9-27 猫と赤鬼は殴る
黒い腕が群がって来る。
それを――――俺の操る武器達が、容赦無用、問答無用で上から刺し貫いて潰す。
討ち洩らしは無い。
何故なら、野郎の“手数”は精々700か800くらい。
対して、俺の武器は倍以上。
腕1本に武器2本叩きつけても御釣がくる。
だが、ただ単に数に任せた攻め立てるのは芸が無い。
唐突だが、会社と言うのは1人で成り立つ物ではない。
営業がいて、人事がいて、経理がいて、総務がいて、その他にも色々な仕事をする者達が集まってこそ、会社と言う1つの塊になるのだ。
まあ、唐突に何の話をしてるのかっつーと、数がいるのなら、同じ事をやってないで、仕事を分担しろ……と言う話しだ。
黒い手の迎撃に数を割く―――――その残りの武器数、約60。
“とどめ”に持って行くには、十分過ぎるでしょ!
【冥府還】
光る魔法陣が黒い霧の一角を潰すように現れる。
が、途端に黒い霧の円がウニョッと輪郭を曲げ、魔法陣の外へと逃げる。
なるほど……切り離されたとは言え、元阿修羅を構成する一部だけだったあって、同じように自分達の即死攻撃はちゃんと回避するのか。
だが残念、
―――― お前、もう、詰んでるぞ?
黒い霧の中から、数秒前に武器達が切り落とした黒い腕がウジャウジャと生えて来る。
しかし、無駄な事だ。
俺が1つ目の 【冥府還】を唱えた時点で、詰み確定だった。
足掻くなら、その前にするべきだった。
……まあ、全部手遅れだけど。
「(連鎖起動)」
手隙だった60の武器達。それを操る、俺の分割された並列思考が、同時に同じ行動をする。
天術の発動。
【冥府還】
黒い霧が、生えている腕ごと逃げようとする。
「(詰み手)」
さっきは上手い事避けたもんだ。
だが、それは俺の発動させた天術が1つだけだったからだ。
【冥府還】×60
計61の魔法陣が、半径100mを埋め尽くす。
逃げる隙間は1mmも無い。
……いや、あるにはあるか。ギリギリ阿修羅だけが擦り抜けられる隙間は作ってある。アレをブチ転がすのは、赤鬼に譲ったからな。
圧倒的で、絶対的な数の暴力!
1つで殺せないなら、相手を殺せるだけの数を積み上げる――――単純明快な答え。
これこそが物量戦術!
これこそが軍団!
61の魔法陣が地面に向かって降下し、黒い霧と黒い腕を音も無く消し去る。同時に、周囲に満ちていた重い空気も消える。
……ああ、そうか。
あの黒い霧は視覚で捉えられる程濃くなった瘴気だ。って事は、周囲に広がっていた、もっと薄い瘴気も当然消えるのか。
周囲の瘴気が消えたって事は、阿修羅はもう回復出来ないって事でもある。
「(おっさん、お膳立ては整えてやったぞ)」
「うむ」
言うと、俺の方に振り返る事もなく嬉しそうにニッと笑う。
顔怖ぇっての……。
「阿修羅よ、感謝するぞ。お前のお陰で、久方ぶりに心と体が打ち震える程の武を目に出来た。奴と戦うのが待ち遠しくて堪らん!」
赤鬼は既に阿修羅を見ていない。
いや、視線はちゃんと阿修羅を見ているんだが――――“眼中にない”。
阿修羅の方にもそれが伝わったのか、今までで最高の、最速の――――怒っているかのような――――踏み込み!
からの、六刃一拳の全力攻撃。
瞬間、赤鬼が前に構えている左手がヒュンッと音をたてる。
と、同時に――――阿修羅の七本の腕が跡形も無く吹き飛ぶ。
見えなかった。
今、恐らく、赤鬼は、今までと同じように阿修羅の攻撃を左手1本で受け流したのだと思う。
だが、注視していたのに腕の動きが、まったく見えなかった。
【全は一、一は全】状態で、注視しているのに……どんな速度してんだ!?
それに、今までと同じように受け流しの行動をしたのだとすれば、赤鬼は相手の腕に触れる時に、大した力を込めていない筈だ。……にも、関わらず、腕が簡単に粉々になったってか……!?
「“穿”」
一言呟くや、腕と首が無くなった阿修羅に一歩踏み込む。
ドンッと、地響きに似た振動が踏み込んだ足から周囲に伝わり、地面がガラスのように割れて砕ける。
その――――踏み込みの――――力を――――右拳に――――乗せる!!
一瞬、空間が歪んで見える程の力が、赤鬼の、赤い、大きな、右拳に宿る。
鋭く、速く、美しい、相手を撃ち貫く弾丸の如きストレート。
ゴシャッと阿修羅の胴体が拉げ、10mの距離を吹っ飛びながら、2度のバウンドの果て、塵に――――黒い霧になって消える。
「ふっ……」
赤鬼が小さく息を吐きながら、静かな動きで構えを解くと、全身に纏っていた黒い魔力光も内側に引っ込む。
「(お見事)」
「それは、我のセリフだ」
戦闘終了かね?
俺等が本気出したら、本当に秒殺だったな……。
まあ、魔王2人がかりで苦戦するような化物がその辺に転がってても困るっちゃ困るんだが……。
空中を漂っていた武器を収集箱に戻し、【全は一、一は全】を解除する。
ジワリと汗が滲み、体が重くなる。
魔王スキルの扱いには慣れて来たけど、体力を消耗するのだけは慣れんな……。
「まあ、それはともかく――――」
あまりにも自然に、当たり前のように赤鬼が、【仮想体】に手を伸ばす。
何? お互いの健闘を称えて握手でもすんの?
と思って油断していたら、違った。
赤鬼が、【仮想体】が差し出した手をスルーして、その兜をガシッと掴む。
「(え?)」
何事かと思って、一瞬頭が混乱した間に、黄金の兜が取り上げられる。
「(あッ!?)」
何が起こったのか理解し、思わず立ち上がって声をあげてしまった。
だって、兜を取られたって事は、鎧の中身が空っぽなのを見られたって事だ。
どんな驚いた反応が返って来るのかと思ったら、赤鬼は特に驚いた風もなく、兜を【仮想体】の手に戻す。
「やはりか」
「(えっ!? やはりって……気付いてたのか!?)」
「元々、魔力波動が見えなかった事を疑問に思ってはいたが、確信を持ったのは先程だ。吹き飛んで来た鎧を受け止めた時に、異常に軽かったからな? もしかしたら、鎧の中身は存在していないのではないか……とな。それに、バグリースと同じようにアイテムを自在に操る能力を持っているのなら、鎧兜も操れるだろう、とも」
言葉を切って、鎧の肩に居る猫を見る。
「鎧の中身が空っぽと言う事は、剣の勇者の正体は……お前か」
まずい……全部バレた……!?
俺が魔王を倒した時、その魔王は特性を継承させずに死ぬ。だから、赤鬼も当然アドバンスだけでなく、ガジェットもバグなんたらも俺が倒したと知っているって事だ。
……どうする……ここで仕掛けて狩るか?
調子に乗って【全は一、一は全】も見せちまったし。
どの道、闘技会の本戦が終わったら戦う事になったんだ。それがちょっと早まるだけ。
幸い人の目は無いから、証拠隠滅は可能。
問題があるとすれば――――ブルムヘイズを出て来る時に、赤鬼と剣の勇者が一緒に出て来るのを人に見られてるって事だが……それは、まあ、なんとか誤魔化し方を考えよう。
この場で帰して、下手に情報を漏らされる事を考えれば、それ以外に選択肢は――――。
俺が心の中で覚悟を決めた時、赤鬼が思わぬ事を口にした。
「まあ、それは別に良い。我はお前の秘密を探りたい訳でも、弱みを握りたい訳でもない。ただ純粋に、他の魔王を倒したと言う剣の勇者と戦ってみたかっただけだ。猫の身で勇者なのは、何かしら事情が有るのだろうが、それを突っ込んで聞く気も無い。勿論、お前が黙っていろと言うのなら、他の誰にも喋る気はない。だから、その点は安心しろ」
……信じて良いのか?
あまりにも、俺に都合の良過ぎる話じゃないか?
いや、でも、良いんじゃないか?
他の魔王ならいざ知らず、この赤鬼の言葉なら、信じても良いんじゃない?
「(……本当に?)」
「本当だ」
「(……嘘じゃない?)」
「嘘は嫌いだ」
なら……まあ、良いか。
正直、今ここで赤鬼と殺し合いをしても勝てる気しねえし……。




