10-3 猫と黄金の勇者は説教される
アルバス境国の首都であるブルムヘイズ。
町の1番奥に存在し、家の規格が明らか人間サイズではない……なんか、もう、色々見上げなきゃいけなくて首が痛い巨大な屋敷。
その阿呆のようにデカイ屋敷の中で、1番清潔で綺麗にされている部屋。
魔王ギガース=レイド・Eの私室。
頭に2本の角を生やした全身筋肉の鬼。
しかも3mの巨体な上に燃えるような赤い肌。
見た目超怖い。それが魔王ギガースことおっさんである。
そのむっさくさ怖い見かけと顔のおっさんが、部屋のど真ん中でピシッとした姿勢で正座していて――――その前で猫と金鎧を纏った【仮想体】も縮こまって正座していた。
まあ……これはアレである。
どこの誰が、どー見ても……御説教中である。
「それで、お前は他国の魔族に手を出した……と?」
「ミィ……」
はい……。
俺の無意識の「ごめんなさい」を感じ取った【仮想体】がペコリと頭を下げる。
「この国の国民を護ってくれた事には礼を言う」
いや、礼を言われといて何だが……別に護った訳じゃない。
だって、あの魔族が店の中の揉め事よりも俺へ因縁吹っ掛ける事を優先しただけで、俺は実質絡まれただけやし……。
まあ、正直にそんな事言わんけども。
「だが、他国の魔族に手を出した事については、この国を支配する者として言っておかなければならん」
そらそーですよね……。
他国の魔族に手を出すって事は、国家間の外交問題ですし……つっても、魔王同士、国同士がどういう関係なのかはまったく知らんが。
「(まあ、あれよ。あの魔族の親玉の魔王が何か言ってきたら、全部俺のせいにしてくれて良いから。どうせ元々魔王からは恨み買ってるから関係ないし)」
「ふむ……剣の勇者として、人を助ける事で起こる全ては、既に受け入れる覚悟有りと言う事か」
いえ、全然そう言うんじゃないです。
勇者としての覚悟なんて小指の爪の先程も無いですが何か? だって俺、勇者じゃないし。魔王だし。
ただ、社会人として自分の行動の責任くらいは自分で負え……と言うそれだけの話だ。
え? その割に責任逃れ多くないかって? それはそれ、これはこれだよ。
「だが、まあ心配するな。今回問題を起こしたのはアチラの方だ。むしろ文句を言うのはコチラの仕事だろう。もっとも、勇者の筆頭たるお前に向けられた憎しみまでは知らぬが」
「(じゃあ、文句言う時には賠償金とレアなアイテムを大量に要求しといて)」
「金はともかく……お前は阿修羅の時と言い、妙にアイテムに拘るな?」
「(趣味です)」
アイテム集めはコレクターとしての趣味なのは嘘ではないが、それが俺自身の強さに直結するのだから、言うところの「趣味と実益」を兼ねている。
とても素晴らしい事ですな。
……まあ、人には言えない事だけども。
あと、さらっと流しそうになったけど、勇者の筆頭じゃない。って言うかそもそも勇者じゃない。
「残念ながら得る物は無いだろう。あの魔族はヴァングリッツのところの魔族らしいからな? 奴の事だから、いつも通りにあの魔族の首を落としたと言って終わりだろう」
「(なあ? それ本当に首落としてる?)」
そんな疑問を口にした理由は単純だ。
この国で問題起こして強制送還された魔族が魔王に首吹っ飛ばされるってのが本当だとすれば、魔族が死にたがりの阿呆でもないのなら自重する。
だが、おっさんから「いつも通り」と言われる程に日常的に起こっているのなら、それはそのヴァンなんたらって魔王に殺される事を魔族共が怖がっていないって事になる。
それはつまり――――本当に問題起こした魔族が処断されたのか? って事だ。
俺の質問に、おっさんが顔を顰める(むっちゃ怖い)。
「その疑問はもっともだ。奴は処断したと言っているが、実際のところは……してないないだろうな」
ですよね……。
「(おっさん、結構他の魔王に舐められてない?)」
虎君に聞いた話じゃ、おっさんは他の魔王より実力が格上だからビビられてるって感じだったのに、なんか……実際は逆っぽくね?
「舐められていると言うより、ヴァングリッツに関しては単純に我の事が嫌いだからだろう」
「(え? 何? おっさん嫌われてんの?)」
「我が……と言うより、人魔共生を押しているのが気に食わんのだろうよ。奴は、他と比べても取り分け魔族が特別だと言う意識が高い。それ故、人間を下等と見ている」
選民意識か……。
余所の世界でも面倒臭い連中ってのはいるもんだ。
「魔族が人間より肉体能力で優れているのは我も認めるところではあるが、だからと言って人間が全てにおいて劣っている訳ではあるまい」
「(お、流石おっさん。人間好きな魔王)」
「いや、別に人間が好きな訳ではないのだが……。だが、まあ、勿体ないとは思うがな?」
「(勿体ない?)」
「うむ。魔族には魔族の、人間には人間の秀でた部分がある。それを活かし合えば、もっと良い世界になると思うのだがな……うむ」
少し遠い目をする。
初対面の時は、なるほどこの怖い顔とバカでかい体のせいで凶悪な化物に見えたおっさんだが、その考え方や性格を知ると、魔王と言うよりは、真っ当に国を治める“王”に思えて来る。
いや、思えて来るってか、この国の人間と魔族にとっては間違いなく真っ当な王だろう。
とは言え、魔王と勇者(偽)の関係ではなく、ただの友人として、おっさんにこのような顔をさせておくのは色々と思うところ。
ここはそっと話題を逸らそう。
「(そう言えばヴァンなんたらって魔王の名前……どっかで聞いた事があるような気がするんだけど、どこだったかな……?)」
「ヴァングリッツ、ヴァングリッツだ。剣の勇者とヴァングリッツと言えば、思い出せるのはアビス殿と戦ったのがヴァングリッツの支配地だったと言う事くらいだが?」
「(アビス……ああ、それだそれ! そう言えばなんか、それっぽい名前をアビスが言ってたような気がする)」
まあ、あの野郎と戦ってた時は色々肉体的にも精神的にも一杯一杯だったので、記憶違いかもしれんけども……。
そのヴァンなんたらに今のところ興味は無いけど、いつか狩りに行く時には、アビスと戦ったあの荒野に【転移魔法】でぱっと行けるから大分楽だな? 覚えておこう。
頭の中でメモしていると、おっさんが猫の事をまじまじと観察している事に気付く。
「(なに?)」
「アビス殿が昔言っていた『魔族を滅ぼしに現れる猫』の話を思い出していた。“魔族殺し”の異名で呼ばれる旭日の剣の持ち主が猫だと言うのなら、やはりお前が『滅びの猫』なのか?」
「(猫違いだろ)」
おっさんの言う「昔」がどれくらい過去なのかは知らんが、長命のおっさんが昔って言うくらいだから、少なくとも俺がこの世界に来るずっと前の事であるのは間違いない。って事は、その猫は間違いなく俺ではなく例の――――魔神の事だろうよ。
「そうなのか? お前が倒した魔王は全員“因果切り”の力で本当の意味で死んでいる故、間違いないと思ったのだが……」
「(……え? 何? 引火? なに切りって?)」
「因果切り、だ。旭日の剣には、魔王の力を継承する能力を無効にしてしまう力が有るのだと聞いたが……違うのか?」
旭日の剣にそんな能力有ったっけ?
詳細情報にもそんな事は一言も書いてなかったけど……そもそも、俺が倒した魔王共が力を継承できないのは、倒した時に【収集家】の効果で特性を横からぶんどってるからだし。
なんでそんな誤解が生まれているのかは知らないが、それで魔王達が必要以上に旭日の剣を警戒してくれると言うのなら訂正する必要はなくない?
謝った情報と言うのは、釣り餌としても囮としても役に立つ物だ。
「(いや、多分俺が知らないだけだと思う)」
「そうか。まあ、因果切り事態が発動するのに何かしらの特殊な条件でもあるのか、今までの持ち主の勇者達も使えなかったらしいからな?」




