8-10 勇者が集まったり集まらなかったり……
「兄様!?」
部屋に入るなり、アザリアの大声で出迎えられた。
俺が【仮想体】を動かして返事をしようとする前に、アザリアが部屋の奥から走って来て、思いっきりオリハルコンの鎧をぶん殴る。
「なんなんですか毎度毎度!! あんな大怪我しといて転移で1人で行っちゃうなんて!! 死にたいんですか! なんでッ、なんで、もっと自分を大切にしないんですか!!」
ガンガン殴られながら、むっちゃ怒られた。
なんか、前にもこんな感じのがあった気がするわ……。
心配かけたのは「ゴメンなさい」だが、正体知られる訳にもいかんし、仕方ないじゃん?
「兄様が死んだら、この世界は終わりだって自覚して下さい!!」
それは大袈裟だろう……。
俺は、自分が天才でない事を知っている。
俺は、自分がちっぽけな存在だと知っている。
俺は、お前達“勇者”のような選ばれた人間じゃないと知っている。
って言うか、人ですらないしな?
どれだけ強力なスキルを手にしようが、どれだけレアリティの高い武具を手にしようが、俺がただの猫である事実は―――俺が、ただの一般人である事実は、何も変わらない。
「人が心配してるのに、たった数日でケロッとして現れるし! 本当に、もう! なんなんですか!!」
「なんなんですか」と言われても、ただの猫だよ俺は。
アザリアの後ろの方で、仲間達も同じように怒鳴る。
「そうだそうだ!」「少しは頼ってくれても良いんじゃない?」「アンタの責任感の強さは知ってるけどさ」「怪我した時くらい、頼れっての」「そうそう!」「主役が居なけりゃ、お嬢が酒も飲ましてくれねえしな?」「言えてる言えてる」「そこ、凄い重要だからな!」
これに懲りたら、心配かけるような無茶はするなって事かね?
まあ、でも、そら無理な注文だけどね? 無理だろうが無茶だろうが、俺はアビスと戦えるレベルまで強くならなきゃならんし。
まあ、でも、その為に魔王を倒せば、それが世の為人の為になるってんなら、そっちも文句ないでしょうよ。
ぉっと、そう言えば忘れるところだった。
俺が入口に立っていたせいで部屋の中に入れずに居た、気絶したシルフさんをズルズルと引き摺るバルトと、少し不安そうな顔で立っている双子。
【仮想体】を横にどけると、まずバルトが引き摺っていたシルフさんをベッドへ持って行き、その後に続いておずおずと双子が入って来る。
「双剣の……」
アザリアの少し困惑した顔と声。
まあ、数日前に敵として剣を向けあった訳だし、そら、手放しで歓迎なんて出来る訳ねえわな。
でも、アザリアの反応は可愛い物で、後ろの仲間達なんて武器に手をかけている者まで居る。
ここは口出し……は出来ないので、手を向けて「まあまあ、落ち着きなさいよ」と、武器を抜こうとしている連中に制止を促す。
そんな俺の思考を読んだかのように、シルフさんをベッドに寝かせ(投げ)ながら、バルトが言葉で手助けしてくれる。
「双子、勇者、仲間、なりたい、言う、ます」
「仲間に……ですか?」
困惑は未だ解けないようで……。
それに対し、双子が一歩前に出て―――頭を下げる。
「先の悪魔との一件では」「大変お世話になりました」「そして、迷惑をおかけして」「「本当に、申し訳ありませんでした」」
あまりにも素直で、純粋な謝罪。
頭を下げる双子の姿が、教会で頭を下げていた教父爺の姿が重なる。
打算や目的も、裏も表も無い、無垢な子供のような姿。
ああ、なるほど……蛙の子は蛙ってか。
素直な謝罪をされて、流石にアザリア達も「もう大丈夫」だと理解したらしく、皆の間にあった緊張感が少しだけ和らいだのが分かった。
アザリアが、気持ちを落ち着ける為に「フゥ」っと1度大きく息を吐き、改めて双子に向きあう。そして、さり気無く【仮想体】の肩に乗っていた猫に手を伸ばして抱っこする。あまりの自然な動作に、逃げ遅れてしまった……なんて恐ろしい子!!
「ミ?」
「ニャンニャン」
抱っこされたままアザリアの顔を見上げると、蕩けた顔で俺を見ていた。
仕事しろ威厳……。
勇者の威厳何処行った。
「お嬢……顔」
後ろから窘めるように言われて、恥ずかしそうに顔を赤らめてから「コホンッ」何事もなかったように続ける。そして、キリッとした顔とは裏腹に、アザリアの手はワシャワシャと俺を撫でている。
お前ちょっと、マジで、シリアスな話の時には自重しろや……。
「双剣の勇者。改めて名乗りますね? 私はアザリア。極光の杖の主であり、今代の杖の勇者を務めさせていただいています」
「冷雹の双剣、“黒雹”の主であり、今代の双剣の勇者、ブラン」
「同じく“白雹”の主であり、今代の双剣の勇者、ノワール」
お互いにペコリと頭を下げ合う。
「私達は同じ勇者の立場ですから、貴女達が望むのであれば、コチラとしては受け入れる事は吝かではないです」
「本当」「ですか?」
「しかし、素直に頷けない部分もあると言うのが正直なところです。ですから、話して下さい、貴女達は何者で、何があったのか、何故敵対していたのか、何故悪魔と共に居たのか、全部話して」
まあ、そら、そうですわな。
何も聞かずに受け入れるなんて到底無理な話だ。
もしかしたら、教父の方から事情を聞いて居たりするのかもしれないが、それでも双子の口から聞かなきゃいけない事もある。
………それは、まあ、別に良いんだが……絶対話長くなるよね?
こんな展開になるんだったら、先に港の場所訊いとけば良かった……凄い後悔……。
俺は双子の事情に対して興味無いし、外出ておくか。
船旅に向けて、今のうちに食料やら何やら収集箱に補充しとかないとだし。
「ミャッ」
アザリアの手の中でバタバタとして、突然動き出した事に驚いてホールドが少し弱まった隙にヒョイッと床に降りる。
「あっ、猫にゃん!」
【仮想体】に扉を開けさせて、一緒に退室する。
一応バルトに「話聞いといて」とだけ言っておく。
部屋の中から「なんでこのタイミングで出て行くんですか!!」とアザリアの声が聞こえた気がしたが、多分、きっと気のせいなので、気にしない事にした。
宿屋の階段で【仮想体】を収集箱の中に引っ込め、猫の身1つで外に出る。
「うー」と、大きく伸びをする。
今日は話聞いてばっかで肩がコる。いや、猫の体で肩コリするのかどうかは知らんけど。
さぁてと、何処から回ろうかね?
と思った瞬間、
――― 悪寒
背後から心臓を握られたかのような、今までに感じた事がない程の冷たく、鋭い気配。
形容しようがない。
恐ろしい。
何か―――今まで出会った事のない、異常な“何か”が、俺を見ている。
自分でも訳が分からないが、冷たい汗が全身に噴き出す。
ダメだ。
ここに留まったらダメだ。
何者かの気配に背を押されるように、全速力で街の外へと駆け出す―――否、逃げ出す。
高速で駆け抜ける子猫の姿を人に見られるが、そんな事構ってられない。
後ろに迫る気配が、徐々に距離を詰めて来ているのが分かる。今足を止めたら、その瞬間に恐怖で脚が動かなくなる。
恐怖が更に足を動かす。
あっと言う間に街の外へと出て、それでも止まらず走り続ける。
1km程走っただろうか、いつの間にか街道を外れて森の中に逃げ込んでいた。
すると、突然上の方から声が降って来た。
「随分と足が遅い……なるほど、この様じゃ、蛇の奴が心配するのも当然か」
ハッとなって顔を上げる。
確かに、恐怖に染められて視野が狭くなっていた。注意も散漫していた。
それでも、近付いて来る気配の主への警戒は最大だった。それなのに、その気配を発している相手が、木の上に居た事に、声をかけられるまでまったく気付かなかった。
「『初めまして』―――と言うのもおかしいが、『久しぶり』なんて言葉はもっとおかしいからな? とりあえず初めまして、の方で失礼する」
「(なんだ……お前は……)」
「見ての通り―――」
木の上から、真っ黒な3本足のカラスが俺を見下ろしていた。
「―――しがないカラスさ」




