10-22 言葉が胸に刺さる
剣の勇者が立ち去ると、地面に座ったままシアレンスは静かに目の前に置かれた鎧を手に取ってみる。
淡く青みがかった金属で作られた軽装鎧。それに合わせて作られたであろう籠手と脛当て。
触れただけで分かる“ただ物じゃない感じ”。
鉄や魔法銀ではない。もっと魔力との親和性が高く、硬度も耐久力も高い何かで作られている。
「……オリハルコン……? いえ、違いますわね」
頭に浮かんだ可能性は即座に否定して思考から消す。
オリハルコンと言えば太陽の如き金色の……そう、剣の勇者の纏っている全身鎧のような。
だが、今手の中にある鎧はオリハルコンに見劣りするような感じはしない。
薄い青でオリハルコン並みの金属と言えば、思い当たる物が1つだけある。
「まさか……アダマンタイト……?」
オリハルコンを凌ぐ程の硬度を持つと言われている超希少金属。
拳大の塊1つで帝都に屋敷が建つと言う噂を聞いた事はあったが、実物を見た事は元貴族のシアレンスですらない。
ましてや、その希少金属で作られた鎧なんて伝説級の代物だ。
鎧の正体をアレコレ考えていると、横に居た老執事が怒りを隠そうともせずに呟く。
「……剣の勇者め……! レゼンス家に代々伝わる鎧を奪っただけでは飽き足らず、勝者の余裕とでも言うように……これ見よがしに別の鎧を渡して来るなど……!! お嬢様とレゼンスの家名への侮辱……絶対に許すまじ!!」
「爺、落ち着きなさい。鎧を奪われた事は闘技場のルールと言っているでしょう? 私も納得の上だとも。剣の勇者に恨み事を言うのはお門違いですわ」
「し……しかしお嬢様!」
「それに――――この鎧は決して敗者への侮辱でも、勝者の余裕でもありませんわ。多分ですけど」
言いながら、手に持った鎧に1番簡単で弱い術式を当ててみる。
鎧が魔力に反応してボンヤリと光る。
魔力攻撃への防御反応。しかも発光現象が目に見える程強い。
信じられない事だが、本当にアダマンタイトで作られた鎧らしい。
「それは、どう言う意味でしょうか?」
「この鎧は恐らくアダマンタイトの鎧ですわ」
「なっ!? ま、まさか!? アダマンタイトと言えば、世界で最も耐久力の高いと言われている超希少金属ですぞ!? アダマンタイトで作られた鎧など……レゼンスの家が持っていた全財産でも買えるかどうか……」
「そうですわね。正直、値段で語るのでしたら家宝の鎧よりもコチラの方がずっと上でしょうね」
自分の家に代々伝わる鎧を悪く言うつもりは一切ない。
一切ないが――――アダマンタイトの鎧は比べる対象としては大き過ぎるのだ。
「……しかしお嬢様。御言葉を疑うようで申し訳ありませんが、本当にそれはアダマンタイトなのでしょうか? 剣の勇者の鎧はオリハルコンだった筈。鎧としての性能ならばアダマンタイトの方が上です。であれば、性能の高い鎧は自身で使うのが自然ではないでしょうか?」
「ですわね。ですから、この鎧は恐らく誓いの意味なのですわ」
「誓い……ですか?」
「アダマンタイトの鎧は、多分剣の勇者の“普段は見せる事のない切り札”のような物なのでしょう。だからこそ、私の1番の宝である鎧を自身が……そして自身の切り札の鎧を私に」
スポーツの試合におけるユニフォーム交換のような事だ。
互いの善戦を称え、また再び見える日を誓って――――と言う事だ。
「私の鎧は、再戦の時まで……いえ、私があの方に勝つまで預かっておく、って事でしょうね」
「なんと……剣の勇者はそのような事まで考えてこの鎧を……。物事の上辺だけを見て憤慨してしまった自身を恥ずべきですな……」
「ふふ。本当にあの方は、私のライバルに相応しいですわね……!」
強く優しい、どこか澄み切った大空を――――どこまでも広がる大海原を思わせる男性。
言葉ではなく行動で正義を示し続ける気高さと高潔さ、そして困難に迷わず立ち向かう勇気。
まさしく、あの姿こそが本物の“勇者”だ。
人を惹きつける魅力と、人に導くカリスマ性の塊。
ライバルと言う立ち位置に居なければ、シアレンスですら立場や自身の境遇を忘れてコロッといかれてしまうような恐ろしい男性。
「越えるには、いささか高い壁かもしれませんが……それでこそ燃えますわ……!!」
終生のライバルから渡された鎧をギュッと握りしめながら、シアレンスはニヤリと笑うのだった。
* * *
ロールパンとの準決勝を終えて半日ほど。
とっぷりと日も暮れて、そこかしこで灯る店の明かりによって夜の闇が遠ざけられたブルムヘイズの町。
色々やってて夕飯を食べ損ねていた俺は、遅めの夕飯に豚肉の香草焼きを食べ、心も体も大変満足していた。
この国は飯が美味くて嬉しい。
まあ、だからと言って、今まで立ち寄った国の飯が不味かったって訳じゃないが。クソ不味かったと断言できる料理なんて、七色教に捕まった時にだされた毒入り飯くらいだ。
いや~、こうして広い食文化を満喫できるのも、早いうちに【毒無効】のスキル手に入れたお陰だよねぇ? 猫なんてどこに毒が転がってるか分かったもんじゃねえし。
確か、普通の猫だったら唐辛子とかもアウトじゃなかったっけ?
戦闘面で活躍するスキルじゃねえから若干影が薄いけど、正直猫として生活する上で1番役に立ってるのってこのスキルな気がするわ。
酒も飲んでないのに良い感じに場酔いした俺は、人通りの少ない裏通りを1人……じゃない、1匹で歩いていた。
腹に詰め込めるだけ詰め込んだので、若干……いや、かなり体が重い……。
少し歩いて消化しないと気持ち悪くなりそうだった――――っつう訳で、【仮想体】も出さずに薄暗い裏通りを子猫1匹でトコトコ歩いてる今の状況なのさ。
「ミュゥ……」
ふぅ……。
体大きくする為とは言え、近頃喰い過ぎな気がする。ちょっと自重するか……。
そもそも、食っても食っても全然大きくならねえしな? この子猫の可愛らしい体はよォ!!
古人曰く「寝る子と食う子は良く育つ」。
いや、育たないんですけど? 全っ然っ育たないんですけどぉ!?
もしかしなくても、この子猫の体ってこの大きさで成人してるのか……? そう言う種類の猫なのか?
この体になってから何度目か分からない自問。
「ミ……」
答えの出ない自問に頭をグルグルさせていると、先の曲がり角から、ぬっと壁が現れた。
……いや、違う。無駄に巨大な図体してる鬼だった、って言うかおっさんだった。
本当に無駄にでかいな、この赤鬼は……。あと関係無いけど夜に出会うと一層顔が怖い。
「準決勝を勝ったのだな?」
挨拶も無しにいきなり話し始めんのかい。別に構わんけど。
「(おう。もしかしてお祝い言う為に俺を探してた?)」
「それもある」
そこは本題じゃないって事ね……。
昨日はおっさんの様子が変だったけど……それがまだ継続中っぽい感じだな。何が変って具体的に指摘できる訳じゃないが、いつもより雰囲気がピリピリしているような気がする。
「明日は決勝だな」
「(それに勝てばおっさんと、だろ?)」
「…………」
……なんで素直に頷かない。そこは素直に「うん」で良いだろ。
俺が変に警戒心のアンテナを立てていると、おっさんが思いもよらぬ事を――――本当に予想出来なかった事を口にした。
「明日の試合は負けろ」
「…………ミ?」
…………は?
今、何を言われたのか本当に数秒理解出来なくて、何度も頭の中で言葉を反芻してしまった。
いや……だって、おっさんと言えば、武人のような、正々堂々を重んじる“お堅い”奴。
そのおっさんが……なんだって? 負けろって言ったのか? それはつまり、八百長しろってか? 俺に三味線弾けってかよ?
おっさんが? あのおっさんがそんな事を言ったのか?
信じられない気持ちと信じたくない気持ち。だから、訊き返さずにはいられなかった。
「(どう言う意味だ)」
「他意は無い。聞いた通りのそう言う意味だ」
コッチは思考がグチャグチャでまともに考えをまとめる事も出来ないと言うのに、おっさんはいつも通りの淡々とした――――いや、淡々とした風を装っている……のか? ダメだ、今の俺じゃ冷静に判断出来ない……!
「(理由を言え。負けろと言われて『はい分かりました』と無条件に頷ける訳ねえだろうが!)」
「理由は――――」
一瞬、何かを言おうと口を開く。しかし、俺から視線を逸らし、開けかけた口を閉じて出そうとしていた言葉を呑み込んだ……ように見えた。
「いや、理由はそれが我にとってもお前にとっても、面倒が無くて済むからだ」
「(意味が分からん、ちゃんと説明しろ!)」
「説明など要らん。我は魔王で、お前は勇者。其々の立場に立ち返ったと言うだけだ」
どう言う意味だ?
魔王と勇者だから明日の決勝に負けろって事か? 意味が分かんねえだろ。
「戦って負ける事が飲み込めないと言うのなら、棄権して早々自分の国へ帰れ。今からなら早朝1番の船を用意させられる」
「(勝手に話進めんな! ちゃんと説明しねえなら、負けるつもりも棄権するつもりもねえよ!)」
睨み合う。
3mの巨体と20cmのミニチュアサイズが殺気混じりの視線をぶつけ合う。
無言のまま1分程そうしていたが、そこでおっさんが俺から逃げるように視線を切って背を向ける。
おかしい。やっぱりおかしいだろ! いつものおっさんなら、意地になって絶対に自分から視線を逸らしたりしない……!
「我等は仲良くすべきではなかった。我が魔王でなかったら……或いはお前が勇者でなかったら――――」
その先に何を言おうとしたのか分からない。
おっさんは、そのまま無言で立ち去ってしまったから……。
「ミぃ」
1人残された俺は、訳が分からず、ただの子猫のように鳴く事しか出来なかった。




