9-7 闘技場
闘技場。
遠くで見るとどでかくて、近くで見ると更にでかい。
パッと見は古臭い遺跡に見えるのに、実際に目の前に立つと圧倒される。
こう言うのを“歴史の重み”とか言うんだろうか? まあ、この闘技場がいつ造られた物なのか知らんけども。
入り口では、人がワイワイザワザワとごった返している。
何なの? この人達は平日昼間っから暇なの? そもそもの話しとして、今日がこの国的に平日なのか休日なのかは知らんが。
まあ、ともかく、人が一杯居る。
闘技場ってのは、平たく言ってしまえば「戦う場所」な訳で、ここに居る連中はそれに参加しに来たか、見物しに来たって事だ。
古代ローマのコロシアムは、戦いと血を見せる事で民衆のストレスを発散させていたって歴史の授業で習ったけど、当時の俺は「それってストレス発散出来てる?」と疑問に思った物だ。
けど、確かにこの盛況っぷりを見ると、闘技場ってのは政治的な意味合いで結構バカに出来ないよなぁ、とか思う。
殺し合いを見せる事を野蛮に思う点は今も昔と変わんないけど、ようはボクシングやプロレスを観戦する延長って事だろう。
こう言う元の世界にも在ったような文化遺産的な物を目にすると、もう少し歴史の勉強真面目にやっとけば良かったと後悔してしまう。
もし万が一にも元の世界に戻れたら、こう言う物を見て回る旅とかしてみたいな? 人生観変えてくれそうな気がする。
まあ、ifの話は置いといて……だ。
今は目の前の問題に戻ろう。
赤鬼こと、この国の魔王ギガース=レイド・Eとの話し合い(?)により、俺は野郎と戦う舞台に上がる為に、この闘技場の大会だかに勝ち抜かなければならない……って事になったのだが……。
受付的な物はどこにあるんだろうか? 人が多過ぎて見つからんのだが……。
周りの人達もチラチラと俺……ってか、金ぴか鎧の【仮想体】に目を向けて来るのだが、一向に声かけて来る気配が無い。アッチから声かけてくれれば受付の場所訊けるのに……いや、そもそも喋れないけど。
本格的に「どーすっかな……」と悩み、もう人波掻き分けて闘技場の中に突入してみようかと思い始めた頃、遠くから呼ばれた。
「勇者殿ーっ!」
人波の向こう側で、虎君がピョンピョン跳ねながらコッチに手を振っていた。
「コチラですコチラ!」
……呼んでくれるのは有り難いんだが、「勇者?」「勇者だと?」と、今まで俺に気付いてなかった連中からの視線がザクザク突き刺さって痛いんですけど……。
あと関係無いけど、虎君の行動が子犬染みてて、猫科なのにお前それで良いのか……と思ったり思わなかったり。
「あれが剣の勇者……」「噂にあった通り、魔王様と戦いに来たのか?」「魔王様に敵う訳ないだろうに」「綺麗な鎧ねえ」「強者っぽいオーラが無いな?」「いや、アイツは強いぞ? 長年闘技場の戦士達を見て来た俺が言うんだから間違いない」「アンタそう言う割に毎度予想外してるじゃん……」「勇者対魔王様、か。今から席予約出来ないかな?」
俺と虎君の間に居た人達が道を開けてくれたので、海を割ったモーゼの如く人波の間を歩いて虎君の元へ辿り着く。
「ようこそ我が国の誇る闘技場へ。迷われませんでしたか?」
これだけ大きな建築物に辿り着くのに迷う馬鹿は居ないだろう……とも言い切れない辺りが、方向音痴な者達の怖いところである。
家の従兄がクソ程方向音痴で、婆ちゃんの家から30mも離れてない場所からの帰り道で「道に迷った」と電話して来た時は「もしかして逆に天才なんじゃないのか?」と戦慄したものです。
まあ、だが、幸いな事に俺には方向音痴な気は無いようで、相当面倒臭い道でもない限りは道に迷った事は無い。無いったら無い。
え? 森? 森は迷わない方がおかしいだろう。だからノーカンよ。
っと……方向音痴な方々への哀愁溢れる俺の想いは置いといて、虎君の言葉に頷く。まあ、頷くのは猫じゃなくて【仮想体】だけども。
「良かった。中々いらっしゃらないので、迎えに行こうかと思っていたところでしたよ」
いや、到着が遅くなった訳じゃなくて、ただ単に闘技場の人波に阻まれて先に進めなかっただけだ。
「あっと、そうでした! 呑気に話してる場合じゃないんだった! さあさあ、急いで下さい!」
言うなり、【仮想体】の手をとってグイグイと闘技場の中に引っ張って行く虎君。
何、何よ? 何をそんなに急いでいらっしゃる?
俺の困惑が伝わった訳ではないだろうが、ズンズン歩きながら説明をしてくれる。
「実は、闘技場の支配人が勇者殿の参加を聞くや『噂の剣の勇者様の力を是非見たい』と仰りまして、この後の対戦カードに無理矢理捻じ込んでくれたんですよ。もう前の試合が終わりましたから勇者殿待ちなのです。急ぎましょう!」
マジか。
こんな所でも勇者のネームバリューは半端ねえな……嬉しいんだか、申し訳ねえんだか。
俺が本物の勇者だったら気にもしないんだろうが、俺普通に偽物やしな……。
「もう観客も満席で入っていますよ! 魔王様が勇者殿に決闘状を出したのは、もうとっくに噂で広がっていますから、皆どれ程の実力者なのか興味津津って訳です!」
過度な期待は勘弁なんですけど……。
俺は期待されても、それに応えられる人間じゃねえし……っつうか今現在人間ですらねえし。
とか色々考えつつ、虎君に引っ張られるまま歩く俺。
「正直、私も勇者殿がどれ程の実力者なのかはとても興味があります! あの魔王様が直々に戦いの場に指名するなんて初めての事ですからね」
そら、魔王の立場上そんな気軽に決闘状なんて送れねえだろうしねぇ?
そう言う意味じゃ、勇者の肩書は1番気軽な相手と言えるかもしれない。まあ、だからと言って、そんな特別待遇は別に嬉しくは無いが。
虎君に更にグイグイ押され、大きな扉を潜る。
「じゃあ、ここから先を真っ直ぐ進んで下さい」
言うと、ドンッと背中を押される。
っとと……。
少し転びそうになりながら、前を見る。
真っ直ぐに続く石造りの廊下。
その先に見えるのは、光……外?
ああ、こう言うの見た事有るわぁ。闘技場の入場する所の奴や。
コツコツと、オリハルコンの脛当てが奏でる心地良い足音を聞きながら、虎君と離れて前に進む。
一歩進むごとに、光の向こう側から聞こえて来る騒音にすら思える人のざわめきが大きくなる。
多分これ、プロレスやらボクシングやらの入場シーン的な奴だろう。
俺はそれをテレビの画面で見ている側の人間だった訳だが、いざ自分がやる側に立つと……何と言うか色々アガるな?
そら、羞恥心が頭をもたげるけども、それよりもテンションが上がる。
なんつーの? 「やったんぞゴルァ!」的な? 「全員シバキ転がすぞヴォケ!」的な? 闘争心に火がつく感じ。
小心者の俺の中で渦を巻く戦いを恐れる恐怖心が、どんな戦いが待っているのかと言うワクワクと、【魔王】の特性から来る破壊衝動で塗り潰される。
さて、行きましょうか!




