10-7 修業はスパルタでなんぼ
豪快に振り被られたおっさんの、巨大な――――高速の――――拳。
「(危なッ!?)」
拳の威圧に負け、転がるように飛び退く。
それを見て、おっさんが拳をピタリと止める。
「何故逃げる?」
「(逃げるわッ!? 怖すぎるだろ!?)」
「“受け”の練習だぞ? 怖がってどうする」
それは分かってる。分かっているけど、怖い物は怖いのだから仕方ないじゃない?
いや、違う! これは決して俺がヘタレだからの言い訳じゃない!
3mの巨人なバズーカ砲みたいなパンチを向けられたら誰だって怖い。阿修羅との戦いで、その恐ろしい程のパンチの威力を見せられていれば尚の事。
って言うか、こんな小さくて可愛いだけが取り柄の子猫に拳向けるとか、どっかの動物保護団体からクレームがくるぞ。
「そもそも寸止めすると先に言ってあっただろう?」
「(そうだけどさぁ……おっさんの拳速過ぎて見えねえから怖い事この上ない)」
「今の速度を見えないと言うのなら、それはお前が集中していないだけだ」
「(……集中してたら見える、的な言い方だけど、根本的に俺の動体視力が足りてないとか思わないの……?)」
「思わんな。あれだけの速度で自由に動き回れるのであれば、お前は相当目が良い。あの程度の攻撃速度ならば、十分見切れる筈だ」
止めていた拳を引きながら、まっすぐ俺を見て言う。
言葉に一切嘘が無いって目だ。
無自覚に若干褒められてちょっと照れる。
「(いや、まあ……そう言うんなら頑張ってみるけど……)」
「うむ、それで良い。ではもう1度だ」
おっさんがゆったりとした動きで構えをとる。
例の“魔導拳”たら言うのを使う時の本気の構えではなく、オーソドックスな半身の構え。
おっさんの巨大な体……ただでさえ向き合うと怖ぇのに、構えをとられると倍かけで怖い。
……いや、分かってますよ? 今ここで戦う訳じゃないってのは分かってますけども……それでも、やはり威圧される。
「(ちょい待って……!)」
「なんだ?」
「(頑張ってはみますけども――――柔法って言葉で説明されただけじゃ分かんねえから!! 『とりあえずやってみろ』って殴りかかられても出来ねえからッ!!)」
「む……そうか? 我はアビス殿にそうやって何度も殴り殺されかけたのだが……」
少し遠い目をするおっさんに同情を禁じ得ない……。
いや、ってか、殴り殺されかけた経験を何度もしてんのに、それを俺に対して実行するなよ!? 負の連鎖を続けるなよ!?
今のご時世、そんなスパルタだけじゃ生徒は着いて来ないんだよッ!!
「では、もう1度説明しておこう」
いや、説明じゃなくて実際にやって見せてくれる方が分かりやすいんだが……まあ、とりあえず聞いておくか。
構えを解くと、静かに砂浜に正座する。
……どうでも良いけど、おっさんの正座姿は顔怖いのとか体大きいのとかとは別に、妙に貫禄があって様になるんだよなぁ……。
「(うん)」
おっさんに倣って、俺も砂浜にチョコンッとお座りする。
「柔法とは、平たく言えば“受け流し”だ。阿修羅との戦いでの我の動きは覚えているな?」
「(うん。なんか、野郎の攻撃の先っちょを横から叩いて逸らしてた奴だろ?)」
「うむ、それだ」
おっさんが、満足そうに深く頷く。
「基本的な目的が“受け流し”である以上、如何に自身の構え、体勢、重心を崩す事なく相手の攻撃を捌くかが重要となる。更に言えば、そこからカウンターに繋げられれば言う事無しだ」
確かに、阿修羅との戦いの時のおっさんは相手の攻撃を捌いてる時、全然ブレない……なんつうの? 不動っての? なんか、そんな感じだった。
「究極的には、あらゆる無駄を削ぎ落とし、最低限の力で、極小のモーションでそれを行うのが理想だ」
「ミュゥ……」
なるほど……。
頭の中で、阿修羅との戦いでのおっさんの動きを繰り返し再生する。
……いや、おっさんの“柔法”を思い出してみるのは良いんだが、おっさんの動きが速い上に超技術だから、素人の俺には色々訳分からん……。
なので率直に言ってみた。
「(おっさんの動きを真似しろつっても、俺ほぼほぼ素人だから無理だぜ?)」
「いや、真似しろと言っているのではない。と言うより、一朝一夕で真似されたら我の立つ瀬が無い」
そらそーやね……。
おっさんが長年かけて磨いて来た技術を、時間と労力をかけずにあっさり模倣できるコピー系のスキルでもありゃ別なんだろうが。
「だが……うむ、そうか素人か。身体能力の高さはさておき、確かにお前の操る鎧の動きはぎこちなかったな?」
「(……うん、まあ、そうね……)」
言い返したい気持ちがあるのに、言い返す余地が一切ないと言うのは辛い……。
「では、もっと初歩の話から始めよう」
「(宜しくどうぞ)」
「まずは、攻撃とは基本的に全て直線だ」
「(直線……。槍とか剣とかの刺突やら、弓やらの間接武器の軌道が直線なのは分かる)」
「その他の攻撃も全て直線だ。刺突は後ろから前に向かっての直線。振り下ろす攻撃は上から下への直線だし、薙ぎ払いは横の直線」
「(なるほど、そいで?)」
「直線な理由は分かるな?」
それは流石に分かる。
「(真っ直ぐな方が威力が乗るから)」
「そうだ。そして直線の動きと言うのは、得てして側面が脆い」
おっさんが真っ直ぐに拳を突き出し、その拳の横をもう片方の手でトントンっと叩いて見せる。
「柔法とは、この脆さを“捕まえる”作業だと我は認識している。流れる水のように、あるいは舞い落ちる枯れ葉のように、自然な動作、流れでな」
捕まえる……ねえ。
おっさんのように“極まってる”奴には、そう言う言い方で伝わるんだろうが、バリバリ素人の俺には良く分からん……。
まあ、多分、攻撃を見切れって意味だろう……きっと、うん。
「と言う訳で、今から我が殴るので捕まえてみろ」
「(結局スタートに戻るんじゃんッ!?)」
…………。
………………。
……………………。
あれから、みっちり日が暮れるまでしごかれた……。
こんな何時間も、ぶっ倒れる寸前まで体を酷使するとか……考えてみたら学生時代の部活動以来じゃなかろうか? まあ、言ってもそこまで真面目な部員じゃなかったけど。
疲れ過ぎて、そんなどうでも良い過去を思い出す夕暮れ。
「ふむ、今日はこんなところか?」
言うと、おっさんが体の熱を抜くように、ゆったりとした動作で構えを逆回しで解く。
俺に対して、数えるのもバカらしくなるほどの寸止めの拳打を放ったと言うのに、欠片も疲れた様子が無い。
息も切れてないし、汗もかいてない。
……何この鬼……?
防御力、耐久力、攻撃力と続き、体力も底無しなん?
凄い事の形容に「鬼○○~」とか言うけど、まあ、確かに凄いよね……鬼って……うん、本当に、ね。
ピンピンしてるおっさんに対して、砂浜に埋まらんばかりの勢いで倒れている俺。
言っておくが俺が体力無しの貧弱ボーイな訳ではない。おっさんの体力がクソッ垂れなだけだ。
「まだまだ捕まえるには程遠いが、最後の方は大分“見える”ようにはなってきたな?」
「ミュゥ……」
いや、まあ、うん。
頑張って頑張って、ようやくおっさんのパンチに目が慣れて来て反応は出来るようになった。
だが、柔法とやらをやるにはまだまだ遠い。遠いってか、それをやってる自身の姿が欠片も見えてこない。
……いや、ってかさあ……。
「(あのさあ?)」
「なんだ?」
「(やってる途中で薄々感づいてはいたんだが…………俺のリーチで受け流しは無理じゃね?)」
言いながら、自身の手を見る。
フワフワの茶と白の毛に覆われた、丸っこくて短い手。
この前脚の短さだと、どう頑張って手を伸ばしても、おっさんの拳の方が先にヒットしてしまうのである。
今はおっさんが寸止めしてくれてるから良いけど、拳振り抜かれたら間違いなく柔法が出来る出来ない関係なくミンチになる。
おっさんも俺の前脚を見て「あ……ヤベェ」みたいな顔をしていやがるし。
「(おっさん……今気付いただろ?)」
「…………」
「(おい、無言で顔逸らすんじゃねえよ!! 今気付いちまったんだろぅ!? この数時間が無駄だったってよぉ!?)」
「無駄じゃないし……お前の動体視力の限界は上がってる筈だから無駄じゃないし……」




