9-20 猫は赤鬼とエクソシストごっこする
腐った土から、ドロッとした泥……いや違うギャグじゃない! 決してギャグじゃない! ともかく、泥を纏ったゾンビが次々と地面から這い出て来る。
うぇええ……見てるだけで胃もたれしそうな光景……。
「(なんか湧いて来たんだけど、知り合いじゃないよね?)」
「あんな知り合い居るか」
赤鬼と軽口叩きつつ、【仮想体】に旭日の剣を抜かせる。
「土人形とゾンビの混ざり物だ。特に名称は無いが、我は勝手にゴーレムゾンビと呼んでいる」
いくらなんでも、そのまんま過ぎる呼び名じゃない? もうちょっと捻った名前付けたれよ。
いや、まあ、分かり易さ重視だってんなら良いけどもさ……。
そもそも、俺も他人様の名付けセンスをどうこう言える人間じゃねえけど、これは流石に魔王としてどうなの……うん。
なんつーか、ご愁傷様ゴーレムゾンビ(仮名)さん。
「(強さは?)」
「御察し」
ですよね。
全然強そうな臭いがしねえし。
「猫と剣の勇者はゾンビが苦手か?」
「(苦手だったら後ろで休んでて良い?)」
「我が1体倒すごとに2人で腕立て伏せ50回するなら構わんが」
今見えているゴーレムゾンビの数が150くらい。って事は、全部倒したら腕立て7500回。
はい、腕筋と共に確実に死にますな。体の無い【仮想体】はともかく、貧弱矮小ボディの猫は確実に死にますな。
「(1体につき1回にまけてくんない?)」
「却下」
ケチ!! 魔王のくせにケチンボッ!!
まあ、1体につき1回にまけて貰ったとしても150回……そんなに筋トレ頑張れませんよ俺……。
所詮前世は健康診断でイエロー判定渡されるレベルの運動不足人間ですし。
だったら、まだエクソシストごっこした方がましだ。
「やる気になったようで何より」
「(……おっさん、結構良い性格してるよね……?)」
「おっさん言うな。80代だぞ」
「(なんだ、爺さんか)」
「その呼び方はもっとやめろ」
ドロッとした……デロッとした? ゴーレムゾンビ達が俺と赤鬼を取り囲むように動く。
ゾンビって言うと、ゆっくりとズリズリ足を引き摺って歩くイメージがあるけど、コイツ等普通に動くな?
統制が取れた動きではないが、ぞろぞろと集団が押し寄せて来る感じは……ニュースで見た暴徒の姿が重なって、正直結構怖い。
ま、それはともかく――――。
「(そもそも魔族の寿命って、どのくらいなの?)」
「“魔族”と言っても、異形の人型を総称してそう呼ぶだけで、色んな種族分けがあるのでな? 我のような鬼族、アドレアスのような半竜族、アビス殿の角族。エトランゼ殿の水妖精などの珍しい種もいる。故に、それぞれの種族の寿命と言うのならともかく、“魔族の寿命”と問われても答えかねる」
ああ、まあ、そうか……。
ってか、考えてみれば寿命が分からない種族も結構いるんじゃないか? 最古の血の3人なんて100年前からずっと生きてる訳だし。
「ただ――――人間の寿命と比べてどの程度と言う意味で訊いたのなら、答えは“かなり長い”だな。魔族の中に、人間より寿命の短い種族は存在しないからな」
「(なるほど……)」
呑気に話していると、俺達の周りでウゴウゴしていたゴーレムゾンビ達が、突然覚醒したかのような速度で飛びかかって来た。
競うように飛び出して来た最初の1匹が、赤鬼に飛びかかる。
対して赤鬼は、構える事もなく、ゆったりとした動きでダランと下げた右拳を軽く握り、
―――― ゾンビの上半身が粉々になって吹き飛ぶ。
「(は?)」
なんだ、今の?
拳を握ったところまではちゃんと見えてたのに、次の瞬間には飛びかかっていたゾンビの体が粉々になっていた。
殴った……のか?
腕の振りがまったく見えなかったぞ!? 拳の軌跡はおろか、初動すら見えなかった。
速いなんてレベルじゃねえ……速過ぎるだろ……!?
レティの言っていた事を思い出す。
アビスが居なければ、魔王の中で格闘戦最強はコイツだ――――
それを、今、目の前で見せられて理解してしまった。
理解出来てしまった。
「(何今の……必殺拳?)」
「必殺拳? いや、普通の拳打だが……」
え? 何? 今の、俺ですら目で追えないパンチが、コイツの“普通”なの?
しかも、“構えてから”のパンチじゃねえ。無防備、無警戒の状態から無造作に繰り出された拳だった。
それはつまり――――構えた状態からのパンチは、もっと速くて、もっと強いって意味だ。
そもそも、そんなに力を入れてるって感じじゃないのが恐ろしい……。
動きに余裕がある……明らかにゴッソリと余力を残している感じだ。
俺の見立てでは、多分半分も力出してない……。
それで、あのスピードかぁ……。
俺だって注視してた訳じゃないし、【全は一、一は全】使って能力値底上げしてない。だから、多分本気出せばあの速度にも対応出来る……と思う。そう信じたい。
とかなんとか、頭の中で魔王の能力分析して、自分の能力と比較していると――――俺の方にもゴーレムゾンビが向かって来る。
【仮想体】を剣を振る動作に持って行こう……と思ったけど、ちょっとタイム。
コイツ等泥人形だけど、一応アレでしょ? 霊体系の敵でしょ? って事は、剣を振って1体づつ相手するより、もっと手っ取り早く処理出来る方法があるんじゃないか?
例えば――――。
目を閉じて、瞼の裏で収集箱のページを捲って天術のリストを開く。
【仮想体】の片手を敵に向ける。
【冥府還】
光る巨大な魔法陣がゾンビ達の頭上に現れ、音も無く降下する。
対アンデッド、霊体にして、特効の天術。
魔法陣に触れたゾンビの体が、ボロボロと崩れて土塊に変わる。
「浄化の天術か。便利な物だな」
感心した声を出しながらも、超速の拳が2体、3体と体を貫き、砕く。
……今のパンチはギリギリ見えたな?
かなり注意して見てれば、一応目で追える。
けど――――やっぱり、全然力入れてる感じじゃないな? 構える気も無さそうだし……。
まさか、元々構えのない喧嘩殺法な訳じゃないよね?
「(おっさん、構えんの?)」
「おっさん言うな。構えは“備える”為の物だろう? 必要がある相手が出れば構える」
なるほど。
ごもっともな意見です。
俺だって手抜いてるしな……。
心の中で納得しつつ、【冥府還】の効果範囲の横を抜けて来たゾンビを大上段からの振り下ろしで縦に真っ二つにする。
「ふむ、“剣の勇者”と言うには少々剣の扱いが雑ではないか?」
言われなくても自覚してます。
こちとら3ヶ月前までは、武器になんて触った事すらないただのサラリーマンだからな。
「だが、剣技を磨けばまだまだ強くなる余地がある」
ニッと、嬉しそうに赤鬼が笑顔を向けて来る。
笑顔が怖い。っつか、笑顔の方が真顔より怖い……。
本来笑顔と言うのは威嚇の意味……とか言う話しを思い出してしまう。
まあ、「威嚇」っつうか、「威圧」っつうか……うん。
とりあえず、怖いから笑うの止めて……。




