10-20 素人喧嘩猫パンチ
見よう見真似のおっさんのパンチ。
なのだが…………お世辞にも真似出来てる感じがしないのは俺の気のせいだろうか? いや、気のせいじゃねえな。
何十年鍛えて研鑚して来たおっさんの技を、一朝一夕で盗めるとは思ってなかったけど、猿真似すらできないのは流石ににへこむわ……。
恰好付けておっさんの真似はしてみたものの、結局はいつも通りの“素人喧嘩パンチ”になってしまっている。
まあ、こうなる事はやる前から分かってたんですけどね……。観客の目もあるし、恰好付けてやってみたかったんですよ、ええ。
ともかく――――その【仮想体】の素人喧嘩パンチが、若干アッパー気味の軌道を描いて蛇君の下顎辺りにめり込む。
顎を構成する岩がビキッとひび割れるが、蛇君はそんな事お構いなしに全体重をかけてコチラを押し潰しにかかって来る。
相当力を入れているらしく、纏っている炎が倍くらい膨れ上がる。
まあ、熱ダメージは断魔の守護でシャットアウトしてるからヨシ。【仮想体】に関しては元々魔法だの天術だの魔力系に高い耐性を持ってるオリハルコンの鎧だし、っつかダメージ判定事態存在しないから関係ねーし。
ただ……あんまり火力上げられると酸素が燃えて呼吸がしんどくなる……。やっぱりチャカチャカ倒さなきゃアカンなこれは!
毎度毎度【仮想体】にだけ仕事させるのも気が引けますし(動かしてるの俺だけど……)、猫自身も体を動かしましょう。
金ぴかの籠手に包まれたまま【隠形】発動。
蛇君が動揺したのか、一瞬だけ押し潰そうとする力が揺らぐ。
まあ、そらそうだろう。【隠形】発動中は、音と気配が消えて、認識阻害効果によって俺がそこに居る事を認識出来なくなる。
相当高い探知能力を持っている奴でなければ、今の俺を知覚する事は出来ない。
蛇としては、警戒していた猫が突然消えたように感じる訳だから、そりゃ動揺の1つもするわ。
とは言え――――猫が見えなくなった事は目の前の蛇君しか気付かない。シアも観客の皆様も、当然のように肩に置かれた【仮想体】の手の下には子猫が収まっていると思っている。
だから……
ちょっとばかり暴れても大丈夫だよね!
スゥッと息を吸って止める。
蛇君の炎で暖められた熱い空気が子猫の小さな肺に満ちる。
【アクセルブレス】。
周囲の時間の流れがゆっくりになり、俺だけがこのスローな世界の中で自由に動く事が出来る。
スルリとオリハルコンの籠手の下から抜けだし、【空中機動】で空中に足場を作って蛇君の頭上まで飛び上がる。
こんな世にも奇妙な亜音速で動く子猫を誰も見えていないなんて……可哀想に。いや、まあ、言うても見えてたら俺の方が困るんだけどさ……。
そんな事を考えながら、空中で天術のリストを開く。
【パワーエクステンド】。
肉体能力値を底上げする。
元々加速状態の時は能力値がプラス補正されているので、これで2段階強化。こんぐらいやっとけば十分でしょ。
隙だらけの燃える蛇君の頭に向かって落下しながら、体を捻って姿勢作り。
そして、必殺の――――
「ミュッ!!」
素人喧嘩猫パンチ!!
型も見栄えもない、ただただ全力で振り下ろすだけの野生のパンチ。
可愛いだけが取り柄の子猫が、丸っこいフワフワな手で繰り出すパンチなんて……まあ、普通の人にしてみれば「ははは、可愛いなぁ」で終わるレベルのものだ。
その“可愛いパンチ”が炎と岩の蛇の頭に当たる。
本来ならばペシッと可愛い音をたてる猫パンチが、ゴギュっと凄まじい轟音をたてて岩の頭を文字通りに叩き割る。
しかし、蛇君の頭を砕いてもパンチの威力は死なず、地面に叩きつけられた蛇君の体がアリーナを抉り、クレーターを作る。
爆発したかのような衝撃と土煙が闘技場に広がり、アリーナに溜まっていた熱気が吹き散らされる。
その衝撃に俺自身も煽られて、思わず息を吐き出してしまう。
「ミュゥ……」
加速が解け周囲の速度が元通りになる。
慌てて周囲の目が土煙で閉ざされている間に、【仮想体】の肩に戻り身を丸くする。
ヨシ、完了。
「ぼ……ヴォルカヌス……?」
シアが、信じられない物を見る目で地面で粉々になった蛇君の残骸に呟く。
体が粉々になって、生物なら完全に死亡判定が入っている――――が、蛇君は“精霊”だ。確か、精霊って根本的に霊体じゃなかったっけ? そんな話しをバルトの奴から聞いたような聞いてないような……。
霊体って事は、物体的に存在している肉体はあくまで仮の物であり、本体は物理的な攻撃での死亡判定が入らないって事だ。
だからこそ、俺は遠慮なく叩き割りに行ったんだし。
実際、シアも蛇君がやられた事に驚いてはいても、悲しんでいる様子は微塵も無い。それは、蛇君が死んだ訳ではない事を知っているからに他ならない。
しかし、シアも戦士としての覚悟をしているだけあって、いつまでも驚きに呆けていない。直ぐに立ち直り、キッと強い警戒の籠った視線を【仮想体】に突き刺して来る。
「真正面から攻撃を受けていながら、どうやってヴォルカヌスの頭上から攻撃を……」
……それは、知らない方が良いと思う。
自分の“相棒”だか“奥の手”だかを、子猫にワンパンされたなんて軽くトラウマものだ。
もう大丈夫そうなので、断魔の守護を収集箱に放り込み、猫を護っていた【仮想体】の手から這い出す。
そんな俺の姿を見て、シアが納得したようにフッと笑う。
「なるほど……そう言う事ですの」
え? 何が?
「貴方の能力を見切ったつもりになっていましたが、まだまだ奥の手を隠しているようですわね?」
大当たり。ようやくご理解頂けましたかな?
「それに――――貴方が子猫を遠くにやらなかったのは、絶対に護りきる自信があったからですのね」
いや、違うけど。
「いえ、違いますわね? か弱く小さな猫を護ろうと自身を追い込む事で、最大最高のパフォーマンスを実現する……。常に心は背水の陣、と言う訳ですわね? 流石……流石は私のライバルですわ!」
一応言っておこう。
何言ってんだお前。
「これだけの実力と覚悟を見せられては、認めざるを得ませんわ……。貴方が真の剣の勇者であり、私の生涯のライバルである事を!!」
勇者でもないし、お前のライバルでもねえよ……。
「そして私は気高く誇り高いレゼンスの娘。潔く認めましょう、今この時においては貴方が上であり、勝者であると」
言うと、錫杖をその場に突き刺して2歩下がる。
「私の負けですわ。審判、コールをお願いしますわ」
『ぅぇえ……あ、おっと、シアレンス選手棄権により、しょ、勝者っ剣の勇者ぁああ!』
髭さんのコールを受けて、観客達がわっと歓声をあげる。
ビリビリと体を震わせる程の大騒ぎが、少し心地良い。
「見事ですわ剣の勇者。ですが、見てらっしゃい。次に相まみえる時には私は更に更に強くなっていますわ。2度目の勝利は無いと心得なさい」
負けたのに、どこか清々しい顔をしているシアに握手を求められる。特に断る理由も無いのでその手を【仮想体】に握らせる。
うむ、なんか良い感じに“後腐れない”感じになってる。蛇君を殴り転がしたからもっと嫌味言われるかと思ったけど……良い雰囲気で終わってくれて助かったわ。
「ミュゥ」
ふぅ。
ま、これで準決勝突破……後は明日の決勝を待つばかり。で、それを勝てばやっとこさこの国にやって来た本来の目的である「おっさんとの勝負」だ。
一カ月の船旅に始まり、正味1週間の闘技祭……長かったねぇ、本当に。
目を閉じてシミジミしてみる。と――――、ログが流れている事に気付いた。
ん? なんだべや? なんかログを流す様な行動したっけか?
『条件≪精霊種に物理攻撃で勝利する≫を満たした為、以下のスキルが解放されました。
【精霊使役】』
『【精霊使役】
精霊種に好かれたり懐かれやすくなります。対象との能力差があれば、強制的に従属させる事が可能。
全ての攻撃に“精霊特効”が付与される』
おっと、なんか解放された。
天術やら魔法で蛇君を倒さなくて正解だったな……ちょっと得したわ。




