9-12 猫は変人と再び出会う
医務室を後にして、闘技場を出るや否やコソッと人目につかない木陰に移動してダンデの斧を収集箱に放り込む。
『【シャークトゥース Lv.18】
カテゴリー:武器
サイズ:中
レアリティ:D
属性:水
所持数:1/20』
『新しいアイテムがコレクトされた事により、肉体能力にボーナス(効果:微)』
ヨシっと。
ついでに、収集箱の中に入れたばかりのシャークトゥースとやらに魔力を過剰に流して叩き割る。
『【シャークトゥース】が【破損した武器】×2になりました』
で、この【破損した武器】を【自己修復】にかけるっと。
『収集箱内の“破損した武器”を修復します。
修復が終了するまで 00:05:59』
修復6分。
まあ、ランクDならこんな物か。
これで修復が終わればシャークトゥースが2つになってるって寸法よ。
この方法で数を増やす、“不思議なポケットの法(俺命名)”は実に画期的だと思うの。
ってか、これで増やしたのをダンデの所に置いてくれば良かったんじゃん? と今更になって気付く。
…………まあ、良いか。もう、持って来ちゃったし。
さーってと、これからどうしよ?
闘技場の外に出て来てしまったが、今日のうちにもう1試合くらい組んで貰えるのかな? だとしたら、ここから離れずに待ってた方が良いよね。
その辺りの事係員に訊いたら分かるか? まあ、訊くだけ訊いてみるか……。
問題は、口の利けない俺がどうやって訊くかって事だが……うーん、どうした物やら。
入り口でボーっと立っている金ぴかの【仮想体】と、その肩で丸くなる猫。
そんな俺に背後から誰かが声をかけて来た。
「あら? 誰かと思えば剣の勇者?」
聞き覚えのある声に一瞬ビクッとなりながら振り返ると、頭にロールパンを乗っけた……違う違う、ロールパンみたいなにクルクル髪を巻いた女が立っていた。
え? どちらさんでしたっけ? 等とお決まりのすっとボケをするつもりはない。
1カ月の船旅で顔は見飽きる程見続けたから、見間違える事もない。
シアレンス=レア・レゼンス……シアだ。
そして、ロールパンの後ろには影のように付き従う老執事。
「共に船を護った私をお忘れ? 私こそ、エルギス帝国子爵ヴィセール=トト・レゼンスの娘、シアレンス=レア・レゼンスですわ!」
コイツは海の上で1カ月一緒に過ごしても、毎日毎日懲りもせずに会う度にフルネームを名乗りやがる……。
ガチでフルネームを名乗らないと死ぬ呪いなんちゃうんか?
いい加減聞かされ過ぎて、望みもしないのにフルネーム覚えちゃったし……。
ってか、後ろで拍手してる爺さんもヤメロや! このロールパンが調子乗ってんのは、多分大部分がアンタのせいだぞ!
「ああ、そうそう、そうでしたわ! 貴方、港に着くや船を降りてしまったから、船の皆さんがお別れも言えなくて残念がってましたのよ?」
ああ……そう言えば港に着いたらテンション上がって即行で船降りちゃったな……?
ちゃんとお別れを言えなかったのは個人的にも、社会人的にも気になってた。「挨拶も出来ん奴」とか思われてたら嫌だしな。つっても、もう、やった後だけど……。
「船長のギャラドさんが、貴方に会ったら御礼を言っておいて欲しいと。それと、旅客の皆様も貴方が居てくれて安心して船旅を楽しめた、との事ですわ」
御礼を言われたってのが皮肉の意味じゃないのなら、悪い印象は持たれてないよな?
だったら……まあ、許容範囲って事で良いよね。次会ったら、ちゃんと挨拶するって感じで。
ってか、このロールパンはこんな所で何してんの? 傭兵としての別のお仕事中……とか?
「そう言えば、先程出て来た観客の方達からチラと聞きましたけど、貴方も今季の闘技会に参加しているそうですわね? 実は私も参加しようと思って来ましたの」
……え? マジで? お前が参加すんの……?
多分俺が人間の体だったら、きっと死んだ魚の目をしていたと思う。って言うか、猫のままでも死んだ魚の目をしている気がする。
「元々、船の到着が間に合うようでしたら参加するつもりでしたの。何せ、アルバス境国の闘技会と言えば莫大な賞金が出ると、傭兵の間では有名ですからね? その賞金でお父様とお母様に特別な虫をプレゼントして差し上げますの」
「御立派です御嬢様!」
親孝行なのは良いんだが、虫以外を食わせたれっつーに……。
「それにしても――――」
ロールパンが辺りを見回す。
「何かあるのか?」とその視線を追うが、周りには特に変わった物も無いし、変わった事もない。
至って普通に、魔族と人間の皆様が闘技場の中へ人波となって流れて行っているだけだ。
そんな猫に――――猫の動きの連動して首を動かしていた【仮想体】に、シアが何やら言いたげな視線を向けて来る。
何、その目は?
「ああ、やっぱりそうですわよね?」
だから、何がだ?
「貴方も気妙に思いますわよね? と言うより、魔族との戦いの最前線に立っている貴方の方が、この光景に思う事は多いのかしら?」
光景……?
ああ、もしかして魔族と人間が共生してる事?
そっか、そら、このロールパンも外の国から来たんだから、俺と同じようにビックリして当然か。
まあ、これは……情報として知ってても、実際に人と魔族が仲良くしてるの見ると色々感じる物があるからねぇ。
「人と魔族の共生する国だとは聞いていましたが、本当に仲良く暮らしているんですのね……。もしかしたら、魔王による恐怖政治で無理矢理仲良くさせられているのかも……と思っていたのですけれど……」
それは俺も思ってた。
「それは杞憂だったようですわね? この国の人達は、人も魔族も関係なく皆仲良く暮らしていますわ。それが強制された物ではない自然な物なのは、私自身の目と耳が証明しています」
お前の目と耳がどれだけ信用出来るのかは知らんが――――俺も同意見。
この国の人間と魔族は、普通に“良き隣人”って感じの付き合いしてんだよなぁ……。
魔王は魔王で、あのくっそ怖い顔からは想像出来ないくらいに人間に寛容っぽいし。
ロールパンも色々思うところがあるのか、暫く仲良く話しながら目の前を通り過ぎて行く人と魔族の流れを見送っている。
「勇者殿ー!」
遠くから呼ばれた。
凄い既視感を感じながら闘技場の方へ目を向けると、人波の向こうで虎君がピョンコピョンコ跳ねていた。
本当に猫科のくせに子犬属性だな、あの虎君は……。バルトと組ませて犬属性コンビとして売り出したろかぃ。
「……魔族……!」
多分条件反射だろう。ロールパンが武器に手をかけようとするのを「大丈夫だ」と言う意思を込めた手を向けて制する。
虎君が軽やかな体捌きで人波に逆らって泳いで来る。
良い動きしてんなぁ虎君。やっぱ魔王の家に出入りしてたし、そこそこの実力と地位があったりするんだろうか?
「勇者殿、探しましたよ!」
特に息を切らせる事もなく、俺の元へ辿り着くや否や普通に会話を始める。
そして、俺の隣に立っていたロールパンと老執事にここで始めて気付いたようで、「御話し中でしたか、失礼しました」と頭を下げる。
「お構いなく、もう話は終わりましたの。それより、剣の勇者に何か用事があったのではなくて?」
「あっ、はい、そうでした! 実は、勇者殿の試合を今日中にもう1試合組んでくれたので御知らせに」
お、マジで?
やっぱり闘技場から離れなくて正解だったじゃん。
本戦に上がる条件は、予選で3勝だから、これ勝てば大分楽になる。
よっしゃ、行くか! と闘技場に戻ろうとすると、虎君が慌ててその前に立ち塞がった。
「あっ! ま、待って下さい! まだ話は終わってないんです」
何さ?
一応聞く姿勢に戻る。
「勇者殿の試合は組まれたのですが、実は前の試合を観て他の参加者達が……そのぉ……情けない話しなのですが怯えてしまったようで、全員棄権との事です」
なんじゃそれ……。
「先程の試合前までは、勇者殿を打ち倒してやろうと言う者達が確かに居たのですが……勇者殿の実力が予想以上だったようで、下手に戦うとそれ以降の試合にすら出られなくなると判断したようです」
まあ……うん、判断としては間違いじゃないんじゃない?
試合出来る回数に制限は無いんだから、勝てない相手との対戦は棄権して避けて通るべきだろう。
負けて怪我すれば治癒に金を取られるし、ついでに武具も持ってかれる可能性まである。リスクマネジメントと言う意味でなら、そいつらは正解を引いている。
それは良いんだが……俺の方はどうなるの? 他が棄権して無効試合ってなったら困るんだけど? こっから先も棄権され続けたら、俺予選を勝ち上がれなくなるんだけど?
「ですので、勇者殿は不戦勝で2勝目となります」
あら? 戦わずして勝利?
労力払わずに勝っちゃって良いのかしら? まあ、勝って相手の武具を奪う機会を逃したって意味だと損してるけど……。
まあ……良いか。
「流石は剣の勇者! 闘技場の猛者達をビビらせるとは、私がライバルと認めただけの事はありますわね!!」
……「自称ライバル」のライバル感の無さは異常だと思うの……。




