4-11 家畜の王様
馬車の目的地である、大きいが若干ボロいお屋敷に到着。
レティ曰く、今はここが彼女や元王様達の住処……と言うか軟禁場所だそうな。
時々思い出したように、慰問やら何やらと理由をつけて魔王の命令で外に連れ出されるそうだが……そりゃ、あれでしょ? ようは「その家畜の姿を人前に晒して来い」って事でしょ?
そうする事で、この国の人々に“人間の敗北”と、「お前らの首根っこは掴んでいるぞ」とアピールしている訳だ。
支配は盤石ですってか? 嫌になるね。
ここの魔王は用意周到なのか、それともただ単に性格が悪いだけなのか……まあ、多分後者だろうけど。
などと俺が1人で考えている間に馬車が止まって、屋敷から出てきた老年の執事が馬車の扉を開け、頭を下げて姫様―――“元”姫様を迎える。
「お帰りなさいませ、姫……お嬢様」
「はい、ただいまジェス」
老執事との挨拶が済むと、目力強いメイドさんが「失礼いたします」と小さく頭を下げてからレティの子豚の体を抱き上げて馬車を降りる。
っと、俺も降りないとだな。
メイドさんとレティを追って馬車から降りると、有無を言わさず老執事にヒョイッと摘まみ上げられた。
「なんですかな、この猫は?」
「ミャァ」
客です。と言ってみたところで、普通の人間に猫語が通じる訳もない。
俺が困った声で鳴くと、それに気付いたレティが慌ててメイドさんの腕の中で声をあげる。
「ジェス待って、ブラウ―――その猫さんは私のお客様なの」
「おや、そうでしたか。これは失礼いたしました」
雑に摘まみ上げられた時とは打って変わって、優しい手つきで地面に降ろされる。
流石“元”とは言え王族周り……猫相手でも結構容赦なく警戒してくんのね……とか今更ながら感心してしまう。
屋敷前に並んだ護衛の騎士達に見送られて屋敷の中に入る。
屋敷の中は外と比べれば大分綺麗だ。きっと外見より内装の方の補修に力を入れてるからだろうなぁ……。と、それはともかく、屋敷全体が若干獣臭い……。どう考えても王族が揃って家畜になってるせいだろう。
とは言え、そこにツッコミを入れるのはタブー……っつかマナー違反でしょう。
メイドさんの手から降ろされた子豚ちゃんが、ちょこちょことしか形容しようがない足の動きで廊下を歩き、その後ろを静かにゆっくりとした足取りでメイドさんと老執事が着いていく。そしてその後ろを俺も無言でちょこちょこと続く。
「ブラウンブラウン、貴方の事をお父様とお母様に紹介するんです」
「(うん、良いんじゃない?)」
言うても、あちらさんにとっての俺はただの子猫な訳だし、ぶっちゃけ紹介されても困るんじゃない……とも思わなくもない。だって、レティ以外には俺の言葉分からないらしい事が判明したし……。
ほら、メイドさんと執事の爺さんが若干微妙な顔してますし。
言ってる間に廊下を進み大きな扉の前に辿り着く。
途端に、メイドさんと老執事がギンッと人を殺しそうな眼光で俺を睨んでくる。「ここから先での失礼な態度は許さん!」と言葉以上に雄弁に言ってくる。
この人等も、俺がただの猫であればこんな態度はとらなかっただろう。だが、レティが話している事で俺が“普通”ではないと判断した……という事だろう。つまり、それだけレティの【神の門の塔】による対話力を皆が信頼しているって事だ。
まあ、実際喋れてるしな。その信頼も頷ける。
1人で納得している間に扉が開く。
部屋は広く、学校の教室一つ分くらいありそうだ。
綺麗な赤い絨毯が部屋の奥に向かって真っすぐ伸び、そして1段高くなった部屋の奥には、マントを羽織ったガッシリとした牛と、ぶかぶかなドレスを着た鶏がちょこんと佇んでいた。
……いや、予め話を聞いてるから、あれが元王様と王妃様だって事は分かってるんだけど……光景として異様過ぎじゃない……?
しかも、これに子豚のレティが加わるって、もう色々アレじゃない? いや、アレって言ったらあれだけども。
「お父様、お母様!」
牛と鶏の姿を見るや否やレティがちょこちょことした足取りを早めて部屋の中へと駆けて行く。
多分、本来の“お姫様”であればこういう行動はとらないのだろうが、まあ、今は立場的にも姿的にも非常事態(?)ですし、周りも黙認しているのだろう……と勝手に想像する。
俺も追って中に入ろうとすると、有無を言わさず老執事に手で制された。
一応ここがお城で言うところの謁見の間? とか玉座の間? とか、まあそんな感じの場所なのだろう。だから「許可なく入らないように」って事か。そういう事なら、俺も招き猫の如く座って待ちますとも。
レティが近付くと、どっしり構えていた牛と鶏が、どこかホッとしたような顔になり―――まあ、表情なんてほとんど変わんないけど―――顔を寄せ合う。
そしてレティが元気な姿を見せ終わると、早速俺の事や、帰り道で賊に襲われた事、それにそれを助けてくれた魔法剣を使う騎士の事やら色々と手短に説明していた。
レティの話の足りない部分を、メイドさんと護衛のリーダーっぽい人が2人で補足して、報告は5分程で終わった。
「ブラウン」
レティに呼ばれて、ようやく部屋の中に入る。
一瞬老執事が止めようと反応しかけたが、「ブラウン」が俺の事だと空気で理解してくれたようで、手を引いて通してくれる。
どこか堅めの絨毯を歩き、どこの誰が見ても家畜にしか見えない王族の前に立つ。
一応礼儀なので、ペコッと頭を下げる。
「(お目にかかれて光栄です陛下)」
相手には「ミャァ」としか伝わらないのは知っているが、こっちが話せる程度の知性がある事はレティが話してくれているから、それ相応の態度をとっておかないとね。
レティが俺の言った事をすかさず訳して伝えてくれる。ありがとう最強バイリンガル。
それを聞いて牛の王様がゆっくりと口を開く。
「畏まる必要はない。今は王としての冠も持たぬただの家畜に過ぎんのでな」
そう言って薄く笑う。
牛が吐いた言葉だというのに、王としての威厳は失われているようには思えなかった。聞くだけで平伏してしまいたくなるような、そう言う“上に立つ者”の声。
社長や市長レベル“上に立つ”ではない。生まれたその瞬間から、1つの国の上に立つ為に時間と努力を全てつぎ込んできた覚悟と使命を持った者―――それが王なんだ。姿が牛になった程度の事で剥がれてしまうような安物のメッキではない、本物の黄金が今俺の目の前に居る。
王様の言葉を受けて呆けていた自分に気付き、慌ててもう1度頭を下げる。
「まさか、喋る猫がこの世に居るとは驚いた……と言いたいが、それをこの姿の私達が言うとただの笑い話だな」
そうですね。とは流石に言えないですよねぇ……。
「それでお父様、ブラウンを暫くこのお屋敷に置いても良いんです? もっといっぱい話をしてみたいんです」
おっとー、俺が何か言うまでもなく渡りに船の提案。つくづく姫様ナイスでございます。
普通ならば即答で「ダメだ」のコースだが、子猫の無害で愛らしい姿だと……
「うむ。子猫1匹、魔族の方々も許して下さるだろう」
こうなる訳です。
いやー、猫の姿って変なところで便利だよねぇ。




