10-33 仕切り直し
粉々に吹っ飛び、赤い肉片となって地面に散らばったギガースの頭。
しかし、死亡判定が入るや否や【ダブルハート】が発動し、死亡判定を無効にして粉々になった頭を元通りに修復する。
「……む」
数秒間の意識の空白。
自身が死んでいた事を理解する。
死ぬなんていつぶりだろうか? と死んだ思い出を掘り返そうとするが、魔王になったばかりの頃まで潜らなければ思い出せなかった。
(あの時は、アビス殿に「魔王になった祝いだ」と言って半身を吹き飛ばされたのだったか……)
随分と懐かしい思い出だった。
だが、今はそんな思い出に浸っている場合ではない。
目の前には、4秒前に自分を殺した子猫が、ちょこんっとお座りしている。
その金色の眼は相変わらず空虚で、ギガースの事を見ているのかいないのかすら分からない。
勝ち誇る風もなく、目の前の全てに興味が無いと言う雰囲気。
何を考えているのか分からないのも相変わらず。
そこで、ふと……違和感。
「……?」
そこには誰も居ない。
誰も居ない筈なのに、“何か”に触れられた――――気がする。
触れられた感触は無い。実際近くには誰も居ない。それなのに、体の内側を指でなぞられたような、寒気にも似た不快感が背中を這っている。
無意識に体が動く。
その“何か”から逃げろ! と積み上げてきた経験と直感が言っている。
半歩後ろに体を逸らした途端、コンマ1秒前まで自身の心臓があった空間が――――爆発した。
「むっ!?」
鼻先で衝撃が巻き起こり、爆風と熱波に煽られる。
しかし、魔法による爆発だったようで、ギガースにはどれ程のダメージも無い。
ダメージは無いが、驚きはした。
(今のは、体内で魔法を起爆させようとしたのか……? 対象物ではなく、空間を起爆させる類の魔法か?)
そんな凶悪な魔法は知らない。
それに、魔法が発動する前に感じた違和感が妙に気になる。
(何か、種有りきの手品か)
何にせよ、本当に体内で魔法を発動させるような方法があるのなら危な過ぎる。いかに魔法防御が高いギガースでも、体内は守りようがない。食らえばほぼ即死だ。
防ぐ有効な手立てが分からない以上、次に同じ事をされたら先程のように避けられる確証は無い。
ならば、食らう前に倒す。
今まで出し惜しんでいたと言う事は、あれが奥の手であり、必殺必中の手だった事は間違いない。
必殺に必殺を返すのが礼儀。
(我も見せよう、必殺の一手を――――!!)
スゥッと大きく息を吸い、腰を落とし、丹田に力を入れる。
猫との距離は約7m。
ギガースの筋力と歩幅なら一瞬、2歩で詰められる。
だが、近付く必要はない。
その場で、今までの最小、最短、最適解なコンパクトな動きではなく、見せつけるような大きなモーションで右拳を地面に向かって振り被る。
「“絶”」
迷いなく、濁りの無い動きで拳を振る。
瓦割りのように、真っ直ぐ地面に拳を突き立てる。
ズンッと振動と轟音。
猫が無感情の金色の眼を辺りに走らせ、回避行動に移ろうとする――――が、もう遅い。
「ミュ――――」
7m先に居た猫の体がグシャリと拉げ、次の瞬間、花火のように真っ赤な肉片となって散らばった。
同時に、天空闘技場全体がビキッとひび割れ、無数の歪な岩の塊となって周囲に飛び散る。と言っても、破片1つ地面に落ちはしない。“浮く岩”は、全て空中に留まっている。
一瞬の出来事だった。
文字通りの一撃必殺。
“遠当て”と“透かし”の合わせ技に、魔導拳の最大火力を乗せたギガースの必殺とも言うべき技。
ただし、モーションが大きく、1度見せれば対応される可能性が高い。相手が有象無象ならともかく、自分と同格が相手であるのなら直撃させられるのは1度だけだ。
「我の、勝ちだ」
だが――――故の必殺。故の奥の手。
自身の最強、最大にして究極たる1撃で相手を沈めた。
……だと言うのに、本来ならば浮かんで来る勝利の嬉しさや喜びが、今日に限っては欠片も浮かんでこない。
むしろ「やってしまった」と言うような、仄暗い罪悪感や悲しさが吹き込んでくるくらいだ。
「…………勝ち……か……」
構えを解いて拳を下ろそうとして、気付く――――……。
* * *
『スキル:【ダブルハート】を発動。
スキルを再使用出来るまで239:59:56』
そんなログの表示を見ながら目を覚ました。
ん……? 体が動く?
前脚を軽くパタパタと振ろうとすると、確かに俺の意思に従って子猫の体が反応してくれた。
…………“獣”の奴、おっさんにぶっ転がされて、収集箱の奥に引っ込んだのか。
獣が体を動かしている間は、俺の行動は一切封じられていたけど、見えてはいたし聞こえてもいた。だから、何が起こったのかは知っている。
何と言うか……正直、獣の戦い方は「怖い」。
ただただ相手を殺す為の手を積み上げて、そして殺す。
将棋やチェスで言うところの、常に相手を王手で追い込む感じっての? 一手避け損なえば、途端に命の詰みにされる。そんな感じ。
実際、獣はアレだけ格上のおっさんを1度殺して【ダブルハート】を使わせている。……まあ、その後おっさんが本気出したのか、初見殺しパンチであっさり殺された訳だけども。
「…………何故、生きている? いや、蘇ったのか?」
そう声をかけられて視線を向けると、おっさんが驚いた表情のまま口を開けていた。
……そこまで無防備に驚かれると、不意打ち食らわせる気も失せる。
「(そんなに驚かれたら、コッチが反応に困るんだが……?)」
「……む? 目の色が金色ではなくなっているな。元に戻ったか」
金色……?
自分じゃ分からなかったけど、“獣状態”だと目の色が変わるのか? ちょっと中二病心が擽られる……いや、そんな事言ってる場合じゃねえけども。
「色々納得いかん事はあるが……。そもそも、勇者でありながら猫である貴様を、我の常識に当てはめる事が間違いだったな」
言うと、小さく息を吐いて冷静な目に戻り、構えを取り直す。
聞きたい事はあるが、まずは決着を付ける――――と言う事らしい。まあ、お互い生きてるんだから、それ以外の選択肢は無いわなぁ……。
コッチもここでケツ巻くる気はねえ。
コッチもコッチの事情で、おっさんを倒さなきゃならんからな!
素の俺とおっさんでは圧倒的に分が悪い。
しかし――――幸いにして、獣のお陰で双方【ダブルハート】を使って残りのライフは1だ。
それに、獣が色々置き土産してってくれた。
『【魔導拳 Lv.1】
魔力を肉体に纏わせる技能。Lv上昇に伴い、魔力効率が上がる』
はい、まどーけーんッ!!
マジで“見て盗む”とか意味分からん事しやがったわあの野郎……。言っておくが、俺はそんな腐れチートな真似は出来ないので悪しからず……。
『【我が力は生贄の上に】
収集箱内に存在するアイテムを消費させる事で、肉体能力を爆発的に上昇させます。上昇率はレアリティの高いアイテム程高くなります』
これが、獣の野郎がおっさんと同レベルのパワーとスピードを出していたトリックの種。
……え!? ちょっ、待って!? このスキルってアイテム消費すんの!?
慌てて収集箱のリストを開いてみると、Aランクのアイテムがごっそりと無くなっていた。
あんの駄獣野郎がぁ!! 他人様のアイテムをモリモリ使いやがって!!
……いや、落ち着け俺! あのアホに腹立ててる場合じゃねえ。どうせAランクのアイテムなら“不思議なポケットの法”で取り戻せる。




