6-13 猫は槍の勇者と歩く
歩いて十数分。
俺は、バルトの肩に乗って、ボロ小屋の前に居た。
ちなみに【仮想体】は、目立つ上に若干邪魔なので収集箱に仕舞ってある。まあ、目立つって言っても、この霧の中じゃ人に見られないだろうけども……。
霧に包まれた森の中を歩くのは、慣れてない【仮想体】よりも、バルトに任せてしまった方が安全で早いしな?
それに何より、この霧を発生させているのが精霊らしく、バルトが行く方向の霧だけが晴れる。俺が勝手に動こうとしても、精霊はガン無視ですしね……。
バルトに引っ付いて居れば、少なくても霧の中に放り込まれる心配は無い。
で、だ。
何、このボロ小屋?
俺、「とりあえずバルトの家に連れてって」って言ったつもりだったんだけども……。
まさかとは思うが、この今にも崩壊しそうなボロ小屋が家ですって展開じゃないよね?
「(……なぁ、まさかとは思うが、ここがお前の家とかじゃないよな?)」
「え? そうです、ここ、僕、家、です」
まさかが、まさかの大当たり!?
……マジか……こんな場所でまともな生活おくれているのか……? これなら、そこらの布で作ったテントとかの方が、まだ住み心地が良いんじゃないだろうか?
「(あー……なんて言うか、ちゃんと生活出来てるか……?)」
一応気を使ってそれなりに言葉を選んでみた。
「大丈夫、です。精霊、皆、手伝い、くれます」
そうなのか……。精霊が何やかんやしてくれてるから大丈夫なのか……。
いや、大丈夫じゃねえだろ。
これはアレじゃない? 子供の頃から、こう言う場所で生活してたから、こう言う場所で暮らすのが当たり前になってる……って奴じゃない?
半魔の異常なまでの迫害を考えれば、無い話しじゃねえよなぁ……。あんまり突っ込まない方が良いなコレ。
とりあえずで家に来てしまったが、特にここでする事もねえな……。
おっと、そう言えば、教会の連中が霧の向こうに村だか町だか在るって話をしてたな? ゲームのお決まりとしては、こう言う隠れ里的な場所の村には、異常に独自発達した凶悪な武器とか防具が有るってのがお決まりだし、ちょっと興味ある。
「(なあ、近くに村とか町とか在るか?)」
バルトの顔が強張る。
答える事に怯えるように、視線が肩に乗っている俺の周りをウロウロする。
「(いや、そんなに困惑されても困るんだが……何かあるのか?)」
俺の言葉に、少し迷う素振りを見せてから呟くように話す。
「……僕、村、の、人、とても、嫌われる、です」
ああ、半魔だから村人と距離があるってか?
だから村から離れた所に住んでて、家もこんなボロなのか……。
よし、名ばかりの「師匠」だが、一応文句の1つでも言いに行くか? そして、あわよくば慰謝料としてレアアイテムを吐き出させよう。バルトはレアアイテムに興味無さそうだから、それは俺が「師匠」として全部貰―――管理するとして、うん、中々良いプランじゃなかろうか?
「(良し、その村に行こう)」
「え!? ……僕、村、怖い、です」
……そりゃ、自分を全否定するような扱いを受けてたら、人間が怖くなるのは当たり前か……。
でも、これから勇者となるのなら、多くの人間との関わり合うのは逃れられない。アザリアに押し付―――紹介するにしたって、心に「人間怖い」が根を張ってるのは宜しく無い。
人間への恐怖心を、ここで少しでも払拭できたら良いんだけど……そんなに浅い問題じゃねえよなぁ、コレ。
「(心配すんな。お前が村人を怖がる理由は……まあ、何となく分かる。けど、お前が怖がる必要なんて何も無い。だって、お前は何も悪くないし、悪意を向けられるような事もしてないんだろ?)」
「はい、多分、です」
「(だったら、胸張っとけ。何言われても、石投げられても、“そんな物知るか”って顔してろ)」
そんな俺の言葉をジッと見つめながら聞いて居たバルトは、強く頷く。
「師匠、やっぱり、とても、強い、人。とても、尊敬、です」
言う程大層な事は言ってないけどな?
俺だって、子供の頃に何やかんやで少しイジメのような事をされた事がある。そんな時に父さんが言ってくれた事を、そのまま伝えただけだ。
「(大丈夫だ。何かあった時は俺が村人連中に文句言ってやる)」
言葉通じないから物理で文句言う事になるだろうけど。
……人間死なない程度に手加減できるかな……? 子猫を撫でるくらいの力でやれば良いのか? いや、子猫の俺が「子猫を撫でる力」とか言うと色々混乱するけど。
俺の言葉にもう一度頷くと、少しだけ緊張の和らいだ顔で小屋に背を向けて歩き出す。まるで、それを応援するように精霊の光が周囲を舞う。
歩いている時間は暇なので、世間話程度の感じで話を振ってみる。
「(そう言えば、バルトは精霊と話が出来るのか?)」
俺にはまったく精霊の言葉は分からないが、バルトは普通に意思疎通をしているように見える。
「はい、僕、生まれた、時、神様、祝福、くれました」
生まれた時の神様の祝福……生まれ持った才能って奴か。
レティみたいな、色んな物と意思疎通出来る系のスキルかしら?
「【精霊の心】、言う、力、です。精霊、と、仲良し、なれる、力、です」
ほぉ。
精霊たらがどんな物か分からないが、こうして迷いの森を―――うん? この森を“迷いの森”にしてるのは、この霧のせい? で、この霧を作ってるのは精霊?
「(なあ、もしかしてこの霧って、お前が精霊に作らせてる?)」
だとすれば、この森を魔物や魔族の手から守っているのはバルトって事じゃない?
「いえ、霧、ずっと前、から、精霊、作る、ました。僕、霧、濃く、してくれる、頼む、ました」
「(濃く? なんで?)」
「僕、村の皆、外、から、来た、です。だから、魔族、魔物、から、皆、守る、霧、濃くした、です」
成程……外から来たって事は、まず間違いなく、魔族の支配から逃れる為に町を出て来たって連中だろう。
そういう連中を護る為に、霧を濃くして魔族達が侵入してこれないようにしてるってか。
………コイツ、村の連中に迫害されてる身分なのに、そいつらを護る為に力を尽くしてるのか……お人好しっつうか、なんつうか。
呆れ半分で訊いてみた。
「(お前さあ、人間怖いんだろ? だったら村の人間の事なんか放っておけば良いじゃなええか)」
すると、バルトは迷い無く、真っ直ぐに俺の目を見て答えを返した。
「だって、村の人、悪くない。皆、傷付く、とても、悲しい。だから、僕、村、人、護る」
根っからのお人好しかいコイツ。
だけど―――こう言う、根っからのお人好しが居るからこそ、人間ってのは自分も善であろうって思う事が出来るんだろう。
ああ、もう……!
こう言う善性全開の奴と一緒に居ると、自分の悪寄りの立ち位置に溜息が出る。
別に、今の自分が悪いと思う訳じゃない。
俺だって、必要に迫られてこの立ち位置を選んだんだから。
でも―――だからこそ、なのかな? コイツの“お人好し”が眩しくなる。
「師匠?」
「(いや、なんでもねえ)」
自己嫌悪は横に置いておこう。
今までの自分を悔いたところで何かが変わる訳でも無し。
俺はこれからも立ち位置変えるつもりはないし、変える事も出来ない。




