10-36 強者と強者
「ミュゥ」
ふぅ。
息を整えてから、スゥッと息を大きく吸って止める。
加速――――。
一気に距離を詰める。
近接するのはリスクが高いが、ある程度近付かないと【魔導拳】が当たらないのだから仕方ない。
ギリギリおっさんの間合いの外側からぶち込むのがベスト。
「“駿動”」
おっさんの対応が早い――――!
獣との戦いで使っていた、四肢に魔力光を集中させる奴だ。
この状態は、見た通りに速度と攻撃力重視の状態って事で良いんだよな? だったら、俺としては願ったり叶ったり!!
【魔砲拳】を使えるようになりはしたが、所詮は付け焼刃。何度も見せれば、おっさんなら俺の初動を見ただけで避けるようになる。
であれば、おっさんが【魔砲拳】を見慣れるまでの数手が勝機――――!!
一気に詰みまで持って行く!
速攻で勝負をつけたいなら、1番厄介なのは、間違いなくおっさんのクソ防御力。それを下げてくれてるなら有難いこっちゃ。
問題なのは――――
俺の周囲の天空闘技場の破片が弾ける。
弾けた破片に残る、巨大な足跡。
問題なのは、俺がおっさんのスピードに対応できるかどうかって事だ!!
「ミィ……」
くそ……。
速すぎて目で追えねえ。
獣がこのスピードに対応出来てたのは、【我が力は生贄の上に】での異常強化有りきって事か……!
一段階強化しかしてない俺じゃ、真正面からこのスピードに立ち向かうのは無理。
だから――――【タイムアクセラレータ】!
時の流れが停止したかのような、色を失った白と黒だけの空間。
俺に向かってくるおっさん――――ただし、その動きはスローモーション。
体に纏わりつく空気を、強化された身体能力に物を言わせて動かす。
弓を引き絞るように右前脚を引き、魔力光を魔力弾に!
そして――――放つ!! と同時に【タイムアクセラレータ】が勝手に解除。
放たれた魔力弾はおっさんの足元に当たる。
「む」
外れた――――訳ではない。初めから、今のは足を止めさせるのが狙いだ!
こっからが、本命!!
息を止めて加速!
ドンッと大地を蹴っておっさんに突っ込みながら、次の魔力弾を準備する。
「――――見えているぞ」
ジロリとおっさんの目が俺を捉え、焦る事も無く、“当たり前”の動きで右拳を振りに入る。
その際、俺に向かって大きく踏み出して距離を詰めるのも忘れない。
【魔砲拳】の弾速、有効射程、俺の振りの速度、全部を正確に測った上での大きな踏み込みの一歩。
たった3発見せただけなのに、きっちり反応してきやがる――――!? このまま突っ込めば、間違いなく俺が魔力弾を放つより早くおっさんの右拳を食らってミンチになる!?
嫌になる程のクソ対応力……!
やっぱり……おっさん、アンタ強いわ……。
でも――――
「(一手忘れてるぜ……!)」
おっさんが「何?」と少しだけ表情を変える。
アンタは根本的に俺の事を分かってないな?
俺は勇者じゃないし、魔王じゃないし、特別でもなけりゃ、優秀でもない。
何処まで行っても、ただの一般人。
だから
俺は
いつだって
凡人らしく
―――― 数の力に頼る!
空中に現れる無数の籠手。
革、鉄、オリハルコン、アダマンタイト、様々な籠手。
その籠手全てが――――黒い魔力光を纏う。
「――――これは……!?」
さっきは防がれたが、次は簡単には防げねえぜ?
「(“集中砲火”)」
魔力弾の雨――――。
黒い光が、3m巨体に殺到する。
頭に、腕に、体に、足に。
「――――ぐっ、むっ……!?」
さっきは籠手でぶん殴るだけだったから大したダメージも無くて数の暴力も防げただろうが、魔力弾はそうじゃない。
絶えず全身をハンマーのフルスイングされてるような感じだろうか?
おっさんの体勢が崩れ――――ない!?
歯を食いしばって、不動の構えのまま攻撃を続行。
ちょっ!? おいっ!? 冗談だろッ!? これで体勢崩して必殺の一撃叩き込む流れだったのに、コッチの思い描いた流れガン無視かよっ!?
このまま突っ込んだら――――死……!!
ふと、おっさんの言葉が頭を過る。
それは或いは走馬灯だったのかもしれない。
―――― 相手の攻撃の真ん中ではなく端を狙う。
自然と体が動いた。
真っ直ぐ向かってくる巨大な拳。
その丁度小指の付け根辺りに左前脚をトンッと置く。
―――― 円の動きだ。直線の動きに対して曲線の動きで返すのが理想。
空中で子猫の体を横に回転。その動作で左前脚をグッと押して、おっさんの右拳を下に向かって逃がす。
―――― 必要以上の力を入れるな。相手の体勢を崩せる最低限の力だけで良い。
必殺の右拳が下に逸らされ、おっさんの体勢が崩れる。
―――― これが
「柔法――――!?」
がら空きになった赤鬼の顔面が目の前に――――。
零距離――――!!
右前脚を振り被る。
魔力光を圧し固め、重く、鋭くするイメージ。
その弾丸を、コークスクリューで捻り気味に撃ち出す!!
弾丸の回転。
軌道を安定させ、貫通力を飛躍的に引き上げる。
「(“徹甲弾”!!)」
圧倒的なスピードの差を。
圧倒的なパワーの差を。
圧倒的な防御力を。
圧倒的な技量の差を。
全て水のようにすり抜けて、無防備な顔面に、黒い弾丸が減り込む。
「――――グァッ!!?」
3mの巨体が宙を舞い、薄暗い空に吸い込まれるように10m以上吹っ飛んで闘技場の破片の1つにぶつかって転がる。
トンッと地面を蹴ってそれを追う。
破片の浮島を3つ渡っておっさんの元に辿り着く。
倒れているおっさんの体は、全身痣だらけでリンチにでも遭った後のよう……。さっきの魔力弾での滅多打ち、ちゃんと効いてたんじゃん……やせ我慢め。
そして、その顔は“徹甲弾”が直撃した右半分が潰れかけ、目と鼻と口から血が流れていた。
「(おい、死んだふりすんな)」
声をかけると、血に染まった両目を薄っすらと開く。
しかし俺の方に視線を向けようとはせず、ぼんやりと闇色の空を見上げている。
「ふりではない……本当に体が動かんのだ……」
どうやら嘘ではないらしく、体を動かそうとしているが指先がピクピクと痙攣するだけだった。
「いつか我も誰かに敗れる日が来るとは思っていたが……まさか、子猫にやられるとは、流石に予想せなんだ」
言うと、少し苦しそうに笑う。
敗北が悔しくない訳じゃないだろうが、それ以上に満足している……気がする。表情が。
「……最後の“柔法”は狙っていたのか?」
「(まさかだろ)」
あんなの1万回やって1回成功するかどうかってレベルの、完全な“まぐれ”だ。1万分の1が偶々1回目に来たってだけのラッキー。
「自分で教えた技で敗れては、笑い話にもならんな……。先日教えた時の、“出来ないお前”の姿が頭に焼き付いていて油断していたようだ」
「(大丈夫だ)」
何が「大丈夫」なのかは俺にもよく分からんけども……。
まあ、あの瞬間まで柔法なんて綺麗さっぱり忘れていたし……。
「あれだけ見事に返されれば、負けを認めん訳にはいかんだろう……」
重苦しい動きで首を少しだけ動かし、視線を空から外して俺を見る。
「剣の勇者、お前の勝ちだ」
少し苦しそうに。
少し誇らしそうに。
少し…………悲しそうに、鬼の目が揺らぐ。
「とどめを刺せ――――……」




