序 ある魔族屋敷での一幕
とある魔王に仕える、名前持ちの魔族の屋敷。
その廊下を見回る2人の魔族が、武器を片手に駄弁っている。
不断で有れば「警戒行動中に無駄口を叩くな!」と怒られるところだが、今はそれを言う相手が居ない。
と言うのも、現在は屋敷の主人である名前持ちが魔王の元へと行っている為、屋敷内の大抵の魔族にとってはある種の休暇のような物だ。
「おい、聞いたか? アドレアスに続き、バジェットもやられたって」
「ああ、聞いた聞いた。何でも人間の騎士団にやられたって話じゃないか。魔王つっても、勇者でも無いただの人間に後れを取るなんて、大した事ねえよなぁ?」
「まったくだ。魔王として―――いや、それ以前に魔族として恥ずかしくねえのかな?」
「いや、恥ずかしいだろ。だから死んだんじゃん?」
「ああ、なるほど!」
周囲への警戒をする事もなく2人でゲラゲラと笑う。
魔族にとっての最上位の存在である魔王。それに対する敬意は勿論この2人にも有る。
しかし、それは、魔王が勝ち続ける勝者であり、強者である場合に限り、だ。
人間に負けるような弱者を、弱肉強食を唯一のルールとする魔族が敬う筈も無い。
――― “死んだのは、負ける奴が悪い”
魔王であろうが名前持ちであろうが、負けた時点で同情する余地は一欠片も無い。
むしろ「死んで当然」と考えるのが魔族だ。
「例の剣の勇者がコッチに来てくれれば面白いんだがな?」
「ああ、アドレアスを倒した金色の鎧の騎士か? バグリース様が随分気にしておられたが……」
「なぁに、倒したって言っても所詮は10年前に魔王になったばかりの新参のアドレアスを、だろう? もし出会ったら、俺がグッチャグチャにしてやるのにな!」
「そうは言っても、バグリース様が警戒しているのは本当だぞ? 剣の勇者と言えば、歴代の魔王も手を焼いたと言うし、舐めてかかれば返り討ちに遭うんじゃないか? まあ、お前が死んだなら、その槍は俺が使ってやるから心配するな」
そう言って笑い、隣を歩く魔族が持っている槍を指さす。
その視線から隠す様に慌てて槍を自分の背にサッと隠し、そして猛烈に怒る。
「馬鹿野郎ッ!? コイツは10年前の戦争で戦果を上げて、魔王様から褒美として直々に手渡しで下賜されたんだぞ!? 冥府の底までだって持って行く! そもそも俺は勇者になんぞ負けねえから!!」
「まあまあ、怒るなって。冗談だよ冗談」
全然目が本気だった気がするが、敢えてそれは突っ込まない事にした。
「それより、今は剣の勇者より先に片付ける相手が居るだろう?」
「ああ……そうだった。いや、でも、どうせ姿見せねえしな?」
今現在、この国の魔族達は、ある1つの問題を抱えて居た。
色んな町の魔族の屋敷に忍び込み、様々な“魔道具”を盗み出す盗人の存在。
盗まれた物の中にはかなり珍しい物も含まれている上、犯人の姿を見た者達が殺されて人的資源も地味にダメージを受けて居る。
今のところはそこまで表立って騒いでいないが、これ以上続くようならば、名前持ちや魔王が直接事態に動く事になるかもしれない。
「だが、チャンスじゃないか? もし、その盗人を捕まえるなり倒すなりして、盗まれた魔道具を取り返せたら、今度は名前を賜れるのではないか?」
言われて始めてその事実に気付いたのか、目を見開きハッとして相棒の顔を見る。
「確かに……!?」
上級魔族の上を行く存在、それが名前持ち。
しかし、そこに至る為には、上位者である魔王から名を貰わなければならない。しかし10年前の戦争からこっち、評価されるような大きな仕事もなく、その機会は激減した。
そこに降って湧いたチャンスだ。
思わず涎が出そうになる。
「こうなったら、盗人を探し出すしかねえな!!」
「そうだな。まあ、相手が何処に居るかは見当も―――」
その瞬間、2人の間を風が吹き抜ける。
生温かく、それでいてやたらと鋭く、強い風。
そして
魔族の首が宙を舞った。
途端、残った胴体から血が噴き出し、廊下を真っ赤に染め上げながら床へと倒れる。
「は……? え…? な、に……が?」
事態が理解出来ない。
今の1瞬で何が起こったのかを頭が処理出来ない。
相棒の首が飛んだ事を遅まきながら理解したのは、宙を舞っていた首がゴトンッと床に落ちた音を聞いた時だった。
即座に何かに襲われた事に気付き、腰の剣を抜きながら、もう片方の手で攻撃魔法の詠唱を始める。
敵は、探すまでもなく目の前―――廊下の先に居た。
「呼ばれて飛び出て何とやら……ってね?」
女だった。
綺麗な栗毛色の髪。
どこか野性味のある顔つき。
背はそれ程大きくないが、出る所が出て居て、実に女性的なボディラインをしている。
そして、何より目に付くのは、右手に握られた
――― 緑の輝きを纏う短剣。
その短剣から滴る赤い液体が、この女が相棒の首を刎ね飛ばした犯人だと告げている。
「何者だ貴様!?」
「何者でもねえよ、ただの―――泥棒さ!」
1度軽く血払いをするや否や、女は信じられない程の加速で距離を詰めて来る。
「クッ!?」
その加速に驚きつつも、魔族の生まれ持った反応力の良さで魔法を放つ。
「【ファイアボルト】!」
炎が矢のような形になり、迫って来る女を迎撃しようと襲いかかる。
が、まるでそれを先読みしていたかのように女は跳躍してそれを回避し、壁を蹴り、三角飛びの要領で魔族に空中から斬りかかる。
が、その刃を黙って受ける程間抜けではない。
「フンっ!」
剣を片手で空中の女目掛けて振り上げる。
空中では逃げ場が無い。
殺った!
そう、魔族が勝利を確信した瞬間。
女が空中で跳ねた。
「―――は?」
まるで、羽でも生えているかのように、空中でヒョイッとジャンプして迫る剣をかわし、無防備になっている魔族の首に足を引っ掛けて、圧し掛かりながら首に短剣の刃を捻じ込む。
「ガッ……!?」
魔族が倒れて絶命したのを確認すると、女は短剣の血を拭って背腰の鞘に戻し、床に落ちて居た最初に首を落とした魔族の持っていた槍を拾う。
軽くヒュンヒュンと振ってみるが、何かが納得行かなかったのか、「ハァ……」と大きな溜息を吐く。
「この槍もハズレじゃねえか……ったく」
イラついたように頭を乱暴に掻く。
「どこに有るんだっての……。どんなに探してもねえじゃねえかよ! あのクソ坊主め、適当な情報渡しやがって……!! これ以上探す場所って言ったら、魔王の所くらいしかねえぞ……」
ふと、先程足元に転がる2人が話してた事を思い出す。
「剣の勇者……か」
その噂は彼女も聞いて居る。
だが、ツヴァルグ王国の魔王バジェットが倒されたと言う話は始めて聞く話だった。
「……使える、かな?」
剣の勇者にしても、魔王を倒した騎士団にしても、利用できる物は何でも利用するのが彼女のやり方だ。
彼女には、何を犠牲にしてでも見つけなければならない物が有るのだから。
「まあ、どっちにしても、挨拶くらいはしておくかな? 俺にも立場ってのが有るし」
そう言って、窓を開けて外に体を投げ出す。
ここは3階。
普通の人間ならば落下死してもおかしくない高さ。
だが、彼女にはそんな物関係無かった。
この国を騒がせる盗人には、1つの噂があった。
曰く―――盗人の正体は、勇者の1人である、と。




