7-36 最強とデブの話
若き魔王達によって支配される東の大陸を離れ数百km。
長い長い時間をかけて、広い海を越えた先に在るのは、最古の血と呼ばれる、100年以上の時間を生きる3人の魔王が支配している西の大陸。
大陸を3分割し、その最も北側に位置するのが―――世界最強たる魔王、アビス・Aの国。
最強の治める国とはどんな国か?
一言で言ってしまえば、“静か”だ。
この国の治安は良好である。これは、「魔族にとって」ではなく、支配されている奴隷同然の人間達にとって、である。
この国の中においては、人間への狼藉は無い。そう断言してしまって良い。
何故なら、もし魔族が人間に暴力を振るったとしよう。そうすると、どこからかその情報を聞きつけた、国の支配者たるアビスがヒョッコリその魔族の前に現れ「人間相手に暴れる元気が有るなら、俺様の相手しろよ」と問答無用でパンチ一発で、文字通りに“消し飛ばす”。と言う様な事情により、魔族は命惜しさに人間に手出しする事はない。
とは言え、アビスの行動は人間を護る為などでは無く、単純に「暇潰しの相手が欲しいから」なのだが、そんな事は人間達の知るところではない。
以上の事から、アビスの治める国は、魔族も、人も、誰も彼も静かな物だ。下手に騒げば、「どこからかアビスが現れるのではないか!?」と言う恐怖心が、この国の静けさを作っている。
恐怖政治―――ではあるが、それを覆す革命は絶対に起こらない。
何故なら、恐怖の対象は、世界最強で、世界最凶で、世界最狂の化物なのだから。
そして、そんな静かな国にある、最も豪華で、最も大きい城―――バルシュタイン城が、魔王アビス・Aの居城である。
今日は珍しい事に、城へ客人が来ていた。
そのせいで、城の中で使用人として働く者達には、「ミスする訳にはいかない!」と言うプレッシャーと、「まさか、喧嘩はじめないよな?」と言う緊張感が同時に襲いかかっていた。
それもその筈、城を訪れている客人とは、主人たるアビスと同じ、3人の最古の血の1人である―――デイトナ=C・エヴァーズなのだから。
アビスとデイトナ。
2人は長机を挟んで座っていた。
片方―――部屋の奥側で上座には、ボサボサの、長い赤い髪を後頭部で纏めた、ボロボロの服装の、アビス。
反対側―――廊下に近い方の椅子には、ボールのような丸い巨体がチョコンと座り、目の前に置かれた、満漢全席も真っ青になるような量の料理を、片っ端から口に放り込んでは、まともに咀嚼する様子も無く呑み込む。
「おい、デブ。お前、まさか俺様のところに飯を食いに来た訳じゃねえよな?」
アビスが面倒臭そうに言いつつ、自分の前に置かれた若干冷めた肉をフォークでガンっと突き刺す。
目の前で最強の魔王がこのような態度をとれば、世界中の誰もが震えあがって縮こまる。が、そこは100年の付き合いであるデイトナだ。アビスの行動に驚く事も、怯える事もなく、作業のように料理を口に運びながら、いつも通りのノンビリとした口調で答える。
「デブじゃないよ? ちょっと肉付きが良いだけだよ?」
「それは、どーでも良いんだよ。テメェ、うちの食料庫空にしに来たのか、って訊いてんだろうが」
「違うよ?」
「じゃあ、何しに来た。「暇潰し」なんてぬかすなら、ちょいとばかし、俺様の方の「暇潰し」に付き合えよ」
ゾワリとする程の殺気がアビスから放たれる。
本気の目だった。
魔王間での戦いが禁じられていようが、「暇潰し」でじゃれ合うくらいならば関係無い。もっとも、この2人が“じゃれ合う”をすると、軽く街の4つや5つが消し飛ぶのだが……。
しかし、他の者なら震えあがって、小便を漏らすような殺気でも、デイトナにはどこ吹く風で、料理を食べるペースはまったく変わらず、返す口調も変わらずノンビリしている。
「暇潰しじゃないよ? ちょっとアビスに訊きたい事があって、来たんだ」
「ぁ? 訊きたい事? なんだ、つまんねーな」
「じゃあ、本題ね? アビス、君さぁ、もしかして―――」
一瞬の溜め。
料理を口に運ぶ手が止まる。
デイトナの細く閉じられた目が、微かに開いてアビスを見る。
睨んで居るのではない。
観察している。
100年の付き合いの友人とも言うべき相手の表情や動きを観察している。
「―――他の魔王を剣の勇者に“食わせて”、成長するの待ってない?」
問われて、アビスは破顔一笑。
珍しく……本当に珍しく、楽しそうに「ふっくくくく」と笑う。
そんな姿は100年の付き合いであるデイトナですら珍しいようで、細く開いたデイトナの目が丸くなる。
「なんだ、そんな事か。その答えは「イエス」だ」
あまりにも簡単に答えられて、デイトナが呆れたように小さく溜息を吐く。
微かに開いた目を閉じて、改めて料理を口に運ぶ作業に戻る。
「やっぱりだ。君が逃した相手を、いつまでも放置してるなんて可笑しいと思ったんだ」
「だから確かめに来たってか? お前も随分面倒臭い事を」
「誰のせいなんだか……。でも、短気で、敵はすぐに殺さないと気が済まない君が、わざわざ強くなるのを待ってるなんて、今代の剣の勇者は、そんなに特別なの?」
問われ、アビスが楽しそうに唇を歪める。
本当に楽しそうに、笑う。
「まあ、お前やエトランゼが会ったら、間違いなく驚く相手なのは違いない」
アビスだけは剣の勇者の正体を知っている。
魔神。
かつて20人居た、生まれたばかりの魔王を、恐怖のどん底まで叩き落とした、子猫の皮を被った怪物。
そう、そうだ。
アビスは、魔神が育つのを待っている。
餌にするのは、自分と同じ支配者階級の魔王達。
別に魔王同士は仲間と言う訳でも、友人な訳でもない。
だからこそ、生贄に捧げるような真似をしても心は欠片も痛まない。「死ぬのは、弱い奴が悪い」と言う弱肉強食の精神が魔族のルールだからでもある。
そもそも、別にアビスが裏で魔王と魔神が戦うように手引きしたりしている訳ではない。強者を食おうとするのは、強者になろうとする者の当たり前の行動だ。
そして、剣の勇者―――魔神の卵は、アビスとの再戦までに強くならなければならない理由がある。
アビスはただ、魔神の卵のケツに火をつけただけで、それ以上の事は何もしていない。あらゆる事象は、「なるようになった」だけだ。
「ふーん」
デイトナの食事の手が止まる。
それ程に興味を引かれた。
戦うつもりはなくても、1度くらいは剣の勇者を見たい欲求に駆られる。
「そこまで言うなら、僕も1度剣の勇者に会って来ようかな?」
「止めとけ。お前が行けば戦闘は必至だ」
「僕が勝てない相手って事?」
「逆だ。お前が戦えば、間違いなく瞬殺しちまう。それじゃ面白くない。そうだな……? 後2、3匹魔王を食った頃まで待てよ。そうすれば、多少は歯応えも出るだろう」
「ふーん……。ま、良いけどね」
黙々と料理を口に運ぶ作業に戻ったデイトナを見て、アビスはもう1度笑う。
もし、もしも、万が一……いや、億が一、兆が一に魔神の卵がデイトナを退けるだけの力を手にする事が出来たのなら……
(その時こそ、俺様と貴様の再戦の時だ……!! なあ、魔神よ!!)
7章 終わり
おまけ
7章終了時点のステータス
名前:ブラウン
種族:猫(雑種)
身体能力値:16(+2770)
魔力:6(+4222)
収集アイテム数:190種
魔法数:30種
天術数:21種
特性数:6種
魔眼:4種
装備特性:【魔王 Lv.32】
【魔族 Lv.922】
魔王スキル:【全は一、一は全】
マスタースキル:【収集者】
派生スキル:【ショットブースト】【隠形】【バードアイ】【制限解除】【仮想体】【毒無効】【アクセルブレス】【自己修復】【属性変化】【エレメントブースト】【妖精の耳】【空間機動】
ジョブ適正:魔王、暗殺者、忍者、マルチウェポン、ヴァンガード(適正値順上位5つ)
ついでに、気が向いたので死んだ魔王のステータス②です。
名前:バジェット=L・ウェイル・ユラー
種族:メタルゴーレム
身体能力値:1006
魔力:420
魔法数:21種
特性数:2種
魔眼:-
装備特性:【魔王 Lv.10】
魔王スキル:【六乗結界】
マスタースキル:【フルメタル】
派生スキル:【金剛力】【ディフェンスブースター】【全属性耐性】【物理ダメージ軽減】
ジョブ適正:シールドナイト、マルチウェポン、重装歩兵、支援魔導師、ジェネラル(適正値順上位5つ)
主人公が戦う2番目の魔王。
相討ちのような形で瀕死になったアドレアス戦から一転、本気で強くなる覚悟をした主人公の成長を見せる為の、言うところの“咬ませ犬”。
スキル構成が完全に防御主体の為、パーティーを組んで動くなら間違いなくタンク役。ただし、本人がビビりな為、結構簡単に戦線が崩れる。
魔力が低く、攻撃系のスキルが【金剛力】くらいしかない為、基本は近接での殴り合いをするしかない。とは言え、根がビビりで近接戦を怖がる為、戦いでは魔王スキルの【六乗結界】頼りになりがち。
13人の魔王の中では、間違いなく最弱の魔王。




