だ。まあ、だからと言って格上の魔王の土地を侵略する馬鹿者は珍しいがな……」
「(でも、格下魔王3人侵略して来てもおっさんなら叩き返せるんじゃねえの?)」
俺の言葉に、小さく息を吐いて目を閉じる。
「答えだけ言えば“出来る”」
「(だったら、そんな申し出受ける必要なかったんじゃ……)」
「ただし、この国の民の損害を考えなければ……な」
「ミ……?」
「同盟3国の軍勢は、単純な数にして我が国の軍の約20倍以上。我が魔王として奴等より強いと言っても、所詮は身1つに過ぎん。3方向から攻め立てられれば、この国は一夜にして焼け野原だ」
言われて気付く。
そうか……そう言えば、この国は国土が狭い割りに3つの国に隣接してる“境目”の国なんだった……。
おっさん1人で、その“20倍の軍勢”を叩き潰せるかもしれないが、倒し切る前に国が滅びる……か。
「敵方の大将を討って終わらせようにも、『魔王同士の戦いを禁ずる』のルールにより、我は手出しできん。海に民を逃がそうにも、沖にはヴァングリッツの艦隊……。奴の船が港に現れた時点で、この国は詰みだったのだ」
…………だから、ピーナッツに従うしかなかったってか。
吐き捨てるような、諦めたような、悟りに境地に至ったかのような……なんつーか、見てると泣きたくなる目だった。
「(俺は……どんな反応を返せば良いんだ……?)」
「怒れ。我は、お前の助けた人間達と、この国の民を天秤にかけて後者を取った。実際に行動を起こす前だったとは言え、その事実は変わらん」
怒れ、か……。
うん、そうだな。
トテトテと倒れたままの巨体に近付き、半分潰れかけの顔を――――
「ミャァっ!!」
ベシッと猫パンチする。
特に痛がる様子は無い。まあ、コッチも“殺す用”の猫パンチじゃなかったし。
「……それで良い。我は、人間達を殺そうと――――」
「(そこは、どうでも良い)」
「何……?」
「(“見知らぬ100人より、身近な1人”なんて別に怒る程の事じゃねえっつってんの。俺だって同じ立場ならそうしてた)」
まあ、俺はおっさん程思い詰めてなかったと思うけど。
「仕方ない」の一言で片付けて終わりだ。……その後、悪夢にうなされるかもしれんが。
「(俺が怒ってんのは――――こんな殺し合い、そもそもやる必要なかったんじゃねえかって事だ!!)」
「必要だろう……。お前は人間を護りたい。我は自国を護りたい。であれば、ぶつかってどちらかを折るしかない」
いや、やっぱ必要ねえだろう。
そもそも、“どっちかが折れる”必要がないのだから。
「(昨日話した時、おっさんが一言言えばそれで終わった話じゃねえか)」
「言う? ……何をだ?」
「(決まってんだろ)」
ジロリと鬼の顔を睨む。
「(『助けてくれ』だ)」
「助け? お前にか? できる訳がないだろう。我は魔王で、お前は勇者だぞ」
自嘲するような、どこか自虐を含んだ笑み。
こんなボロボロになってても、やっぱり笑った顔は怖い。
「(関係ねえだろ)」
「…………関係ないか?」
「(関係ないね。魔王と勇者の因縁も、人間と魔族の確執も、俺には全部関係ない)」
何故って?
決まってんじゃん。
「(俺は、ただの猫だからな)」
言ってみて、微妙に違う事に気付く。
俺がおっさんを助けようと思うのは、俺が猫だからではない。
これは、もっと単純な話だ。
「(……スマン、今の無し、そう言う事じゃねえや)」
「そう言う事ではない、とは?」
何故、俺がこの赤鬼を助けようと思うのか?
相手は敵方の魔王の1人で。
俺のトラウマであるアビスの弟子で。
こんなに見かけ怖くてでかい赤鬼なのに。
答えは簡単だ。考えるまでもない。
「(“友達”を助けるのに理由が要るかよ)」
よしんば、そこに理由が必要だと言うのなら、それは『友達が困ってる』ってだけで充分だ。十分過ぎる。
「…………友達……?」
「(おう。少なくとも、俺は勝手にそう思ってる)」
今回の魔王同盟の一件は、敵方の頭……ピーナッツを始めとした魔王3人を落とせば恐らく止まる。
しかし、魔王同士は戦えないからおっさんは手出しできない。
では――――俺が横から嘴突っ込んだらどうなるだろう?
おっさんから攻撃される心配のない油断した魔王3人を、背後から俺がぶち抜いてやったらさぞ楽しかろう。
俺の表向きの立ち位置は剣の勇者。
魔王をどれだけ転がそうが、文句を言われる筋合いはない。
恨みは買うだろうが、そんな物は今更だ。
恨みでも憎しみでも勝手に買ってろって話。コッチは売った覚えのない物に責任持たねえけどな。
「(どうせ、さっきの“頼み”ってのも『自分が居なくなった後、この国の事を頼む』とか、そんな事だろう?)」
「…………」
ほぉ~ら黙った、絶対図星じゃんこれ。
付き合い短いが、この赤鬼の思考が【妖精の耳】なんぞに頼らなくても分かるようになってきた。
魔王の癖に、根っこが普通に善人なんだよなぁこの鬼は……。見かけ怖い事に目を瞑れば、本当に魔王なのかと疑いたくなるくらいに。
「……本当に、助けてくれるのか? ……この国を」
そら、俺は面倒臭がりで、厄介事に首突っ込みたくない。だが、困ってる友達を見捨てる程人間腐ってるつもりはない。
それに、いずれは全部の魔王をぶっ転がすつもりだったし、それが向こうから3人群れてやって来るってんなら美味しい話じゃねえの。
「(おう。友達だからな)」
「…………友達だから……か」
言うと、ツウッと赤鬼の眼から滴が零れ落ちる。
「そうか……友達だから、か……そうか、我はお前の友達だったか」
溢れ出した涙と感情が止まる事はなく、立ち上がる事も出来ずにポロポロと泣く。
童話の中の赤鬼は、親友の青鬼が居なくなった事を泣いて、現実の赤鬼は友達が助けてくれる事に泣いて……どうにも赤鬼ってのは、怖い顔に似合わず泣き虫らしい。
「(ああ、だから――――任せとけ!)」




