9-3 ブルムヘイズ
アルバス境国の首都ブルムヘイズ。
賑やかな町だ。
ぶっちゃけ無駄なくらいに賑やかで、新宿やらの喧騒を思い出してしまう。まあ、元の世界を思い出すのは、人が多いってのも理由かも。
今まで見て来た、どの国の、どの町よりも人が多い。
まあ、今まで見て来た町は、あくまで「人間の町」。
対してここは「魔族と人間の町」だ。
魔族が居る分、そら人口密度は増えますわな?
そんな人の海を、馬車に乗って進む。
流石に町に入ってからは、街道を走っていた時とは比べ物にならない程速度を落として、車で言うところの徐行速度でゆっくりと進む。
「驚きました?」
ボンヤリと通りの人の波を眺めていたら、向かいの虎君が突然訊いて来た。
「何が?」と言う雰囲気を返すと、楽しそうに笑いながら、虎君も人の波に視線を向ける。
「ブルムヘイズに始めて来ると、大抵はこの人と魔族の多さに面食らうんですよ? それで、その後『今日は何のお祭りですか?』って訊かれるのがお決まりでして」
なるほど。
確かに、俺もこの人の多さはちょっと驚いたしな?
だが、日常的に新宿や東京で地獄を味わった俺としては、そこまでの事じゃない。驚いたって言ったのは、「コッチの世界の常識として」だ。
大体「今日は何のお祭りですか?」って、何その田舎から都会に出て来た人のテンプレートゼリフ……。本当にそんな事言う奴おるんかい?
「ちなみに、この町に居る者の大半は闘技場の観戦目的なんですよ。知っての通り、この国は3つの国に接してますので、色んな国から魔族が来る訳です」
他国から来るのが魔族だけなのは……まあ、当たり前か。
この国では人間に人権が与えられてるつっても、他の魔王が支配している国では、当たり前に人間は奴隷身分だ。
簡単に国外に出る事を許される訳無いし、例え許しがあったとしても、呑気に闘技場で観戦なんてしてられる訳が無い。
「で、観戦した隣国の魔族達が調子に乗って闘技場に乱入し、魔王様に1撃で沈められるまでが、いつものパターンです。勇者殿はくれぐれも、そんな間抜けな事をなさらないようにお願いします」
お願いされるまでもなく、そんな阿呆な事するか。
っつか、他国の魔族をこの国の魔王がぶっ飛ばすのはアリなのか?
「あっ、もしかして今、他国の魔族を倒してしまうのは問題があるんじゃないか? って思ったんじゃないですか?」
…………この虎、ガチで俺の思考読めてるんじゃねえのか? 読めてないよね? 信じて良いよね?
「答えは×です。本当はやっちゃいけないんですよ? 生かして捕らえて、そこの魔王に引き渡し、然るべき罰を与えて貰うと言うのが一応ルールです」
ダメじゃん……。
魔王間での戦争のキッカケになったりするんじゃないの、そう言うのって?
「でも、まあ、『魔王間の取り決めなんて破る為にある』ってウチの魔王様も言ってますし」
豪快だなオイ。
「実際、それで文句言われた事も無いですしね? この国の周りの3国を支配なさっている魔王様方は、全員ウチの魔王様より序列が下の方達ですんで、ルール破られても何も言えないんですよ。『強者こそが絶対ルール』は魔王様達で取り決めたルールよりも優先されますから」
なるほど。
そう言うところは、偉い人には何も言えない元の世界と似たり寄ったりってか。
周辺3国の魔王連中は苦労してんなぁ……。まあ、俺の知った事じゃねえけど。
「あ、そろそろ着きますね? それでどうしますか? このまま魔王様にお会いになられますか? それとも、やはり御手紙での挨拶にして頂きます?」
ここまで来たら、もう良いよ。
いい加減覚悟も決まったし、直接会って決闘状を送りつけて来やがった魔王の面を拝んでやんよ。
【仮想体】に首を横に振らせる。
「で、では、魔王様にお会いして下さるんですね!」
うん。
俺の返事に、虎君が目に見えてホッとした顔をする。いや、まあ、ホッとしても顔は虎だから怖いけど……。
虎君としては、魔王に「勇者連れて来い」って命令されて張り切ってたっぽいし、ちゃんと命令を遂行出来るんだから、そらホッとするか。
そこから2分程馬車で進み、目的地に到着。
町の入り口から、中心にある闘技場を挟んで反対側。
位置的には町の1番奥側と言う事になるだろうか?
「ここが魔王様のお屋敷です」
座り心地が最悪の馬車の荷台から降りると、虎君が俺の前に立って恭しく頭を下げる。
馬車の中でお喋りして(虎君が一方的に喋って)微妙に仲良く(?)なったような気がしていたが、魔王の屋敷の前には門番が目を光らせているし、一応建前上の礼儀としてって事だろう。
…………にしても、でかいな?
いや、屋敷自体はそこまでの大きさじゃないんだ。窓の数的に、多分2階建だし。
城どころか、クルガの町の魔族屋敷以下の規模の屋敷。
では、何が「でかい」のかって言うと…………扉がクソ程でかいんだけど……。
良くテレビで見る海辺の倉庫あるじゃない? あの倉庫の扉みたいな大きさのが、屋敷の入り口にドデンッと取り付けられてんのよ。
ってか、パッと見は普通の屋敷に見えたけど、扉の大きさを認識してから改めて見ると、屋敷全体が……なんつーか、規格がでかくない?
これは、アレだよ、うん。
童話のジャックと豆の木で、雲の上の巨人の屋敷を見つけたような……そんな感じの心境ではないだろうか? うん。
そうだよ、この屋敷のサイズ規格は、明らかに普通の人間の物ではない。もっと大きな……それこそ3mくらいある巨人の為のサイズ規格だ。
確かに屋敷は2階建なのだが、それなのに高さが10m近くあるし……。
いやー、此処に至って凄く嫌な予感がして来た俺です。
今まで出会った魔王を始めとした魔族連中は、皆普通の人間と大差ないサイズだったから考えた事はなかったが……もしかして、魔族の中には“巨人族”が居るんじゃねえか?
しかも、屋敷がその巨人族のサイズ規格に合わせてあるって事は、この屋敷の主が“そのサイズ”である可能性が高い。
つまり――――巨人の魔王。
勘弁願いてぇなあ……。こちとら子猫だから、普通の人間だって巨人サイズに見えるっつうのに、更にでかいのが出て来たら、マジでガン●ムとの対峙やぞ。
「ミュゥ……」
フゥ……。
大きく息を吐いて気持ちを落ち着かせる。
今更ビビっても仕方ない。もう、「会う」って言っちゃったし……いや、言ってはないけど、そう言う意思表示はしたし。
「では、参りましょう剣の勇者殿」
虎君がウキウキした気分を隠しきれてない顔で、俺の前に立って歩き出す。
心の中で「へーい」と気の無い返事をしながら、俺と【仮想体】も後に続いて屋敷に向かって歩き出す。
「剣の勇者殿をお連れしました。魔王様に御目通り願います」
虎君が門番に言うと……あれ? 全身鎧だから気付かなかったけど、入口の両脇に立っている2人の門番の片方、もしかして人間じゃねえか?
魔王の居城と言えば、当然の如く魔族しか出入りを許されず、その警備も魔族のみで構成されている――――って感じだったけど、こう言うところも人魔平等って訳ね?
あ、そう言えば馬車の中で虎君が、闘技場で結果を残した人間はそれなりの地位を貰える……的な事言ってたけど、もしかしてこの門番も闘技場で活躍した人だったりするんかな?
虎君の言葉に、魔族の方の門番が反応する。
「了解した。暫し待たれよ」
門番が扉を開けて屋敷の中に消えると、その場に人間の門番と俺と虎君が残される。
待つ時間が気まずかったのか、虎君が門番に話しかける。
「ボリスさん、お疲れ様です」
「そちらも。無事に噂の勇者殿と合流出来たようで何よりだ」
「ええ。でも、一カ月港で海を眺めて待つのは、意外と楽しかったですよ?」
「ははは、差し詰め仕事に託けた休日と言ったところか」
「魔王様には聞かせられませんけどね」
そう言って2人でハハハっ笑いあう。
何の変哲も無い日常会話。
毎日、世界中で当たり前にされるような、当たり前の会話。
それを、敵対している筈の人間と魔族が、極々自然にしている。
……なんつーか、ここは、本当に色んな意味で凄い国だ。




