8-11 猫は烏と出会う
今、俺の目の前には信じられない者がいる。
3本足のカラス。
知ってる。元の世界―――日本では、あまりにも有名な、その姿を知っている。
――― 八咫烏
神話の中で、神武天皇の元への道案内をしたと言われている、“導く”事の象徴とされている3本足のカラス。
しかも、その八咫烏が、当たり前のように人間の言葉を喋っている。
何だコイツは……?
先程まで感じていた、心臓を圧迫するような気配が消えて、穏やかな小波のような気配に変わっている。
それでも尚、俺の中で危険を告げる警報が鳴り続けている。
「(なんなんだ、お前……)」
目の前の存在を頭が受け入れていないのか、自然ともう1度訊いてしまった。
「だから、カラスだよ。見て分かるだろ? 黒くて羽があって、ほら」
翼をパタパタと揺らして見せる。
確かに、ただのカラスにしか見えない。少なくとも、見た目に関しては……だが。
と言うか、このカラス……普通に猫の言葉を理解してやがる……。レティと同じような言語を理解する能力者か? それとも、動物同士だから言葉が通じるとかってオチか?
「(そのカラスが何の用だ? 悪いが、鳥類に知り合いは居ないぜ)」
元豚の知り合いなら居るけど……。
あれ? そう言えばレティも豚の姿で普通に人間の言葉喋ってたな? だとしたら、このカラスも同じカテゴリーか? 元人間が呪いか何かで鳥にされた……的な。
あ、そう言や、その元豚さんのお母さんが元鳥類か……ま、良いか、“元”だし。
「うーん……そろそろ言っておかないと手遅れになるらしいんでねぇ。こうして会いに来たって訳よ」
「(……? 何の話だ……?)」
「コッチのスケジュールの話。で、早速本題。今のまま進むと、遠くない未来にお前は最古の血と呼ばれる魔王の1人とカチ当たる事になる」
「(………ッ!?)」
分かっていた事だ。どこかで最古の血との戦いをしなければならない……と。
だが―――何故、それをコイツは断言している? まるで見て来た事のように俺の未来を語りやがる。
「そして、敗北して―――殺される」
「(……なんで言い切れる? 仮に、お前の言う通り最古の血と俺が戦う事になったとして……俺が勝つ可能性は0じゃない)」
「そうだな、0じゃない。だが、1億回戦ったとしても、お前は1億回負ける。これは予言ではない。確定事項だ」
ムカっとした。
俺が負けると断言された事もだが、知った風に俺の未来を語られるのも腹が立つ。
怒りの感情が湧いたお陰で、恐怖心が少し遠ざかる。
「(喧嘩売ってんのか?)」
「売ってるつもりはない。だが、お前が挑んで来ると言うのなら、相手をするのも吝かではない。出来れば疲れる事はしたくないがな?」
上等だッ!!
喧嘩を売られたのか、俺が売ったのかは知らん。
だが、コイツに上から目線で物を言われると、自分でも何故だか分からないが、物凄い勢いで怒りがマグマのように噴き上がって来る。
【全は一、一は全】
体の中で歯車がガチンっと噛み合い、全身に力が循環する。
収集箱の蓋が開き、中に収まっていた大量の武器が、俺の中から空中に飛び出す。
総数532の刃の群れ。
すかさず魔眼を発動。
――― 【偽物】
空中を飛ぶ武器の数を、偽物を混ぜて倍に。
更に魔眼を同時発動。
――― 【欺瞞と虚構】
1064になった武器を、更に幻で倍に増やす。
天を埋め尽くす武器の天井。
「これが、魔王スキルとやらか……。なるほど、強力な能力なのは認めよう」
「(『ゴメンなさい』するなら今のうちだぞ?)」
「面倒臭いから、そうしてしまいたいのは山々だが、そう言う訳にもいかんのでねぇ?」
「やれやれ…」とでも言うように、両の翼を軽く開いて首を横に振る。
そして―――
「【八咫の鏡】」
チカッと何かが光る。
閃光が一瞬周囲を満たして、視界が真っ白になる。
思わず目が痛くなる程の光に、眼球を護る為に、体が無意識に目を閉じる。
カラスの姿を見失わないように、閃光が通り過ぎるや否や目を開くと。
「ミミャっ!?」
自分でも間抜けだと思う声で鳴いてしまった。
何故なら―――何故なら、空中に武器が飛んでいたから。
そうだ、俺の魔王スキルと魔眼によって操られている2000を越える、本物、偽物、幻の混ざる武器達。
それと相対するように、まったく同じ種類、同じ数の武器が空中に並んでいた。
その光景は、まるで―――鏡映し。
「(コピー能力……!!?)」
それ以外に答えが見つからなかった。
「御明察。だが、ただのコピーじゃない。お前の出した武器には、偽物やら、幻やらが混ぜてあるようだが、鏡に映った姿を取り出したコチラの武器は、全部が本物だ」
は……?
なんじゃそりゃ!! どんな腐れチートじゃボケぇ!!?
「驚いているところ悪いが、もう1枚手札を切らせて貰う【無限回路】」
カラスがコピーした武器の像が歪む。
ユラッと水面に波紋が広がるように、像の歪みが大きくなり、輪郭が元に戻った時には――――像が2つに割れて、武器の数が倍になっていた。
「ミ……ミャァ?」
え……はぁ?
像が歪む、更に倍に、歪む、倍に、更に、更に、更に、更に――――……。
天を埋め尽くす。
そんな陳腐な感想しか湧いてこない。……と言うか、その物ズバリ。
本当に、空の青さを刃の群れが覆い隠してしまっている。
驚く――――よりも、ビビるだろ……コレ。
何千、何万、まだ、もっと増える。増え続ける。倍に、更に倍に。
「物量戦術をウリにしてたのなら残念。コッチも得意分野でね?」
得意分野どころの話じゃねえだろコレ……。
むしろ「待ってました」とばかりの、完璧、完全なカウンターじゃねえかよ!
ヤベェ……まさか、物量戦術で上を行かれるとか、欠片も予想してなかった……。
「怖気づいたのなら、ここで止めておくか? 面倒臭いし、コッチはそれでも全然構わないんだが」
正直に言おう。俺もここで止めて帰りたい。
だってコレ、絶対ヤバい奴だよ。
「戦ったら死ぬかもしれない」と思う相手が、この世に魔王以外にも居たとは……本当に嫌になる。
だが――――だが、それなのに、逃げようと言う気にならない。
それどころか、「上等じゃボケが、その羽毟り倒すぞ!」と言う気分の方が強くなって行く。
何故だが理由は分からないが、俺―――と言うより、この猫の体が、あのカラスに舐められたままなのが我慢ならないらしい。
弓を引き絞るように、体勢を低くして四肢に力を溜める。
「やるってか? ……ハァ……だる……」
面倒臭そうに、カラスが羽を広げる。
瞬間、四肢に溜めた力を地面に叩きつけるようにして飛び出す。
全速力の踏み出しから、息を止める。
【アクセルブレス】
周囲のあらゆる物の動きがスローになり、降って来る落ち葉の隙間を駆け抜ける。
先手必勝のスピード勝負だ。
攻撃の手数で圧倒的に負けている以上、受けに回ったらその瞬間に“詰み”にまで持って行かれる。
数の暴力で圧殺する物量戦術の怖さは、普段それを行っている俺自身が1番良く知っている。
あれは、1度食らい始めると止まらない、格ゲーの無限コンボみたいな物だ。相手に対応させる隙を与えず、絶え間なく攻撃をして殺す……そう言う物だ。
だからこその速攻。
相手の動き出しより早く攻撃を叩き込んで、一気に勝負を終わらせる!




