5-29 刃の雨
この猫の体の絶対的で、逃れる事の出来ない弱点。
それは、体の脆弱さだ。
相手が雑魚の魔族や魔物であっても、攻撃の直撃を食らえば1撃で即死する。
そんな体の脆さを俺は受け入れて居た。
天術や魔法でどれだけ補ったって、この弱点だけはどうにもならない―――と。
しかし、今、その弱点は無くなった。
バグが振った剣を、俺の―――子猫の脆弱な体がガキンッと固めの音をたてて弾き返す。
アダマンタイトだかヒヒイロカネだかをぶっ叩いたかのような感触に―――跳ね返された剣に、バグが信じられない物を目の辺りにして目を剥く。
そりゃぁ驚くさ。
誰だって、生身の猫がこんな硬さであると想像出来る訳がない。今まで普通にダメージを負わせていたと言うのなら尚の事だ。
【妖精の耳】を使わなくても、バグが混乱しているのが分かる。
――― その隙を逃さん!
バグが反応する間も与えず、トトッと近付いて青い鎧の右脛当てに触れる。
『【滄海の脛当て Lv.43】
カテゴリー:防具
サイズ:中
レアリティ:A
付与属性:水/暗黒
所持数:1/20』
『新しいアイテムがコレクトされた事により、肉体能力にボーナス(効果:中)』
ヨシ、流石に自身の鎧にまで【支配者】の効果は使ってねえな? まあ、俺の武器による波状攻撃受けてて、そんな物に支配枠を割いてる余裕なんてねえだろうけど。
「何―――!?」
ああ、そう言えば武器や防具を取り出すところは見せたが、俺の“収奪”は見せて無かったな?
俺の本領は、敵の武器や防具を奪う事にあるんだわ。
防具が剥がれて無防備になった右足。
1秒と間を置かず、俺の鉄の剣が2本そこを狙って飛んでくる。流石俺、タイミングばっちり過ぎる!!
バグが視界を素早く走らせて、右足を狙う鉄の剣を見る。
支配しようとしたのではない。ただ、向かって来る物の脅威度を確認しただけ。
向かって来たのが鉄の剣だと見るや否や視線を切って、猫に視線を固定する。
ああ、分かってる。
テメェの思考は、もういい加減読まなくても何となく分かるようになって来たからな!
鉄の剣。
Eランクの、最低辺に分類される攻撃力の武器。
魔王の肉体であれば、この程度の武器で攻撃されても然したるダメージにはならない……って考えたんだろ? だったら、その小さなダメージを避ける事より、目の前の猫の排除を優先する、ってな。
だが―――甘い!
俺は、その一手先を行く!!
さっきからチョクチョクお前が“灯の槍”を気にしているのは【妖精の耳】で思考を読んでるから知っている。
何故気にするか?
神器だから―――ではない。奴が気にしているのは、灯の槍が“超神聖属性”だからだ。
そもそも考えてみれば、対魔王の最終兵器である神器の全ては超神聖属性を持っている。それはつまり、魔王に対してその属性が有効であるからではないだろうか?
そして、相手に弱点属性が存在するのならば、俺の切るべき手札は決まっている。
『【属性変化】により、付与属性を“超神聖”に変更します』
属性の変更。
この効果は、俺の装備する全ての武器に対して発揮される。
つまり、今バグに襲いかかろうとしている60以上の、俺が支配している全ての武器の属性が変更されるって事だ。
更に―――【エレメントブースト】を発動!
“超神聖属性”を指定、その属性値を5倍にする!!
俺の支配する全ての武器が、神器の如き輝くオーラを纏う。
バグが俺に魔法を放とうと手を向ける。
次の瞬間―――
「グッ!!?」
鉄の剣が―――ただの鉄の剣が、魔王の右足を貫く。
「なん……だと!?」
相手の弱点属性付与の5倍がけ。
これだけ条件が揃えば、有象無象の聖剣や魔剣よりも、俺の“ただの鉄の剣”の方が攻撃力を上回るんだぜ!!
まあ、聖剣も魔剣も持ってねえけどな!!
バグの右足から血が噴き出す。力が抜けて倒れそうなのを何とか堪えるが、そんな悠長な間を俺が与えるとでも?
2本目の鉄の剣が、野菜でも串刺しにするように容易く魔王の脛当たりを貫く。
「ガッ―――!!?」
今のは、刺さった角度的に骨ごと逝ったんじゃん?
右足に2本の剣を刺したまま、堪え切れずに地面に手を突いて四つん這い姿勢になる。
体が地面に落ちて来てくれるのを―――待ってたぜ!!
野郎の体の下に潜り込むように移動しながら、右腕の籠手に触れる。
『【滄海の籠手 Lv.45】
カテゴリー:防具
サイズ:中
レアリティ:A
付与属性:水/暗黒
所持数:1/20』
『新しいアイテムがコレクトされた事により、肉体能力にボーナス(効果:中)』
籠手が無くなった途端に、飛んで来た超神聖属性が付与された俺の鉄の槍が手、腕、二の腕を刺し貫く。
「ぐぉああッ!!!?」
腹の下に潜り込むと、軽くジャンプして鎧に触れる。
『【滄海の鎧 Lv.40】
カテゴリー:防具
サイズ:中
レアリティ:A
付与属性:水/暗黒
所持数:1/20』
『新しいアイテムがコレクトされた事により、肉体能力にボーナス(効果:中)』
鎧が取り払われ、それを待っていたかのように―――いや、実際にその瞬間を今か今かと待ち構えていた俺の武器達が殺到する。
腹を、胸を、肩を、獣が襲いかかるように、次々に武器が突き刺さる。
「ご……ァ……!?」
バグが赤い血を吐きながら、腕と足に力が入らなくなって頭を地面につける。
その体の下から這い出た俺は、静かに頭―――兜に触れる。
『【滄海の兜 Lv.41】
カテゴリー:防具
サイズ:中
レアリティ:A
付与属性:水/暗黒
所持数:1/20』
『新しいアイテムがコレクトされた事により、肉体能力にボーナス(効果:中)』
残っているのは、左腕と左足の防具のみ。
だが、それは後から回収すれば良い。
「き……さま……、な、ぜ……これ、程……の」
なんで急に強くなったかって?
強いて言うなら、お前のお陰じゃん?
魔王スキルは戦闘経験値を積み重ねろと言っていた。であれば、コイツが俺を追い込んでくれたお陰で生まれた……と言える。
「(お前のお陰だよ、ありがとさん。御礼に、俺が貰った物をお返しするよ)」
俺がテメェから貰った物。
――― 死
飛来した剣が、バグの頭を無慈悲に貫く。
「ご……………」
頭から血と脳漿が噴き出して地面を汚す。
バグの鳥の目から、光が消えるように生気がフッと失せる。
奴の支配していた武器達が、カランッと冷たい音をたてて地面に落ちる。
これでお互いに一死だ。
条件は五分と五分。
おっと、今の内にオリハルコンの鎧一式と旭日の剣取り返しておこう。
一旦収集箱の中に戻して―――即座に出す。
鎧は俺の防御力に足され、旭日の剣は他の武器達と同じように俺の支配下に置いて空中に飛ばす。
さてさて……“黒ひげ危●一髪”状態のバグがそろそろ復活するかな。
予想した通りにバグの【ダブルハート】が発動。
バグの体に突き刺さっていた武器が勝手に抜けて空中に戻り、傷口が逆再生されて塞がる。
ゆらりと幽霊のように立ち上がると、魔王は笑った。
「ふっふ……ふはははッ! これ程とは、これ程とは!! 面白い、実にッ面白いッ!! さあ、心ゆくまで遊ぼうじゃないか!!」
遊ぶ……ね。
残念ながら、お前との遊びの時間は終わりだよ。
なんでって?
いい加減疲れたからだよ!!
今まで、この瞬間、このタイミングまで隠し続けた俺の必殺技。
何も身につけて居ない【仮想体】を、バグの目の前に出す。
「さあ! さあ! 続きをしようでは無いか!! 余が満足するまで付き合うが良い!!」
お断りだ。
【仮想体】の手が―――誰にも見えない、誰にも触れられない手が、バグの体の中に吸い込まれる。
――― 詰み手
「(じゃあな)」
「なんだ? 貴様も余と同――――」
言葉の終わりを待たず、素早く空中に漂っていた武器を全て収集箱の中に戻す。
そして、デッドエンドハート―――。
バグの体の中で―――心臓の中で魔法が起爆する。
「ァがッ!!?」
体の異変を感じた時にはもう遅い。
俺は素早く深淵のマントに包まる。
次の瞬間、
――― バグの体が爆散した。
ドンッと腹に響く衝撃と共に、バグが身に着けて居た左手の籠手と脛当てが吹き飛んで壁にめり込む。
血と肉の混じった赤黒い物が飛び散り、焼けた肉の臭いと生臭さの混じった嫌な臭いが爆風に乗って俺の鼻を突く。
衝撃がダンスホールの中で渦巻き、10秒程で爆発の衝撃が走り去ると、ビリビリとした余韻だけ俺の中に残る。
「(よっこいせっと)」
深淵のマントを仕舞う。
床も壁も、粉々と言って良い程ボロボロになっていた。
損害賠償とか言われたらどうしよう……。
まあ、アレだよ、うん。経年劣化だな、きっと。間違いない、うん、間違いないよ、うんうん。って言うか、全部鳥さんのせいだし、俺には一切関係無いし、うん。
バグが立っていた位置に目を向けると、肉片1つその場には残って居なかった。
ガジェットの時は下半身は残っていたけど、アレはアイツが防御力高かったからかな? まあ、死んだ奴の事はどうでも良いや。
厳しい相手だった。
正直、勝てたのは全面的に魔王スキルのお陰だ。
でも、ま、勝ちは勝ちだ。
良く生き残ったぞ、俺。
「ふぅ」と息を吐くと気持ちを切り替え、壁にめり込んだ若干焦げている籠手と脛当て、それにバグの持っていた魔剣やらの武器を回収し終え、ボロボロになった床を歩いて外廊下に向かう。
そう言えば、近所のスーパーで鶏ささみは特売で100g80円だったなぁ……とか、どうでも良い事を考えながら、俺はダンスホールを後にした。




