6-8 クウェル森林
夜―――。
未だ俺はジャハルの若干ボロの王族の仮屋敷に居る。
俺としてはさっさと帝国のなんたら森林に行きたいのだが、レティが泣いて嫌がるものだから、仕方なく出発は明日にした。
………いや、別に、決してメイドさんの殺意の目に脅かされて出発を延期した訳ではない。ええ、まったく、ちっともそんな事はない………うん、本当よ? 若干ちびりそうになったりなんかしてないんだからね?
まあ、でも、休養日が出来たと思えば結果的に悪くなかった。
久々にゆっくり出来た―――まあ、散々倉庫の中でゴロゴロはしてたけど……。
アレですよ。自室でゴロゴロするのと、職場の仮眠室で横になる事の違いみたいなもんですよ。
どっちも横にはなってるけど、安心度の違いが決定的に違う……的な? そんな感じよ。
ともかく、そんな感じで1日を過ごし、「さあ寝るぞー」と俺の寝床であるバスケットに入る。
「(お休みレティ)」
ベッドに入ろうとしていた寝間着姿のレティ(一応言っておくが着替えの時は部屋の外に出てた)に、お休みを言って丸くなろうとすると。
「ブラウン、一緒に寝ましょう?」
「(御断る)」
とりあえず、どんな言葉でも“御”を付ければ丁寧語っぽくなると思っているのが俺だ。
そんな感じで即答すると、「よいせっ」とバスケットの中で丸くなって目を閉じる。
久々の自分の寝床だ。
今日は安眠できそう。まあ、近頃の俺は、どこだろうがグッスリ寝るんだが……。
心の中で自身にお休みする。
静かな眠気が、漣のように寄せては返す。
ウトウトしだした頃、急に抱き上げられる。
「(ん?)」
抱き上げたのは、一々確認するまでも無くレティ。まあ、この部屋俺達2人なんだから当たり前。
俺を抱き上げたレティは、睡眠の邪魔をされた俺の抗議を聞く間も無くトトッと小走りにベッドに戻って毛布の中に潜り込む。
「(……ちょい、レティ……)」
毛布の中で、小さな両手に包まれながら抗議する。
「御断る」つったじゃんよぉ……。
「お休みなさい、ブラウン」
言うと、俺を胸に抱くようにして目を閉じる。
……この子このまま寝る気かしら? 子豚の時ならまだしも、少女の姿に戻った今の状況で俺と寝るのはまずくないかい?
……まあ、レティにしてみれば俺はただの子猫なんだろうけど、コッチとしては困るんだけども……。
「(レティ)」
「お願い……今日は一緒に寝て下さい」
……そう言う寂しそうな声は卑怯じゃん……。
レティとしては、数少ない友達がようやく帰って来て嬉しくて、離れるのが寂しいって事なんだろう。
……ったく、わがまま姫め……。
近頃気付いたが、どうにも俺はこの子に弱いらしい……。
「(今日だけな)」
「……です」
少女の小さな両手の中で目を閉じる。
まあ……ここはここで寝心地が良いかもしれない。
「(お休みレティ)」
「お休みなさい、ブラウン」
最後にキュゥっと抱きしめられ、心地良い暖かさに包まれたながら眠りの海に漕ぎだした。
* * *
明けて朝方―――。
まだ陽が低い。
夜が明けたばかりかな?
レティは未だにスヤスヤと夢の中。
……今のうちに行くか? 起きてる時に行くと、また泣かれそうだし。
小さな手の中からスルッと抜ける。
起きてない……よな?
何も言わずに行くのは気が引けるけども……まあ、あんまりノンビリしてると、勇者候補に七色教が接触しちまうかもしれないしな?
「行って来ます」と軽くレティの手に額を擦り付ける。
ヒョイッとベッドから降りる。
よっし、そんじゃあ―――どーこーでー●ドアー!
うしっ、心の中での青い狸ごっこは結構楽しいかもしれない。
馬鹿な事を考えながら、収集箱から“どこでも●ア”こと転移門を取り出す。
どこにでもある木の扉が目の前に置かれる。って言うか置いた。
さてさて、これを使って移動するのは良いんだが……これ、どうやって行き先指定すりゃ良いのかしら?
本家のどこでもド●のように、イメージ読み取ってくれるなんて便利機能はねえよな?
とりあえず扉に触れてみる。
扉の上部でボンヤリと地図らしき物が浮かび上がる。
【仮想体】に籠手をつけ、その籠手に飛び乗って地図の浮かび上がった高さまで上がる。
地図……本当にこれ地図か? 子供の落書きみたいになってんだけど?
ぼんやり国の形が分かるかなぁ……? ってレベル。
……まあ、ともかく、その子供の落書き地図の中で、蛍の光のように小さな光が灯っている場所が複数ある。
転移門の説明書きによれば、何か魔力濃度? の濃い場所でなければ開けない……的な事が書いてあった。
って事は、この光ってる場所がその場所なのかしら?
ええっと……ここが多分国境線だからぁ……ここら辺で良いのか?
光の1つをタッチすると、扉が独りでにガチャッと鍵を開け、半開きの状態になる。
これでええんかいのぅ?
とにかく入ってみるか? 出た先が溶岩の中でもない限りは、【転移魔法】で即逃げられるしね。
【仮想体】を戻して、猫の身1つで扉を潜る。
一瞬微かな浮遊感。
そして、次の瞬間には、森の中に立っていた。
「ミャァ……」
おお……。
【転移魔法】でパッと移動するのは毎度やっているけど、MPの消費も無しに一瞬で移動できるってのは凄いな……。
ど●でもドアは当たりアイテムだな。一家に一台転移門ってね。
転移門の扉を閉めて収集箱に戻す。
で、だ。
森の中。
歩き慣れた、苔と土の感触に少し安堵する自分にちょっと笑ってしまう。
坂になってるって事は、山なのかな?
位置的に、目的地に近い事は確かな筈だが、降りた先なのか登った先なのかが分からんな……。
とりあえず頂上目指してみるか?
上から見たら位置分かるだろうし。
【仮想体】に木の盾を持たせ、それを上向きに構えさせる。そしてその上にゲットライド。
見えない体がトコトコと苦も無く山道を登って行く。
こう言う時【仮想体】は便利だよねぇ。鎧装備させなきゃ身軽だし、歩いていて脚をとられる心配も無いし、滑り落ちるなんて事も無い。
流石に山登る時に、猫が乗るのが金属鎧だとしんどいから木の盾にしたけど、大正解だな? 振動も無いし、金属のように冷たくないし、金属に比べれば格段に柔らかいし。乗り物としてはかなり優秀じゃないだろうか? ……まあ、人が居る所では絶対出来ないけど。
特に問題無く頂上らしき場所に到着。
まあ、魔物も動物も俺の【魔王】の気配にビビって近付いて来ないし、歩くだけなら【仮想体】が問題無く踏破してくれるしな?
背後を見れば、街道と関所の砦が見えた。
って事は―――前を見る。
険しい山々に囲まれた巨大な森林が広がっていた。
しかし、その姿は霧によって隠され、どれ程の規模なのかは正確には分からない。敢えて言葉にすれば「無茶苦茶広い」だ。
なるほど、ここは確かに“迷いの森”っぽさで溢れている。
広さと、それを覆う霧と、それを囲む巨大で壮大な山々。
どっかの冒険者が好きそうな場所だこと……。
さってさて、このクソ広くて見通し悪そうな森の中に“勇者候補”が居るってか?
1度中に入ってみない事には何とも言えんなぁ。
レティの話によれば命の危険は無さそうだし。
行ってみますかね!
【仮想体】が滑るように山を駆け下りて行く。
誰も―――猫である彼も知らない。
この森の中に、魔王を凌駕する怪物が眠っているなんて―――……。




