5-30 勇者たちは対峙する
ダンスホールを後にして外廊下に出る。
良い感じの涼しい風が通り抜けて、死闘で疲れた体を撫でて行く。
生きてるって感じがするわぁ……。
どうせ城の中に居た魔族は【審判の雷】で全滅してんだ。俺を狙って来る敵は、もうここには居ない。
ノンビリ行こうぜ……流石に今回は疲れた……。
体は回復したが、疲労困憊、MPは尽きる寸前。正直、今の状態じゃ並みの魔族の相手だって辛い。
って言うか【全は一、一は全】を解いた途端に、今までの疲労が一気に噴き出した気がする……体が重いし、頭がフラフラする。
ログの確認も後回しにしなきゃならないくらいに脳味噌が仕事を拒否しやがる……。
とにかく、誰か来る前に城の中を回ってみるか?
そう思って城を見上げてみると
――― 燃えていた。
「ミ?」
は?
なんか、むっさ燃えてるように見えるんですけど、俺の気のせいかしら?
窓を突き破って、至る所から炎が赤い舌をチロチロと伸ばしている気がするが……アレは、きっと、アレだな? なんかのお祭りだろう。
………いや、やっぱ燃えてんじゃん?
燃えてますよねアレ? 燃えて無いって言い訳をどれだけ考えても、メラメラと燃えてますし。2階と3階は、もう炎に完全に呑まれてますし。
え? 何? なんでこんな事になってんの?
まさかとは思うけど、俺の【審判の雷】のせいじゃないよね? いや、有り得んだろ。相手を燃やす前に消し飛ばしちまうし。燃える要素がどこにもねえ。
だとすると、別の要因……?
誰かが放火したのか?
誰が?
魔族共が自分の親玉の居城を燃やす訳はねえ。とすれば、放火犯は1人しか居ない。
――― クソビッチニューハーフだ!!
あの野郎が意図的に火を放ったのか、それとも魔族とのエンカウントで事故的に燃やす事になってしまったのか、そこまでは俺には分からない。
だが―――もし、前者であったのなら、コレ……俺の事殺しに来てない? 魔王と俺を戦わせ、城を丸ごと焼いて「魔王諸共死んでしまえ」的な奴じゃない?
……まあ、そもそも俺を魔王とぶつけた時点で殺意満点なんだけどもさ……。
いやぁ、それにしたって酷くない? 城をダメにしてでも俺にとどめ刺そうってか?
うーん、これ以上考えるのは止めておこう。まだ意図的に放火したのかどうも分からんし、もしかしたら犯人がクソビッチニューハーフじゃないかもしれんし。
ともかく、この状態の城の中に入るのは自殺行為だな?
全快の状態だったなら、水系の魔法や天術で消火しながら入って行っても良かったけど、今のMPでそれをやると、間違いなく途中でガス欠で気を失う。そうなったら、火と煙に巻かれてジ・エンドだ。
まあ、どうせ城の中にあった貴重品は、あのボケが全部持ち出した後なんだろうけど……くっそ、腹立つ。
死に物狂いで戦ったのに、手に入ったのは魔王の持っていた武具と、取り巻きのレアリティ低い雑魚武具だけじゃねえか……。
ああ、マジで腹立つ!! 絶対、いつか取り戻してやる! ……そもそも俺の物じゃないじゃんってツッコミは横にどけておく。
はぁ、落ち付け俺。
今怒ってもカロリーとエネルギーの無駄だ。
疲れてるんだから、意味無い事で余計に疲れるのは無しにしようぜ。
城の入るのがダメなら、もうここには用は無い。
さっさとケツ巻くって外に逃げよう。
ああ、ダメだ……自分の脚動かすのもシンドイ……。【仮想体】にいつもの勇者モドキ装備をさせて肩に乗る。
【仮想体】は文句の1つもなくスタスタと外を目指して走る。
ああ、なんて聞き分けの良い子なのかしら……まあ、俺がそう言う風に動かしてるんだけどね……。
ゼエゼエ言いながら燃える城の敷地内から脱出し、とりあえず来た道を辿るように侵入前に隠れていた森の中を歩く。
ああ、ダメだコレ。本当にダメな奴だコレ……。マジで今すぐ意識をオフにして寝たいくらいに体が疲れている。
これからの事はともかく、まずはどこかで一休みしよう。MPが回復したらレティの所に戻って、【ダブルハート】が使えるようになるまではノンビリ過ごそう、うん。
森の中をトコトコと歩く。
ふと、気配を感じて視線を前に向ける。
そこには、
――― 銀色の髪の双子が居た。
その2人を双子だと即座に理解出来た理由は実に単純。顔のパーツがまったく一緒だ。
パッと見では同じ顔が2つ並んでいるようにしか見えないが、良く見ると髪の分け方が逆だ。
着飾れば、そりゃもうレティにも負けない“お人形さん”みたいな可愛らしくなるのだろうが、雰囲気がどこか地味で、服装も敢えて目立たない物を選んでいるのか、女の子らしさが欠片も無い。
いや、ぶっちゃけ、そんな事はどうでも良い。
俺が限界まで疲れていて、警戒能力がガタ落ちだったのを差し引いても、目の前に来るまでこの2人の存在に気付く事が出来なかった。って事は、この2人はどっかのクソビッチのように隠密能力が高いって事だ。
それに―――目の前に立つと感じる“嫌な気配”。
ちょっと待って、この2人まさか……。
「初めまして剣の勇者」
「お初にお目にかかります剣の勇者」
見た目通りの、小鳥の跳ねるような可愛らしい声だった。
だが、挨拶もそこそこに、2人は同時に腰の剣を抜く。
髪を右分けの娘が黒い剣を、左分けの娘が白い剣を。
右構えと左構えで、お互いの背を合わせるようにして剣先をピタリと俺に向ける。
黒い剣と白い剣。
色以外は、使い手の双子のようにまったく同じ剣。
しかし―――その剣から立ち昇る青白いオーラ……ちょっと、待って、それ、まさか……。
「私達は」「双剣の勇者」
ですよねぇ。
この嫌な気配は、絶対そうだと思ったもん。
いや、待って、双剣? それって、本来は1人で使う物じゃないの? なんで2人で1人分みたいな感じで剣を分けあって使ってんの?
……って言うか、コッチが“剣の勇者”だって認識してるなら、勇者同士で一応仲間なんじゃないの? なんで出会って早々に剣向けてくんのこの2人……?
訊きたい事はいっぱいあるが、そもそも俺は喋れないと言う現実。
「私はブラン」
と、右分けの黒い剣を持つ少女が名乗った。
続いて、左分けの白い剣を持つ少女が名乗る。
「私はノワール」
え? 何?
黒い剣を持ってるのが白で、白い剣を持ってるのが黒? 分かりにくいから色と名前を統一してくれよ……。
「要件を」「言います」
「私達は、七色教会の者です」
「私達は、使いの者です」
七色教……?
何の用だろうか? 宗教の勧誘なら間に合ってますので御帰り願いたいんだが。
……まあ、コッチとしても、因縁が有ると言えば有るっちゃ有るけど……。
召喚儀式の事とか、どっかのクソビッチの事とか。
だが、疲れている今はそんな物の相手をする余裕は無いので、後日出直せバカヤロウ。
「武器を捨てて、私達に従いなさい」
「武器を捨てて、私達の言う通りにしなさい」
何? 宗教家の使いって割には、随分強引じゃねえの。
従わないのなら、手足切り落としてでも連れて行く―――そんなヤバイ感じの気配が双子からビンビン伝わって来る。
力付くも辞さないってか?
………マジで勘弁してほしい。
正直、この2人がどの程度なのかは知らないが、万全の俺なら瞬殺出来る自信がある。
だが―――世の中にはこんな話が有る。
難攻不落のダンジョンを、腕ききの一流の冒険者達が攻略し、最奥のボスを倒して財宝を持ち帰る。しかし、外に出た時は全員満身創痍。そこを狙って現れる雑魚盗賊達。冒険者一行は、いつもなら歯牙にもかけないような格下の盗賊達に皆殺しにされ、財宝を奪われました……ってね。
つまり、今の俺は魔王と言う大ボスを倒してノコノコ出て来た冒険者な訳よ。
ぶっちゃけ、今コイツ等と戦ったら多分負ける。
とすれば、逃げるしかないじゃん?
逃げようと振り返った時、そこには
――― 短剣の神器を構えたシルフが立っていた。
「双子の言う通りにしろ、剣の勇者」
狐のような細い目の奥で、色んな感情が見える。後悔、憤怒、悲しみ……だが、今の俺にはそれ以上の事は分からない。
分かっているのは―――コイツ等が全員俺の敵だって事だ。
逃げ場が無い。
コイツ等が全員グルだと言うのなら、俺がバグと戦うように仕向けられたのは、七色教会が絡んでるって事だ。
俺がバグに殺されれば良し。もし勝ったのなら、満身創痍のところを……って事か?
ああ、なんて事だろう。
俺はいつの間にか、魔王だけでなく勇者にも狙われる立場になっていたらしい。
レティごめん、帰るの少し遅くなりそうだわ。
5章 おわり
おまけ
5章終了時点のステータス
名前:ブラウン
種族:猫(雑種)
身体能力値:13(+1623)
魔力:5(+2663)
収集アイテム数:126種
魔法数:30種
天術数:14種
特性数:4種
魔眼:3種
装備特性:【魔王 Lv.18】
【魔族 Lv.863】
魔王スキル:【全は一、一は全】
マスタースキル:【収集者】
派生スキル:【ショットブースト】【隠形】【バードアイ】【制限解除】【仮想体】【毒無効】【アクセルブレス】【自己修復】【属性変化】【エレメントブースト】【妖精の耳】【空間機動】
ジョブ適正:魔王、忍者、暗殺者、マリオネッター、マルチウェポン(適正値順上位5つ)




