4-34 猫は酔っ払いを叩き起こす
魔族屋敷の上階にて、俺は紫色の肌をした魔族を目の前にしていた。
この薄気味悪い紫肌が、レティ達を家畜の姿にした張本人。
で―――その落とし前をつけようかと思うのだが……
「ぐぅぅ……ヒュゥ……ぐうう」
グッスリ寝てやがる……!?
ベッドの周りには酒樽が散乱し、寝て居る魔族自身からも、鼻を塞ぎたくなる程プンプンとアルコール臭が漂って来ている。
何だこの野郎?
俺が訪ねて来たってのに……いや、とりあえずそれは良いか。親玉の魔王がぶっ殺されたってのに、昨夜はベロンベロンになるまで飲み明かしてましたってか? ちょっと正座して小一時間説教させろや。
まあ、ともかく起きてくれん事には説教もできやしない。
【仮想体】にオリハルコンの鎧一式を着せて旭日の剣を腰に下げる。
え? 勇者モドキを見せちゃって良いのかって? 良いのよ。だって、どのみちコイツ殺すし。
【仮想体】がベッドで鼾をかいている紫野郎の右足首をむんずと掴み、棒きれを振り回すように軽々と魔族の体を振り被り、廊下側の壁に頭から叩き付ける。
おいしょ、っと。
「ヘビャッ!!!?」
ゴガンッと木造の壁を突き抜けて、上半身が廊下に投げ出される。
「なっ、にゃ、何だ!?」
寝起きのきつい一発を食らって、紫野郎がようやく起床したらしい。
【仮想体】が、掴んだままの足を引っ張って上半身を部屋の中に引き戻す。
「ミャァ」
おはようございまーす。
モーニングコールでーす、起きて下さーい。あ、もう起きたのか。
「て、テメエ! 何しやがる!?」
起こしただけだボケ。
寝たまま首吹っ飛ばして、そのまま永遠の眠りに落とさなかっただけ有り難く思え。
「クソッ、放せ! 何者だテメエ、下の奴等は何してやがる!!」
全員灰も残さず焼きました。
呑気に心の中で答えて居ると、足をバタバタさせて【仮想体】の手から逃れようとする。
……このまま片足握り潰した方が、逃げる心配しなくて良いから楽じゃない? とも思ったが、疲れて頭がフニャフニャになってたせいか、力が抜けて簡単に脱出されてしまった。
拘束から抜けるや否や、バタバタと床を転がるように【仮想体】から距離をとる。
少しでも正体不明の敵から離れようとする判断はただしい。ただ、逃げ場の無い部屋の奥に足を向けたって事は、冷静さは戻ってないな?
まあ、元々頭の悪い奴かもしれないし、酒が抜けて無いってだけかもしれんけど。
寝起きの1発が効いて居るのか、フラフラと壁に手をつきながら立ち上がり、鼻血でベショベショになった顔で【仮想体】を睨む。
「俺に手を出すって事がどう言う事か分かってんのか、ぁあん? 俺は、魔王バジェット=L・ウェイル・ユラー様のお気に入りなんだぜ?」
あ、そう。もうその人は、魔王から床の染みに転職しちゃったけどね。
俺が冷めた事を思って居ると、紫が【仮想体】をもう1度観察し直して「おや?」と言う顔をする。
「黄金の鎧に……旭日の剣……!? ま、まさか、貴様! 剣の勇者か!?」
そうです。
まあ、根本的に勇者じゃねえけど。
【仮想体】が素直に「うん」と頷くと、酔って赤かった顔が一気に青褪める。
勇者が屋敷に乗り込んで来て、自分を叩き起こした理由を察したからだろう。
「ま、待て! お前の目的は分かってるぞ! 人間の王族にかかってるスキルを解除しろってんだろ!?」
スキル……。
あの呪いの正体はスキルだったのか……。
うーん……困ったな? あの姿を変える能力が手に入れば、アビスを始めとしたマジンの関係者3人から隠れやすくなると思ったんだが……。
魔法や天術は食らえば収集出来るけど、相手のスキルって収集する方法が分からないんだよな……。
うーん、収集箱のリストにはスキルのカテゴリーが有るから、何かしら収集出来る方法があるかもと思ってたけど、もしかして無理なのかなぁ? そもそもカテゴリー名称も“スキル”じゃなくて“派生スキル”だし。
魔法だったら1度食らって収集しようとか思って殺さないように起こしたんだけど、こりゃ無駄だったかな?
「だ、だ、だったら俺には手を出せない筈だぜぇ? 俺を殺しちまったら家畜になった奴等は、もう2度と元には戻れねえんだからな?」
追い込まれた三下がお決まりのように吐くセリフを言いやがる。
コイツに、人間に戻ったレティ達の姿を見せたらどんな反応をするのかとても興味があるが……残念ながら写真も動画もコッチの世界には無いからなぁ。
「へっへへ、それに、言っただろ? 俺に手を出せば魔王様が黙ってねえぞ? もしかしたら、あの家畜共を見せしめに殺しちまうかもしれねえなぁ? なあ? ほら、聞いてますか、ねえ? 勇者様よお!!」
家畜になった王族の事も、コイツの後ろ盾の魔王も、全部既に片付いてると思うと、無駄にイキってるコイツが滑稽に見えて、怒るより先に憐みの感情が先に来てしまう。
………コイツ、なんて可哀想なんだろう? 自分が崖っぷち……いや、既に崖から落ちてる事にも気付いてないなんて……。
まあ、でも、世の中には知らない方が幸せな事だってある。
無知なままで死なせてやるのが、コイツに向けるせめてもの慈悲と言う奴だろう。
「ほーら? 良いんだぜ、俺の首をとっても? でも、そうしたら―――」
【仮想体】の目の前に無防備に首を差し出して来る魔族。
なんだか、誘いに乗ってその首を斬り飛ばすのも癪だったので、とりあえず無造作に旭日の剣を突き出して、どてっ腹を貫く。
「ァがあッ!? ば、っかかテメエ!!! ゲホッ……俺をやったら、グッ……お前は終わりだって……言っただろうが」
いや、終わってるのはお前だけどな?
無駄に苦しめても仕方ないので、紫の不気味な体を蹴って剣から引き抜く。
途端、腹を貫かれたダメージで立っていられなくなった魔族が床に崩れ落ち、傷口から栓が抜かれた事で血が溢れ出て床を赤く染める。
「ァぐァア……クソ、クソッ……勇者が……はぁはぁ……絶対後悔するぞ! 貴様は、我が王によって殺されるんだ……!!」
はいはい、分かった分かった、凄い凄い。うわぁ、魔王怖いなぁ、本当。
【仮想体】が剣を逆手に持ち、紫野郎の首に剣先を向ける。
迷い無い剣先。魔族の首筋をピタリと捉え、今すぐにでもその刃を振り下ろして殺そうと言う絶対的な意思。
殺気。
それを当の魔族も感じたようで、ようやくコッチが“本気で殺しにかかっている”事に気付き、慌てたように倒れたまま降参を示す手をあげる。
「ぁ……待て、本当に待てって!! 嘘、嘘です! 全部嘘です!! ゲホッェホっ……ほ、本当は魔王なんて、どうでも良いんだ! 家畜……ぁ、いや、王達にかけたスキルも解きますから!」
必死に泣きそうな哀願の目で訴えて来る魔族。
俺が何しに来たのか察した時点でそれを言ってれば、まだ生き残れる可能性があったかもしれねえな?
けど―――追い込まれてからその手のセリフを吐く奴を、俺は信用しねえ事にしてるんだわ。
だから、
「ミ」
死ね。
【仮想体】が、静かに、魔族の首に、剣を振り下ろす。
「やめ―――」
グシャッと声が潰れ、自身の血溜まりに魔族の首が落ちる。
【仮想体】が1度剣を振って血を払い、剣を鞘に戻す。
俺も大分、黒く染まって来た気がするなぁ……? まあ、白いまま生きていける程、コッチの世界は俺に優しく無いから仕方ねえけど。
さてっと、この屋敷はどうするかな?
うーん………焼いちまうか。
こんなクソ汚い屋敷残して置いてもしょうがないし、後々調べられて俺の痕跡見つけられでもしたら、それこそ面倒臭いし。
あ、ついでだから収集箱に入れっ放しになってる魔族の死体もここで焼いちゃえ。
おっし、それが終われば今日の業務は終了だ………。
「みゃぁぁふ……」
ふぁぁあ……。
……本当に疲れた……さっさと帰って寝よう。
今後の事を考えるのは起きてからだな。今のグニャグニャの頭じゃ、まともな事考えれる気がしないし……。




