10-27 Eの魔王
雷光と雷鳴――――閃光と轟音が乱舞する。
天空闘技場を隙間なく埋め尽くす白い雷の雨。
我ながら結構無茶苦茶な攻撃だと思う。
本来だったら勇者の切り札的な【審判の雷】を、こんな速攻的な使い方をする事もそうだし、並みの奴なら1発で魔力が空になる消費を無視して50発連打する事もだし。
まあ、だが、魔力の残量を気にして最大数の853発ではなく、かなり抑えた50発にしたのは、頭の片隅で思ってしまったからだ。
―――― 「これで本当に倒し切れるのか?」と。
そして、最悪な事に――――最低な事に――――その予感は当たっていた。
吹き荒れていた光の嵐が去ると、そこには体の端々から煙をあげる巨大な赤鬼が立っていた。
両腕を眼前で交差させたシンプルな防御の姿勢。
体から立ち上る煙は数秒で消え、所々に小さな火傷を負った鬼の巨体だけがその場に残った。
「(…………冗談でしょ……?)」
笑い話にしたって笑えない。
ダメージ小さ過ぎるだろ……!? 手持ち最大火力の天術……しかも深淵属性持ってる魔王に対しては超特効なんだぞ……!? それを50発叩きこまれて数か所の火傷で済むって、どんな化け物みたいな防御能力してんだ……!?
いや……阿修羅との戦いで、おっさんの防御力が高いのは分かっていた。多分だが、何かしらの……攻撃を無効化するレベルの耐性を持ってる。そうじゃなきゃ、この異常な防御力は説明できない!
いや、いやいやいや、落ち着け。決して素の防御力じゃねえ! 天術を食らう前と後じゃ違う点がある!!
おっさんが両腕に宿らせていた魔力光――――“魔纏”とか言う技が、全身に魔力光を張り巡らせる“纏光”とか言う奴に切り替わっている。
コッチの手を受ける為に、「様子見」から「本気」になったって事ね……。まあ、だからと言ってダメージが微少なのは変わらねえけどなぁ、おい!!
内心焦りまくりのコッチとは対照的に、落ち着いたゆっくりとした動作で、防御姿勢から攻撃の構えに戻すおっさん。
「素晴らしいな。貴様を過小評価していたつもりはない。むしろ最大級の敵として警戒をしていた……だが、まさか、更にその上をいかれるとは驚いた」
楽しそうにニヤッと笑う。
アホか……! 「驚いた」は、コッチのセリフじゃボケがっ!! 俺の最大級の攻撃をほぼノーダメージとかガチの化け物過ぎるだろ!?
「なれば――――我は、貴様の底の底まで振り絞った力を、全力を持って踏み砕いてみせよう!!」
ゾワリとした悪寒が全身を硬直させる。
ヤバい――――何か、何かヤバい事をしようとしている……!!
おっさんの格闘能力にも、魔導拳にもここまでの悪寒は感じなかった……だとすれば、コレは――――魔王スキルだ!?
止めなくては!
頭がそう思考するより早く、俺の恐怖を感じ取った空中を舞う武器達が襲い掛かっていた。
物理攻撃より足の速い天術や魔法を選択しなかった理由は簡単だ。先ほどの【審判の雷】を耐えられた事で、魔力防御が物理防御以上に強固であると判断したからだ。
「誇れ。貴様が、我が魔王スキルを使う2人目の勇者だ!」
迫りくる刃の雨に怯える事もなく、焦る事もなく、大きな掌を開いて見せる。
「魔王スキル――――【決闘場】!」
おっさんの体を中心に、見えない何かが広がる。
見えないが、多分、それは、壁のような物だと思う。
何故壁かと思ったのかと言えば、そのどんどん広がって来る壁に触れた瞬間、おっさんに襲い掛かろうとしていた俺の武器が――――消し飛んだから。
「(――――は?)」
先頭を飛んでいた旭日の剣が、その後ろを舞っていたアイスランスが、ミスリルの槍が、剣が、弓が、槌が――――残らず消し飛んで、壁が――――俺に――――当たる。
「(くっ……!?)」
ヤバい……! 武器を消された事に動揺して反応が遅れた!?
【タイムアクセラレータ】で光速まで加速して逃げようとするのと同時に、見えない壁が俺に届く――――が、俺の体に変化は無かった。
「(……あれ?)」
武器が消えたから、てっきり相手を問答無用で無に帰す……バ●シュ●ス的な奴かと。
俺の体にダメージは一切無い。
いや、ちょっと待って、今ログが流れて……、
『魔王スキル【決闘場】の効果により、全ての武器の装備が解除されました』
装備が解除された?
収集箱のリストを慌てて開けば、確かに武器のリストに武器が並んでいる。どれ一つとして失われていない。
武器を戻すだけの能力……? 魔王スキルっつうから、どんな凶悪なのが飛び出すかと思ったら、随分優しめのが来たな?
「貴様の手は、もう使えんぞ」
何を言って――――……言われてログが続いている事に気付いた。
『魔王スキル【決闘場】の効果により、カテゴリー:武器のアイテムを収集箱から取り出す事が出来なくなりました』
武器が出せない!?
収集箱から武器を出せなくなってる!?
ちょっと待て!? この魔王スキル、“武器外し”じゃなくて“武器封じ”かよ!?
しかも……ログは更に流れている。
『魔王スキル【決闘場】の効果により、カテゴリー:天術を使用できなくなりました』
まさかの天術もぉッ!?
ちょっと待て、ヤバいって!? 攻撃に関しては天術が役に立たない事がさっき分かったから、そこはまあ良い。けど、天術封じられるって事は、【全は一、一は全】使用時の天術のオート支援が無くなるって事だ。
攻撃力、防御力、速力の強化は元より、治癒術によるオートヒールが使えなくなるのが痛すぎるだろ!?
幸い魔法までは封じられてないけど、魔法の強化術や治癒術は持ってないから、結局オート支援は無いままだ。
「我が魔王スキル【決闘場】は、武器と天術の使用を禁ずる」
自分で能力の説明すんのかぃッ!!
そんなんされなくても、絶賛味わってる最中じゃぃ!!
いや、っつか、どんだけ俺の能力メタってくんだよ!? まさか鳥野郎以上に俺の能力にメタ張ってる魔王が居るとか流石に予想しとらんかったわ!!
いや、いやいやいやいやいや、この能力…………俺メタってか、勇者メタだろ?
勇者の能力は、神器を持つ事で超強化されて初めて成立する。武器封じで神器を封じられれば、勇者の能力値なんて精々“かなり優秀な人間”くらい。そこから戦闘を続行しようと思えば、選択肢は天術しかない。だが天術も封じられている。
となれば――――残っている選択肢は肉弾戦のみ。
そら、そこらの魔族相手だったら“優秀な人間”の能力値による格闘でも勝てる可能性は有る。しかし――――相手は強さ4位の魔王。しかも、ゴリッゴリに格闘戦特化のスペシャリスト。“優秀な人間”じゃ100人どころか1000人束になったって勝負にならない。
ああ……クソっ、神様なんてものが本当にいるのだとしたら、相当質が悪いサディストだ。
勇者がどれだけ頑張って他の魔王を倒しても、おっさんに辿り着いた時点で負けが確定して詰む。
この世界の人間は、最初から魔族に負ける事が決まっているって事だ。
「(ハハハ……本当笑えるわ)」
「我の魔王スキルは、そんなに笑えるか?」
「(ああ笑えるね。笑えねえくらいに笑える)」
確かに、人間では――――勇者ではこの魔王に絶対太刀打ちできない。勝負にすらならないだろう。
だが――――今戦っているのは誰だ?
勇者じゃねえ、ただの猫で、魔王の俺だ!
だからこそ、勝てる可能性は0じゃない……!! ……まあ、涙が出そうになるくらい、可能性は低くなってるけど……。




