序 勇者達も裏で頑張ってました
剣の勇者と、そのペットである子猫がアルバス境国へと旅立ってから1ヶ月が過ぎた。
その間、大陸の南に残った杖の勇者を始めとした他の勇者達も暇をしていた訳ではない。
“悪魔事件”によって、七色教に「神の救い」が無い事が人々の知るところとなり、急速な宗教離れが始まった。
何の力もない一般人達の心の支えであった七色教の権威が失墜した事で、人々の心が荒れ、各地で騒ぎが起こっていた。
略奪や殺し合いが多発。
特に七色教の聖教会が在ったエルギス帝国は酷い有様だった。
元々魔王バグリースに解放されたばかりで国民の精神が不安定だったと言うのもその一因。
それを収めたのがアザリア達勇者達だったのだ。
町を回り、喧嘩の仲裁したり、泥棒を捕まえたり、怯える人々の話を聞き、時には教え、時には教えられ、そのような事を繰り返し、1カ月の時間を費やして騒ぎを鎮静化させるに至った。
その間、人の不安に引き寄せられるように現れる魔物や、魔王バグリース配下の残党の襲撃など色々な事件に出会って来たが――――それは、ここで語る事ではないので割愛する。
剣の勇者が居なくなってから1ヶ月。
彼女達もそれ相応に濃くて辛い日々を過ごし、ようやくホームであるギルシュテン王国のクルガの町へと帰って来ていた。
「はぁ……疲れました……」
宿の大部屋に入るなり、アザリアは備え付けの椅子に座って机にダウンした。
遠出からクルガの町に戻って来る時は、大抵バテバテのボロボロだ。
「お疲れ、様、です。リーダー」
机にへばりつくようにダウンしているアザリアに、灯の槍を背負ったバルトが水を差し出す。
「リーダーはとてもお疲れ」「いっぱい働いたから、その分休むべき」
双剣の勇者たる双子、ブランとノワールが揃ってアザリアの前の席に腰を下ろす。
「アホか! リーダーを労う前に俺だろ!? 1番働いたのは間違いなく俺じゃねえか!?」
ドア脇に立ったまま、やたらと胸と尻の強調された狐目の女が言う。
短剣の勇者、シルフ(偽名)である。
彼女――――元々は彼だが――――の言う事ももっともで、この1ヶ月で1番多忙だったのは誰もが認めるところである。
と言うのも、いざこざの間に入るのも、交渉するにも、口が回らなければ話にならない。
アザリアは基本正論しか口にしないので、場合によっては事態をややこしくする。
そもそも喋りが苦手なバルトと双子は論外。
アザリアの昔からの仲間の中にはそう言う事を得意とする人間もいるが、根本的な話として「勇者」が直接話さないと収まりがつかないので、出張って貰うのは最終手段。
そんな訳で、どこもかしこも口八丁で相手を丸めこむ事の出来るシルフが駆け回る羽目になっていた訳である。
本人から言われて、アザリアが顔を上げてペコっと頭を下げる。
「ええ、その通りですね。本当にシルフには頼り切りで申し訳ないです……」
「腹パンさん、いっぱい、頑張る、偉い、思う、ます!」
「腹パンは頑張っていたわ、ねえノワール?」「ええ、腹パンはとても頑張っていたわブラン」
「じゃあ腹パンって呼ぶのをヤメロ! なんで腹パンなんだよ! っつか、毎日毎日槍のは俺に腹パ――――グボぇッ!?」
言葉を遮るように、鋭い踏み込みからの閃光のようなパンチをシルフの腹に叩き込むバルト。
そして、吹っ飛ばされて壁に叩きつけられて床に落ちるシルフ。
「そう言えば、今日、分、腹パン、する、ない、でした! これで、今日、も、元気、ます!」
「良い腹パンだわ炎熱」「素晴らしい腹パンだわ炎熱」
「日に日にパンチに磨きがかかって行きますよねバルト君……。そのうちシルフが死ぬんじゃないかと私は不安ですよ……」
悪意の一欠片も無い「良い事した!」と言う笑顔を浮かべるバルトに、3人が口々に感想を述べる。
そんな4人を、床からゾンビのように這い上がりながらシルフが恨めしそうに睨む。
「……危ないと思うなら、槍のを止めろよリーダー……!」
「言われなくても見る度に止めるように言ってますよ。本人が断固として止めないですけど……」
「腹パン、する、師匠、約束、です! 止める、無い、です!」
そう言ってキラキラと目を輝かせるバルトに、シルフが溜息を吐く。
理由は知らないが(聞いても良く分からなかった)、バルトの腹パンが悪意やただの暴力ではないらしい事はシルフも理解している。とは言え、痛いものは痛いので、避けれる時は避けるし、防御できる時には防御もするが。
「おい、槍の! 人を無暗に殴るのは止めろ!」
「無暗、違う、です! 腹パン族、生きる、殴る、必要、です!」
何度聞いても説明が意味不明だった。
だが双子には理解出来るようで、同じ顔で「うんうん」と頷いている。
そんな様子を眺めながら、アザリアは小さく溜息を吐く。
「どうしましたリーダー?」「どうしたんですかリーダー?」
アザリアの沈んだ空気を察して、双子が心配そうに訊いた。
「いえ、あの……そのリーダーって呼び方がどうにも耳に馴染まなくて……」
元々一組織のまとめ役をしていたアザリアだが、「リーダー」と呼ばれた事は無い。
アザリアの周りにいる人間は、大抵昔からの付き合いだったり、祖父に世話になった者達なので、基本的にアザリアの呼び方は「アザリア様」とかお嬢様呼びを縮めて「お嬢」だったりだ。
現勇者の中でのリーダー役は特に話し合って決めた訳ではない。
バルトは自身が半魔である事を気にして、先頭に立つような役回りは絶対にやらない。
双子はアザリア達と敵対していた事を気に病んでいるからリーダー役なんて絶対にやらない。
シルフは「面倒臭い」と言って絶対にやらない。
そして、アザリアが当たり前のようにリーダーの役職に収まった訳である。
ただ――――アザリアとしては、歴代勇者達の慣例のような物に従い、兄と慕う剣の勇者にリーダーをやって貰いたかった……のだが、その当の剣の勇者は徹頭徹尾単独行動主義で、まともに一緒に行動出来た試しが無い。
その結果何かしら失敗の1つや2つしてくれているのなら、自分達と一緒に行動するように言う事も出来る。しかし、剣の勇者は単独行動でこそ能力を発揮するタイプらしく、凄まじい速度で戦果と成果を積み上げて行くので、単独行動に文句を言う訳にも行かない。
「リーダーは、リーダー、です、よ?」
腹パンで生まれたての小鹿のようになっているシルフに手を貸しながらバルトが不思議そうに言う。
バルトはアザリアが勇者を纏めるリーダーだと心の底から思っているし、そこに疑いの勘定は一欠片も無い。
勿論、勇者の中で……いや、全ての戦士中で最強なのは師である子猫だと思っているが、その正体を知っているが故にリーダーにはならない事も知っている。
「本当は、兄様がリーダーをやるべきなんですけどねぇ……」
アザリアの言葉に、他の勇者達が顔を見合わせる。
「いや、アレはリーダーじゃないだろう……」
「師匠、は、リーダー、やる、ない、です」
「剣の勇者は無いです。強いのは知ってますが」「剣の勇者は無いです。優しいのは知っていますが」
皆がアザリアをリーダーとして認めてくれているのは分かる。
自身にも、勇者として努力を積み上げて来たと言う自負もある。
だが、どこか自身がリーダーである事に納得できていない。
(こんな時に兄様が居てくれたら……)
皆の言う通り、剣の勇者がリーダーをやるとはアザリアも思っていない。
だが、彼が傍に居ればどれだけ安心出来るだろう?
強いからではない。
優しいからではない。
彼が本当の勇者だからだ。
本当の……本物の勇者が一緒に居る時は、自分が勇者であると胸を張れる。
(アルバス境国に船で向かったってバルト君が言ってましたっけ……? とすると、そろそろ着いてる頃ですか。どうしてるかな、兄様?)
頭の中で、颯爽と下船する金色の鎧を着た兄と慕う剣の勇者の姿が浮かぶ。
そのイメージ映像が徐々に肩の方にクローズアップされ、最終的には金の鎧の肩で丸くなる子猫の姿だけになった。
(あと、猫にゃん……ニャンニャンニャン)
お気に入りの子猫と離れ離れで、重度の猫欠乏症のアザリアだった。




