9-5 赤鬼は黄金の勇者に挨拶する
「っと、話を始める前に、ちゃんと名乗るのが礼儀だな? 改めて――――我が、この国を支配する魔王、ギガース=レイド・Eである」
まあ、名乗られるまでもなく、アンタが魔王でしょうよ。
これだけ人を威圧する姿をして、その上強者の放つヤバい臭いをさせているのに、コイツが魔王じゃないなんてある訳ねえべ。
名乗られたら名乗り返すのが礼儀ではあるが、猫はニャーニャー鳴く事しか出来ねえし、かと言って【仮想体】が代わりに喋ってくれる訳もねえし……。
とりあえず「どうもご丁寧に」の意味を込めてペコっと会釈で返す。
沈黙。
多分、俺が名乗り返すのを待っているんだろうが……無駄ですよ? どんなに待たれたって何も言えませんよ俺?
虎君が無言のまま俺に視線を向け「早く! 早く名乗って!」と急かして来て、爺さんが「礼儀知らずめ……」的な不快気な雰囲気を出している。
いや、そんなに責められても喋れんしな。
とは言え、何も言わないのは流石に大人として、社会人として如何な物かと思うので、一応喋れないなりに返事はしておこう。
「ミィミャァ」
こんにちは、猫です。
まあ、言ったところで伝わる筈もねえんだけど。
あ、ヤバい……虎君と爺さんが「場違いに猫なんか連れてくんなよ……」的な空気を出していらっしゃる。
これは、アレだわ、冗談が通じないガチの奴だわ。まあ、魔王の前なんだし、冗談の1つも通じる訳ねえか、うん。
当の魔王も怒って――――ない?
怒るどころか、どこか面白い物を見る目を猫に向けて来る。
……何? 何なのその目は?
「お互い名乗りも終わった事だし、話を始めようか?」
お互いって、俺は名乗ってねえけど……。
俺と同じツッコミを虎君と爺さんもしている気がする。いや、絶対してる、間違いない。断言して良いね。
そして、魔王自身が猫の存在を流した事で、虎君と爺さんもそれに従って嫌な気配を引っ込める。
「手紙に認めた通り、我は剣の勇者との戦いを望んでいる」
はい、分かってまーす。
決闘状ってそう言う事ですもんね、知ってます知ってます。
「我の興味本位で申し込んだ戦いではあるが、名目上は勇者と魔王の戦いとなる。故に、その戦いは神聖な物であるべきと判断し、この“決闘”は天空闘技場で行う物とする」
天空闘技場ってアレか? あの馬車の中で見た、空に浮かんだ大地の事か。
確か、チャンピオンの戦いでしか使用できないって話だったけど……あ、この赤鬼がそのチャンピオンなんだっけ。じゃあ、問題ねえじゃん。
しかし、赤鬼の言葉に慌てたのは爺さんだった。
「お、お待ち下さい魔王様!」
「なんだ」
「お言葉ですが、闘技場で日夜戦い続ける者、その戦いを観戦する者、この国の民達にとって闘技場の覇者との戦いでのみ使用される天空闘技場は、神聖であり憧れの場であります」
「であろうな? 故に、決闘に使うと言っている。」
おお、爺さんが魔王に口答えしとる……。
今の人間と魔族の関係を考えれば、魔王の意見に人間が口を挟むのは相当な事件だ。けど、この国だとそれを許してるってか。
まあ、だからと言って、あの見かけも気配も怖すぎる赤鬼に意見するのは相当勇気が要る。爺さんも凄い胆力してんな……。
「畏れながら、国民達は噂は聞けど、剣の勇者殿の実際の力を知りません。かく言う私もそうでございます」
「ふむ……それで?」
「はっ、故に実力も確かでない剣の勇者殿が、突然天空闘技場に上がり、あまつさえ魔王様に挑むなど快く思わない者も多いかと愚考致します」
なんか、地味に俺がディスられてる気がする……。いや、まあ良いんだけどね?
それに、この国じゃ魔王……と言うか闘技場のチャンプは芸能人並みに大人気なんだな。
「剣の勇者殿への不満は構いませんが――――」
いや、構えよ。
「魔王様へ不満の目を向けられる可能性は無視できません。決闘の勝利後の国の運営にも影を落としかねません」
決闘の勝利後、ね。
魔王が勝つ事を1mmも疑ってねえってか。まあ、コッチの実力も知らねえつってたし仕方ねえわな?
実力不確かなポッと出の余所者と、人魔共生の国を築いて来た自分達の魔王とじゃ、そら比べるのも馬鹿らしい。
爺さんの言葉に、「確かに」と赤鬼が小さく頷く。
「その言はもっとも。では、どうすれば良い?」
お……?
魔王が普通に意見を求めた。魔王ってもっと“我がまま言い放題”みたいな感じで国の運営してるのかと思ったけど……まあ、この赤鬼が特殊なだけか。
「そうですな……国民に、剣の勇者殿の力を直接見て貰い、魔王様と戦うに足る者だと理解して貰うのが1番良い形かと」
そこで、黙って話を聞いていた虎君が口を開く。
「そう言う事でしたら、剣の勇者殿に今季の闘技会に参加して頂いてはどうでしょうか? 丁度今は雪季の闘技会の真っ最中ですし」
魔王の前でも、普通に発言出来るんだ?
虎君って意外と偉い身分なのかな? それとも、身分に関係無く発言を許してるのかな?
いや、ってか、待って。
闘技会? 討論会の間違いとかじゃないよね?
名前から察するに、闘技場での大会で間違いないでしょう。って事は、何? 俺に大会に参加しろって言ってんの?
え? ……マジで? 冗談ですよね?
「悪くない案ではないでしょうか? 闘技会を勝ち抜けば、チャンピオンである魔王様への挑戦権を得られます。そうなれば、魔王様の御望みである天空闘技場を大手を振って使用できますし。ただ……」
爺さんが、言い辛そうにチラッと俺を見る。
何、その目は……?
「ただ、問題があるとすれば、剣の勇者殿が魔王様と戦う舞台に立つまで勝ち続けられるか……と言う1点に尽きます」
この爺さん、地味に俺の事をディスって来やがるんだけど、どうなってんの?
何だろう? この人もレティの侍女さんと同じで「勇者嫌い」枠の人なのかしら?
そもそも、魔族の虎君のが人間の爺さんより好感度高いっておかしくない? 絶対おかしいよね?
「それは、問題無かろう」
赤鬼が言いながら俺を見る。
観察するような、納得するような目。目の奥で「お前なら大丈夫だろ?」と強く言ってるのが分かった。
いや、まあ、闘技会とやらの参加者に、アンタ以上の化物でも出て来ない限りは大丈夫やけども……。
「だが、問題点は剣の勇者の実力ではない」
「それは……どう言う……?」
「コチラの都合で決闘を申し込み、我が国へ足労願い、あまつさえ戦う為に闘技会へ参加しろなどと、そんな無礼が許されるのか否か……と言う事だ」
爺さんと虎君がビクッと体を跳ねさせ、表情を硬くした。
赤鬼が始めて見せる、意識的な“威嚇”。
正直、こんな間近で熱波のような威圧を叩きつけられて、泡吹いて気絶しなかった爺さんと虎君を褒めてやりたい。
……縮みあがった2人を見てると、なんか、パワハラ受けてる他部署の同僚を思いだして泣きたい気分になる……。同僚つっても、特に仲が良かった訳じゃないし、ちょっと顔を知ってるってだけだったが……俺、結局アイツを助けてやれなかったんだよなあ……。
はぁ……過去の失敗を思い出しちまうと、責められる2人の姿を放って置けないのよねぇ……。
【仮想体】が、軽く右手を上げて、魔王の威圧を制する。
「む……しかし、自身への失礼を怒っているのではないか?」
まあ、怒って無い訳じゃねえけど、そこまで責める内容じゃねえだろうよ。
闘技会とやらに参加しろっつうならしてやるよ、それで事が丸く収まるなら。
面倒臭いは面倒臭いが、まあ、魔王との戦いの前座試合と思えば良い。それに、闘技場での戦いってのも、ちょっと興味あるしな。
「こちらは問題無い」と言う意思を込めて【仮想体】が力強く頷く。
「では、闘技会へ参加して貰えるのか?」
ああ。




