10-19 精霊獣
炎の大蛇……。
正確には、メラメラと燃え盛る岩が重なって形作られた石造りの大蛇。
ロックヴァイパー的な? エンチャントファイア的な?
とりあえず、ガブッとされたら痛そうで熱そうだなぁ……っつか、猫が通常モードでガブッてされたら即死なんだけどさ……うん。
「おーほほほっ、驚いてますわね? 流石の剣の勇者と言えど、精霊獣を見たのは初めてのようですわね!!」
精霊獣……? なんじゃそら?
普通の精霊はバルトが連れてるのを見たし、大精霊はなんか勝手に出て来るしで見た事ある。
だが、こんな……魔物っぽい系のは見た覚えがない。
あと関係無いが、観客席でシアのところの老執事が「お嬢様ぁアアアア!!」と歓喜の絶叫しているが無視しておく。
「私、生まれつき精霊に好かれる体質ですの。子供の時分は、『精霊の落とし子』だのと恐れられたものですわ! まあ、私に陰口を叩くような輩は、爺とお父様が“オトシマエ”とやらをして黙らせていましたが……」
お前ぇん家は“や”のつく自由業の人かよ!? 件の老執事がむっちゃドヤってるし!?
……いや、違う! ツッコミどころはそこじゃねえ!?
精霊に好かれる体質……って事は、コイツもしかしてバルトと似たような持って生まれた才能の持ち主か!?
いや、いやいやいや、でも、日常的に精霊が纏わりついて来る程じゃないって事は、多分バルトの方が上位スキルだ。流石ウチの弟子!
「このヴォルカヌスは、10年前の戦争終結後、レゼンスの家が取り潰しにされた時に突然現れて魔族の手から私達家族を護ってくれたんですの。それ以来こうして仲良くなって、私に力を貸してくれるのですわ」
あら、なんだか微妙に壮絶そうな話だわ……。
きっと小説にしたら上中下巻くらいにはなりそうな話しだな、きっと。
まあ、そんな長そうな話を聞く気は一切無いが。
シアが手を上げると、燃える大蛇――――ヴォルカヌスとやらは、嬉しそうに大きな頭の部分をその手に擦り付ける。
燃える体をスリスリされてもシアの手が燃えてる感じはない。火傷してる感じもない。って事はアレか? このヴォルカヌスは天術や魔法と同じ扱いなのか? 発動者はダメージ食らわない的な? 呼び出したシアには何をやってもダメージ判定が入らない的な?
……都合良過ぎない?
まあ、そんな事言い出したら、俺の使う【審判の雷】も魔族だけをブチ転がすとか、超都合の良い効果だし……うん、まあ、アレっスよ、人間誰だって都合の良い技の1つや2つ持ってるって事だな、うん、納得。
「貴方も可愛らしい使い魔を連れていますし、これで条件は五分と五分」
いや、誰がどう見ても五分五分ではない……。
見た目では完全に猫が負けてるやないですか? まあ、実際の戦闘力って意味でなら、俺のが上だけどな? あれ? 見た目と実力で勝ち負けトントンなら条件は五分五分なのか……? いや、やっぱり違う気がするわ。
「ミャァ」
「そんなに心配そうな鳴き声を出さなくても大丈夫ですわ。私もヴォルカヌスも積極的に貴方を攻撃するつもりはありませんもの。今のうちに剣の勇者から離れておきなさい」
ご心配どうも。
でも……相棒の蛇は完全に俺をロックオンしてるっぽいんですけど……?
「あら? ヴォルカヌスどうしましたの? 貴方の敵はあの子猫ではありませんわよ、鎧を着た騎士の方ですわ」
シアが蛇の体を優しくポンポンと叩いて言い聞かせるが、当の蛇は猫から視線を一切外さない。
……そう言えば、バルトに引っ付いてる小っこい精霊達も最初は俺の事を酷く怖がってたっけ。
この蛇、精霊獣つったっけ? それが具体的にどう言う物なのかは知らないが、名前に「精霊」って入ってるって事は精霊種別に間違いない。って事は、この蛇もバルトのチビ共と同じように俺の正体に気付いてる可能性は大だ。
その上でシアにそれを伝えないって事は、この蛇とシアは言語的な意思疎通が出来ないって事だ。単純に蛇が喋れないのか、シアにバルトのような精霊の声を聞きとる力が無いのか……そこまでは分からんけど。
何にしても、正体がバレないってんなら都合が良い。
だが――――俺の正体に気付いてる蛇君には、悪いが早々に御退場願った方が良さそうだ。
コイツがいるだけでバリバリ気温が上昇してシンドイしな。
この大会じゃできるだけ力抑えて戦って来たけど、この蛇はちょっとばかし本気出して速攻でボコる!
まあ、“手加減する”は、人間と魔族を殺さない為の制限として自身に科していた物だし、精霊相手ならギリセーフでしょ。
とは言っても、いきなり魔王スキルを振り回す訳じゃないけど。あくまで「常識の範囲内」での話だ。
「剣の勇者、どうしてかこの子がどう言う訳かその子猫を敵視しているようですの。危ないから貴方から離してくれませんこと?」
それを無視して【仮想体】が一歩踏み出す。踏み出すって言うか、俺が踏み出させたんだけどね……。
「……! 踏み込んで来る、と言う事は……私の忠告は無視されたと判断して宜しくて? 正直がっかりしましたわ。貴方なら、子猫を慮って私の忠告を素直に聞くと信じていましたのに」
そんな事を信じられても困る。
コッチとしては、本体の猫が鎧にくっ付いているのは最低限の“正々堂々”のつもりなのだが。まあ、それは言えないんだけどもさ。
「がっかりした」って言うから、問答無用に攻撃して来るかと思ったが、猫をチラチラ見て攻撃を躊躇ってるあたり……コイツも何気に、っつか普通に良い奴だよなぁ……。
だが、そんなシアとは裏腹に、蛇君は近付いて来る敵にシャーっと1度威嚇してから、有無を言わさず突っ込んで来た。
「ヴォルカヌス、何してますの!」
シアの命令も聞く耳なし……ってか。
昔実家に住んでた頃に見た、駄犬に引き摺られるようにして散歩してる近所のお姉さんを思い出してしまった。
うわ……近付いてくると尚の事熱いわ……。
んじゃ、ちょっとだけガチで行く……!
【仮想体】の纏っているオリハルコンの鎧に魔力を流して物理耐久、属性耐性を引き上げる。
このように、武器や防具に魔力を通すと強化される訳だが、流せる魔力の限界値はレアリティのランクによって上がって行く。
つまり、レアリティが高ければ高い程大量の魔力を流し込んで能力値の底上げをする事が出来る訳だ。
で、これは俺の体感の話になるが、レアリティBの装備あたりから魔力を流せる量が一気に上がる。
まあ、何が言いたいのかっつーと、「レア度の高いアイテムって偉大だわぁ……」。
そんな事を考えながら、【仮想体】の片手を肩に乗っている猫に被せる。
これで、一応周りからは「ペットの子猫を護ってる」感じに見えているんじゃなかろうか?
まあ、実際のところは、ただ単に周りの目から猫自身を隠したかっただけなのだが。
金ぴかの籠手の下で、収集箱のリストを開き、装飾品のカテゴリーから断魔の守護を選択。
これはアレよ。骸骨船長が首から提げてた奴よ。魔法、天術、魔力攻撃に対してゴリッゴリに耐性張ってくれる強アクセサリよ。流石にいきなりアイテム出す姿を人に見せる訳にはいかんからねぇ……。
アミュレットの紐に首を通すと、マジックアイテムの「勝手にサイズ調節機能」が働いて、ゆるゆるだった首紐が良い感じに首輪っぽい長さに調節される。
そして――――吹き付けていた熱気が消える。正確に言えば“消えた”のではなく、俺が熱波を感じなくなったのだが。
断魔の守護の耐性効果が働いてる……って事は、やっぱり蛇君の纏ってる炎と熱は魔力攻撃か。
これで防御はオッケイ!
後は――――。
猫への脅威度を正しく理解しているっぽい蛇君が、花火のように盛大に炎を撒き散らしてグワッと大口を開ける。
【仮想体】が半身を引いて拳を構える。
後は――――ぶん殴るだけだ!!
俺もおっさんのような格好良い感じにやれれば良いんだが……悪いね? 俺に出来るのは、力任せの素人喧嘩パンチだけだ。
「ミャゥ!」
必殺!
【仮想体】が踏み出しながら拳を振る。
踏み込んだ足から、力を拳まで循環させるイメージ……!!
「ミュゥう!!」
見よう見真似!!
「ミッ!!」
鬼パンチ!!




