7-2 槍の勇者は杖の勇者と話す
名乗ったバルトに対し、アザリア達が神器から視線を移して、バルトの瞳に向く。
鮮やかな赤い色。
普通の人間では、カラーコンタクトでもしない限りなる事のない色。
半魔の証である―――赤い目。
半魔である事は、目を隠さない限り隠す事は出来ない。
それをしないのは、バルトが自身が「半魔である」事を受け入れているからだ。
例え嫌われようと、怖がられようと、忌みされようが、本当の自分の姿を晒し続けると言う……俺とは真逆の覚悟。
もし、それを差別すると言うのなら、俺は容赦なくアザリア達であろうが―――ぶん殴る。
何故って、一応肩書上は師匠ですから。
それに、俺自身バルトの事が妙に気に入っている。それこそ、俺と真逆の精神だからかな? バルトの真っ正直なところを好ましいと思っているのは、そのせいかもしれない。
ま、良いか。
とりあえず、アザリア達が半魔を……バルトを否定する素振りを見せたら、俺は飛びかかるって事で。
………まぁ、そんな必要無いとは思ってるけどね?
「半魔の方なんですね?」
「は、はい。僕、半魔、です」
アザリアの問い掛けに、少しだけ怯えるような顔をするバルトの肩を、ぺシッと軽く叩きに行きたい衝動に駆られる。
お前は、背筋伸ばして、前だけ向いてりゃええんじゃボケ。
「そうでしたか。では、兄様のお友達の方なんですね」
「友達、違う、ます。僕、師しょ……、剣の勇者、様、の、弟子、です」
「弟子!?」「弟子なの!?」「じゃあ、もしかして、剣の勇者並みに強いとか?」「有り得そうで怖い……」「いや、だって剣の勇者も半魔でしょ!?」「……って言うか、槍の勇者の周りで光ってるキラキラしたのは何だ……?」
色々言われているが、半魔に対しての忌避する視線や言葉は一切無い。
まあ、半魔の前例として俺がいたから、この反応は予想通りだけど。
「あの、半魔、怖く、無い、ですか?」
「ああ、その話ですか? 大丈夫ですよ、私達はその辺り気にしていないので。そもそも、半魔を排斥する流れは魔族達が意図的に吹聴して回った事が原因ですから、旅しながら生活していた私達は、元々それ程忌避感は有りませんから」
バルトが警戒心を解いてホッとしている。
それを見て、アザリア達は視線をバルトの横……金色の鎧を纏った【仮想体】に移す。
「それに、半魔が悪い人でも、怖い人でもないって、証明した人が居ますからね?」
そう言って、優しい目で猫を見て撫でる。
うん、やっぱり俺と言う“前置き”が有ったお陰で大分半魔の印象が違うらしい。
この調子で、半魔を排斥する流れが切れてくれたら言う事無しなんだが……まあ、それには、このクソッ垂れな排斥の流れが出来たのと、同じくらいの時間が必要だろう。
……あと、どうでも良いけどアザリアの奴の“猫撫でスキル”がかなりレベルアップしている気がする。
猫可愛がりは勘弁してほしいが、こうして優しく撫でられるのは悪くない。
まあ……アザリアのスキル上達の陰で、クルガの町の黒猫や傷猫達がどんな目にあってたのかと考えると……まあ、アレだけども。
ご愁傷様です。
今度行く時には、良い感じの肉でも買って行ってやろう。
「ですから、私達の前では、半魔である事に後ろめたさを感じる必要はありません」
「はい……有難うございます」
年下に言われて、涙目で感動すんなっつうに……。
どうせ―――そのうち、その反応が日常になるっつうの。
「むしろ、半魔の仲間が居てくれる事に頼もしさすら感じてますよ、私は。それに加えて兄様の弟子だと言うなら尚の事です」
弟子つっても、今のところ何も教えてねえけどな。
完全に肩書だけの師匠ですけどね……。
で、話の本題。
「ここからは本題です」
あら、アザリアも同じ事言ってるわ。
流石兄妹設定。
「兄様の事ですから、適当に騒ぎでも起こして逃げて来るとは思ってましたけど、ちゃんと猫にゃんを連れて脱出した事については、正直褒める言葉しかありません」
え? 何? 「適当に騒ぎを起こす」って、その微妙なニュアンス傷付くんですけど……まあ、実際にそうやって脱出したけど。
そしてコイツは、剣の勇者に対して、猫の扱いが丁寧過ぎない? 猫好きってこんな人種でしたっけ?
アザリアの猫好きは、もはや病気のレベルな気がするの……。
「それで―――猫にゃんが無事だったと言う事で……」
「お嬢、一応ここは『剣の勇者が無事だった』って言うところ」
「はい。兄様が無事だったと言う事で」
言い直した。
いや、別に剣の勇者は実在の人物じゃないから良いんだけどね? むしろ猫が大事にされて、悪い気はしないし。
「とりあえず、聖教会アヴァレリアに踏み込むのは止めましょう」
皆の空気が「元々正面突破なんて考えてないけどな」と言っているが、アザリアはその全てを無視して話を進める。
………バルトにも、これくらいの図太さが有ればなぁ……等と図太い神経の人の手の中で思う。
「教会は何やら騒がしいようですし、一旦離れて七色教の御膝元……グラムエンドまで退きましょう」
グラムエンド……何処よ? 七色教の御膝元って肩書な時点で、そうとう宗教臭い場所だって事は分かるけど。
できれば、そう言う場所は勘弁願いたい……。
居心地悪い場所に居るのは、猫としてどうなのかと思うの。
「ともかく、移動しましょう。此処に居ると、七色教の人達に見つかるかも知れませんから」
「ミャァ……」
「猫にゃんも私の意見に賛成だよね?」
そうじゃなくて……多分、もうとっくの昔に見つかってる。
七色教の連中が手を出してこないのは、多分相手が“勇者”だって気付いてるからだ。下手に突いて痛い目なんて、相手だって嫌だろうし。
それに、ここで攻撃の1つでも飛んできたら、コチラが教会に踏み込む格好の理由になってしまう。
それじゃなくても、相手は俺が脱出した時に地下室爆破して来たから、それどころじゃねえだろうしな。
そう言う意味じゃ、俺の証拠隠滅強制爆破は無駄じゃなかったって事だな、うん。
あれ? そう言えば俺が閉じ込められてた倉庫に放り込んで来たクソビッチの奴はどうなったのかしら?
あの爆破の影響で死んでたりしてないかしら? ……まあ、正直死んてたら死んでたで別に構いやしねぇけどもさ。
生きてたとしても、神器は奪ってあるし、召喚による“二重スキル持ち”だって点を鑑みても、今のあのビッチなら、放って置いても問題無い。
とすると、俺の狙いは双剣の神器を持つ双子、それと洗脳スキルを持ってる教父爺だ。
少なくとも、その誰もこの網走教会には居ない……であれば、俺もここには用は無い。
移動する事には文句ない………のだが、いい加減放して欲しい。
「ミャ、ミィミャ!」
手の中でジタバタしてみる。
放す気配は一切無い。
それどころか、ホールドが強まって身動き出来なくなる……。
「猫にゃん、めっ!」
「ミィ……」
俺が弟子に「ちょっと助けて」と視線で抗議すると、バルトは優しい笑顔でそっと視線を逸らしやがった。
この野郎!! 俺だって好きで抱っこされてる訳じゃないんだからね!!




