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7-35 悪魔は去り……

 グラムエンド。

 ほぼ全員が七色教教徒である街。

 その街中にある巨大な教会、ヴァリィエンス教会。

 本来ならば存在する事の無かった、秘密の地下通路の奥。


 ベリアルが密かに作らせた部屋。

 部屋の奥に置かれた巨大な―――機能の停止した―――何かの装置。

 天井に、荒々しく開いた小さな穴から、キラキラとした太陽の光がスポットライトのように降り注ぐ。


 アザリア達はその部屋に踏み込む。

 教会前広場は完全に抑えた。

 教会内も静まり返り、「誰も居ない」と錯覚してしまう程だった。実際には、【悪魔】の特性を持っていない教徒達が、暴風のように地下へと走り去った剣の勇者を恐れて、各々の部屋の片隅で震えていたのだが……そんな事情はアザリア達の知った事ではない。

 起き上がった双子―――双剣の勇者たる姉妹に導かれるまま地下通路へと走り、そのまま部屋に突入した。

 部屋の中には悪魔の姿は無く、仲間全員を苦しめていた“気持ち悪さ”と圧倒的な“不快感”も無い。

 つまり、この部屋には悪魔は居ない、と言う事だ。

 居たのは2人―――正確には2人と1匹。

 部屋の壁際に寄って何かをしていた黄金の鎧纏う剣の勇者、そして、そのペットである若干目つきの悪い子猫。

 部屋の反対側には、床に寝かせられていた教父。


 戦いは既に終わっていた。


 悪魔が居なくて、残っているのは剣の勇者。

 つまり、あの魔王の如き気配を纏って居た教父を、剣の勇者が鎮めたと言う事だ。

 教父と悪魔の関係は不明だが、生きているのなら、事情は後で聞けば良い。

 それよりも問題なのは―――


「兄様、大丈夫ですか!!」


 剣の勇者の事だった。

 腹には太い槍で貫かれたように、穴が開いて居る。

 普通の人間なら、即死していてもおかしくない程の傷だ。その上、血が出た形跡が無いと言うのがアザリアを更に焦らせる。

 あんな大傷で血が出ないなんて事は有り得ない、だからこそ焦る。


(もしかして、何か未知の力!? でも、あんな傷を負っていたら、命に関わるのは間違いない!!)


 アザリアに声をかけられて安心したのか、剣の勇者が膝を突く。


(ダメ、ダメ! 安心しちゃダメです兄様!!)


 心の中で必死に叫ぶ。

 戦場では、緊張感やアドレナリンの力で命を辛うじて繋いでいた戦士が、終わった途端に安心して血が噴き出して死ぬなんて事が日常茶飯事だ。

 アザリアも、そんな仲間の姿を何人も見て来た。

 だからこそ急ぐ。


(早く、速く! 治癒術で―――でも、私の治癒術程度で、どれだけ回復出来るか……それに未知の力で負った傷だったら……)


 思考がグチャグチャと脳内で掻き回される。

 1秒でも早く助けなければならない事は分かっているのに、冷静さが戻って来ない。

 それもその筈だ。

 剣の勇者は、アザリアにとって完璧で、完全で、最高で、最強の存在なのだ。

 その“彼”が、大傷を負って膝を突いた。

 そんな姿を想像した事すらなかったのだから、アザリアの焦りは当たり前だった。

 腹に穴が開いて、今まで生きていたのが不思議なくらいで、いつ事切れたっておかしくない。


 それなのに―――剣の勇者は指差した。


 迷い無い、真っ直ぐな腕と指の動き。

 何を指差したのかと、アザリアのみならず、剣の勇者を助けようと走っていた皆の視線が、指の先を追って部屋の反対側を見る。


 倒れている教父が、其処に居た。


 ああ、そうだった。

 アザリアも、皆も、誰もが知っていた。

 彼こそが、本物の“勇者”なのだと。


(自分を助ける暇があるなら、教父を助けろって言って居るんですか!!)


 自分は死にそうな傷を負っているのに。

 相手は、街を、世界を闇に包もうとしていた、悪の元凶なのに。

 それでも。

 それでも、救える命を救わずには居られない。

 そうだ、勇者だから。

 否、そうではない。

 自身の死を目の前にしても、尚、人を助けようとする。その献身と犠牲の心を、人はこう呼ぶのだ。


――― 優しさ、と。


 剣の勇者は誰より優しい人だ。

 「勇者だから」では無い。彼自身が、彼の根底に“それ”が有るからこそ、こんな行動が出来るのだ。

 それは理解出来る。

 理解出来るが、今は重症の剣の勇者の方を優先だ。

 もしも剣の勇者に何かあれば、それこそ人類は終わりだ。

 今や剣の勇者は、世界規模での希望その物だ。なにがあっても、護らなければならない。


 剣の勇者を助ける為にバッと振り返る。

 しかし、どこにも、あの象徴的な黄金の姿は無かった。


「兄様?」


 転移魔法だ。とすぐさま気付く。

 剣の勇者は半魔だ。そして、自分達とは桁外れの魔力を持っている。

 それ故に、難易度が最高レベルの転移の術式すら当たり前のように使えてしまう。

 いつもなら感心する部分だが、今回に限っては、その才能を恨みたくなった。


(兄様……! きっと、自分の事を気にさせない為に、どこかに転移してこの場を離れたんだ……あんな重傷なのに!)


 自分の事よりも、人の事ばかり心配する、あの金鎧の兄に全力で叫びたかった。

 「もっと、自分を大切にしろ!」と。

 どれだけの犠牲が出ようとも、剣の勇者だけは生きて居なければならない。それだけの価値と意味が、その命には宿っている。

 歯噛みする。

 偉大な兄に追い付く為に、アザリアだって血が滲む程の努力を続けている。それなのに、結局助けになる事が出来ない。どれだけ全速力で追いかけても、それ以上の速度で剣の勇者は前を走って行く。

 いや、落ち込んでる場合ではない。

 反省も後悔も、全部後回しだ。

 今は、まだ、やるべき事がある。やれる事がある。


 小走りに、倒れたままの教父の元へ向かう。


「お父さん!」「お父さん…!」


 倒れている教父に、縋りついていた双子が、近付いて来たアザリアに気付いて振り返る。


「どいてくれますか?」


 少し強い口調。

 双子が自分達に剣を向けた事も、教父と悪魔が繋がっていた事も、アザリアは何も許していない。

 そんな敵意を敏感に感じ取ったのか、双子が教父を庇うように立ち塞がる。


「やめて」「お父さんを殺さないで」


 何やら誤解されているらしい。


(そんなに怖い顔してないでしょう……!)


 心の中で愚痴りながら、一応優しく返す。


「ご心配なく。教父は兄様がちゃんと気払いしましたから、大丈夫ですよ。これ以上傷付ける必要は有りません」


 双子はそれでも、どこうとはしない。

 「そんなに信用されないかしら……」とアザリアが若干ダメージを受ける。


「ブラン……ノワール……大丈夫だ」


 教父が、重い息を吐きながら言うと、心配そうに教父を見ながら双子が道を開ける。


「杖の勇者殿……ですか? このような、姿で、失礼します……」

「いいえ、お気になさらず。色々お聞きしたいですが、それは貴方の体力が戻ってからにしましょう」


 言うと、極光の杖の先を、倒れている教父に向けて治癒術と治療術式を同時にかける。

 と言っても、元々傷らしい傷も無かったので、副次効果の体力を回復させる為にかけているだけだ。


「教父カヴェル。貴方のした事は許される事ではありません」

「分かっています……」

「ですが、そんな貴方を助けようと、必死になった者達がいた事も、事実ですから」

「はい……勿体ない事です……」


 そう言って、教父は身を任せるように静かに目を閉じる。

 その閉じた瞳からは、大粒の涙が絶え間なく流れていた―――。



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