8-31 船は進む
グニャリと景色がねじ曲がる。
一瞬だけ頭がクラッとする感覚の後、視界は元通りになり、見渡す限り海だった視界が、見渡す限り海になっていた。
…………いや、やっぱり海やんけ。
どこまでも広がる空と海の青。
雲も無いから、見えていた物がまったく変わらず、空間転移がちゃんと行われたのかどうかすら怪しく思える。
いや、変わって無い訳じゃないか?
目の前には、俺が乗って来た客船。さっきまで、遠くに豆粒のように見えていた船が、今は目の前にあるって事は、転移は問題無く実行されたって事だ。まあ、当たり前か。
でも、【転移魔法】の出口は船の直上にしたつもりだったんだけど……、やっぱり動いている物に向かって目測で転移すると、若干誤差が出るな……。
まあ、でも、これくらいの誤差なら十分許容範囲でしょう。
【空中機動】で一旦足場を作って着地。
流石に猫だけで戻ると不自然極まりないので、【仮想体】を創って勇者装備一式を着せる。
コレで良し。
……どうでも良いけど、改めて見ると、この勇者モドキの姿って結構不気味だな……? いや、鎧は恰好良いんですよ? 個人的にもお気に入りですし。
ただ、夜道でコイツに会ったら、多分俺は一目散に逃げるな。
まあ、見かけが不気味だろうが怖かろうが、コッチの世界の人間的には“勇者”である事の方が重要みたいだから、あんまり気にされねえし、別に良いんだけどね?
【仮想体】の肩に乗り、【空中機動】で作った足場をヒョイヒョイと渡って、船まで戻る――――ん? 何やら騒がしんですけど、何事ですかな? 正直、面倒事は幽霊船だけでお腹一杯なので勘弁願いたいんだが……。
甲板で、傭兵や乗船客達が、ギャラ泥棒こと船長を始めとした船員達に詰め寄っていた。
「なんで船を出したんですの!」「そうだぜ! まだ、幽霊船には勇者様が残ってるじゃねえか!」「自分達が助かれば、勇者様は見捨てても良いって言うの!」「こ、これは、あくまで乗客の皆様の安全を第一に考えてですね……」「勇者様だって乗客の1人じゃない!」「そ、それはそうですが……そのぉ、あの方は勇者ですし……」「勇者なら見捨てて良いって言うのか!」「あの方は今代の剣の勇者様なのよ!?」「そうよ! むしろ勇者様だからこそ身捨ててはいけないんじゃないの!?」「さっきの大爆発見ただろうが! 絶対何かあったんだって!」「勇者様が今も助けを求めてるかもしれないんですよ!」「そ、それに、私共としても幽霊船から離れるのは不本意でして……。波が不自然に船を流して仕方なくですね……」
あ~……、なんか揉めてる原因俺っぽい。
俺個人としては船員の皆様を責める気は一切無い。
元の世界の常識で言えば、危ない場所から、出来るだけ多くの客を遠ざけようとする船長達の行動は、なんら間違いではない。むしろ支持するくらいだ。
まあ、とは言え、モンスターぺアレントの如く船員に詰め寄っている皆の事も、あんまり悪く思わないけど。
皆は、俺の事を心配してあんなに怒ってくれてるんだろうしね? それに、幽霊船に近付けば自分達も危険なのは、さっきの騒ぎで分かってるだろうに……それを押してでも俺を助けに行こうとしてくれているのを、悪く思える訳も無い。
いつまでも、そんなやり取りを見ている訳にも行かないので、トトンっと軽い足取りで空中を歩いて甲板に戻る。
しかし、皆様言い合いに夢中で気付いてくれない……。こんな目立つ金鎧なのに……。
仕方なく一鳴きする。
「ミャァ」
場違いに響いた猫の鳴き声に、皆が一斉にコチラに振り向く。
「剣の勇者様!!」「あッ!? 勇者殿!」「ご無事だったか!」「……良かった」
船員に詰め寄っていた皆が、俺……と言うか【仮想体】の無事な姿を確認して、笑顔になる。
「大丈夫ですか?」「怪我は?」「すぐに治癒術を」と、過保護なくらい心配して来る皆に、「大丈夫」と言う意思を込めて、軽く手を上げる。
「幽霊船から無事に帰還するとは、流石私がライバルと認めた方ですわ!」
ロールパンが、どこか嬉しそうな不敵な笑みを浮かべながら、【仮想体】をズビシっと指差す。
人を指差すなっつーの……。あと、ライバルじゃねえし。
「それで、その幽霊船はどうなりましたの? 先程、大きな爆発があったようですけど……アレは、まさか貴方が?」
うん、と頷く。
途端、皆がざわざわと騒々しくなった。
「マジか……あの巨大な爆発を、個人でやれるのか……?」「有り得ねえだろ?」「いやいや、剣の勇者様は魔王達とたった1人で戦っても勝てるって噂だぜ?」「おうおう、俺もそれ聞いた事あるぜ! なんでも巨大な雷を操って何百と言う魔族をブッ倒しちまうって!」「山みたいな巨大な魔物を剣で一閃したって聞いた事もあるわ!」「いや、そんな物より転移の術式を自在に使うって話だぜ?」「ヤバいな……」「ヤバいわね……」
知らんうちに、なんか噂が広がってるなぁ……。
仮にも勇者を名乗ってるから……いや、名乗ってはねえな……勇者の振りはしてるけど。まあ、とにかく、勇者の真似事をしているから、噂になるのは覚悟の上だったけど……流石に話が広がり過ぎな気がする。
変に噂が広がって最古の血の誰かの耳に届き、俺をぶち殺す為に出張って来た――――なんて事になったら、そこで終わりだ。
まあ、噂が広がるのは、それだけ勇者に対しての期待が大きいって事なんだろうけど。正直、俺としては、その皆様方の「期待」の方も勘弁願いたいのだが……。
…………もう、いっその事、剣の勇者の存在を封印してしまうってのはどうだろうか?
今まで考えもしなかったが、良いんじゃないだろうか?
元々勇者モドキを使い続けていたのは、何となく流れでそうなっていたってだけだしな。アザリアの所に勇者が集まって戦力が整って来たから、“剣の勇者”がいなければならない絶対的な理由は無い。
……けど、唯一の気がかりはアビスの事だ。
最古の血の中で、アイツだけは剣の勇者の正体が俺である事を知っている。
突然剣の勇者が姿を消せば、アビスの野郎が俺を探しに来る可能性がある……って言うか、多分来る気がする。
そして、アビスとエンカウントすれば、「今度会ったら殺す」宣言通りにぶち殺される。
それはまずい……とってもまずい。
もう暫くは、勇者として行動しておく方が身の為な気がするわ……。
今後の勇者の続投が決定したところで、ギャラ泥棒の船長が俺の前に歩み出る。
「そ、それで勇者殿、幽霊船はどうなったのですか?」
どうって……粉々です。
無言で海を指差し、その指を下にフイッと振る。
「海……では、沈めたのですか!」
うん。
【仮想体】の頷きに、皆が安心したような息を吐いてワッと沸き上がる。
船員も、乗客も、傭兵達も、皆が得体の知れない物が消えて喜んでいる。
そんな中にあって、船長だけが険しい顔をしていた。
多分だが、俺も猫じゃなかったら同じような顔をしていたと思う。
骸骨船長を倒し、幽霊船を粉々にして沈めた張本人の俺が言うセリフではないが――――幽霊船はそのままにしておくべきだった。
少なくとも、海上でのアドバンテージを人間が握れるまでは。
幽霊船は魔族の乗った船だけを襲っていた。
そして、骸骨船長のあの強さ。
恐らくだが、魔族達が海に出る時に、かなり厄介で恐ろしい相手だっただろう。
幽霊船が、海上において魔族の頭を押さえつけるのに一役買っていたのは間違いない。
それが無くなったと知れば、魔族達はこぞって海の支配領域を広げようと行動を始める……なんて展開は、俺にだって容易に想像出来る。
魔族が海で好き勝手し始めたら、人間の船は、ただでさえ航行困難だってのに、下手すりゃ航路を潰される可能性だってある訳だし、こんな風に海路での国の行き来は絶望的だ。
「ミュゥ……」
こりゃぁ、暫く海が荒れるかもしれねえな……?
アッチに戻った時に、レティを通して王様にそれとなく海路での侵略を警戒するように言っておくか……。
アザリア達、勇者連中にも声かけるとして……これからどうなるかね。
俺も、面倒事を招いてしまった責任として、色々やらなきゃならんくなりそうだ……。




