4-9 Lの魔王
世界を支配する魔王の1人、バジェット=L・ウェイル・ユラー。
魔王アドレアスと同じく、10年前の戦争で先代の魔王が死んで代替わりした4人のうちの1人。ただ、他の魔王と違う点があるとすれば、彼が先代の魔王の実子だという事だろうか?
魔王と名前持ちの間に、純粋な魔族として生まれた彼は、生まれた瞬間に既に上級魔族であった。
とは言え、彼が特別凄い……という事ではない。
強い魔族同士が交われば、上級魔族の赤子が生まれる事はそう珍しくないからだ。
兎角、魔王の血を引いているとなれば、むしろその程度"当たり前"だと思われてすらいる。
そして彼は己の才能に溺れた。
幼くして大きな力を持った彼は、さっさと親元を離れて各地で魔族に喧嘩を売って歩いた。
野良の魔族。
魔王の配下の上級魔族。
時には勇者と戦った事すらある。
そして彼は勝った。勝ち続けた。
誰であろうと容赦なく勝ち、そして殺した。
彼は強かった。
ただ、惜しむらしくは―――彼は幼過ぎた。
世の中には、「絶対に敵にしてはいけない化け物が居る」という事も理解出来ない程に……。
そして彼は出会ってしまった。
最強の魔王、アビス・Aに。
彼は挑んだ。
世界最強に。
己との力量差も理解せずに。
結果は語るまでもない。
一瞬で終わった。
――― 1撃だった。
何が起きたのか分からぬまま、半殺し……8割殺しにされて意識が飛んだ。
ちなみに、その時アビスがトドメを刺さなかった事について「知り合いの魔王のバカ息子だから」と語った件は彼の知るところではない。
トラウマになるほどの敗北と恐怖を刻まれた彼は、泣きつくように親元―――先代の魔王の元へと逃げ帰った。
それからの彼は、まるで別人のように大人しくなった。ただ、それでも力に対する執着は捨てきれなかったようで、先代魔王である父に師事し、メキメキとその力を伸ばしていった。
そして10年前。
人と魔族の戦争が起こり、父である先代魔王が勇者達に打ち取られ、その2日後に彼は魔王の特性を継承して次代の魔王となった。
しかし―――魔王となった彼には、大きな力を与えられる事と引き換えに、大きな闘争もない退屈で平坦な毎日がプレゼントされる事となった。
戦争前のように正面切って魔王に喧嘩を売る人間は消え、時々思い出したように反抗勢力が微妙な数と戦力を揃えて向かってくる……その程度の暇つぶししかない。
そんな彼にとって、家畜の姿に変えた元王族達は体の良い遊び道具だった。
直接痛めつけるような真似は出来ないが、あの醜い姿を人前に晒させる事は何とも言えない気持ち良さがある。
家畜の王族を見る悲しみや怒りに満ちた民衆たちの顔も、すまなそうに佇む王族達の間抜けな姿も、何もかもが楽しくて、何度やらせても腹を抱えて笑ってしまう。
そんな、小さな暇潰しを続ける退屈な日々に齎された知らせ。
――― 隣国を支配していた魔王アドレアスが、剣の勇者に討たれた。
その知らせは、バジェットにとってはどちらかと言えば吉報であった。
退屈な日々に舞い込んだ、久々に闘争に浸れそうな相手―――。
ただ、話はそんな単純ではない。
今のバジェットは、昔のような根無し草の風来坊ではないからだ。今の彼は魔王。1つの国を支配し、数百の魔族を従える魔族の王の1人なのだ。
魔王アドレアスが敗れた知らせを受け取るや否や、彼が最初にとった行動は情報規制だった。
自国内に「魔王の1人が死んだ」と言う情報を入れさせない。
もしその情報が広がれば、自国の中で燻っている元ツヴァルグ王国の家臣達がどんな動きを見せるか分かった物ではない。
直接バジェットを討伐しようと向かってくるのだったら良い。そんなものは全て捻り潰せば済む話だ。
最悪の展開は、国中に散らばっている反抗勢力が結託し一斉蜂起なんて展開になる事。いくらバジェットが強いと言っても、体は1つしかない。国中で事が起これば対処が遅れるし、もし人間共にいくつも街を奪還されるような事になれば、他の魔王達の良い笑いものだ。
まして、その時に隣国に居る“剣の勇者”を呼ばれるなんて事になったら流石に手に余る。
剣の勇者がアドレアスを倒したと言っても、話を聞く限りは辛勝だったらしいし、それであるのならばバジェットは勝てる自信があった。だが、他の事に気を割いている時にぶつかって勝てると思う程、彼は自分の力を過信しては居ない。
だからこそ、1つの策。
家畜に変えた王族の1人を殺す―――。
ただ殺すのではダメだ。魔族の手で殺せば、人間達の怒りに火をつけてどんな行動に出るか分かった物ではない。
だから、人の手で王族を殺させる。
それによって、今まで一枚岩だった人間達の間に少しでも疑心暗鬼の空気を漂わせれば大成功。それでなくても、自分たちと同じ人間がかつての主を殺したとあれば、人間達の受ける精神的なダメージはどれ程になるだろうか?
それで人間達は暫くは大人しくなる。その間に剣の勇者の件が片付けばそれで万々歳だ。
それに、まだ剣の勇者がこの国に来ると決まった訳ではない。
そう―――思っていた。
* * *
「失敗した?」
全身が金属の輝きを纏う―――文字通りの鋼鉄の体の異形。
彼こそがバジェット=L・ウェイル・ユラー。世界を支配する12人の魔王のうちの1人である。
その魔王が今、玉座の間で1人の部下を見下ろして居た。
両手両足、頭から爪先まで全身がボロボロになっている上級魔族。数時間前に元姫の乗る馬車を人間達に襲わせていた魔族だ。
正体不明の敵から攻撃され、命からがら魔王の元へと辿り着くや否や、ボロボロになった体に満足な治癒魔法もかけられぬまま、彼は魔王の座す玉座の間へと引きずり出された。
そして、その惨憺たる結果の全てを魔王へと報告した。
それを聞いて、魔王の口から出たのが先のセリフである。
たった一言。
失望とそれを隠すほどの大きな怒気を含んだ声。
「申し訳ありませんッ!!」
全身の痛みを無視して、魔族は頭を床に擦り付けるように下げる。
「はっははっは、お前面白いよ。俺に失敗したと報告する為に逃げ帰って来たってか?」
玉座から立ち上がり、静かに平伏す魔族に近づく。
「ど、どど、どうかお許しを!!」
「答えは、ノーだ」
魔王は何もしない。
ただ静かに近づくだけ。
だが、距離が3mを切った瞬間―――
「ガッ……ぅう…ッ……」
急に魔族が白目を向き、ガクガクと体を震わせたと思った次の瞬間……絶命した。
「フンっ、俺の部下に雑魚は要らん。敗北した者は潔く死ね」
吐き捨てるように言って、ただの肉の塊になった魔族の体に火炎魔法を叩き込んで燃やす。
数秒ほど弱者が燃える様を半笑いで見守った後、飽きたように視線を切って玉座に戻る。
そのタイミングを待っていたのか、扉の横に居た参謀役の名前持ちが、焼けた肉の臭いを手で払いながら玉座に近づきながら声をかける。
「どうするんですか?」
端的な問いかけ。
「何をだ?」
「決まってるでしょう? 豚の護衛についてる“魔法剣士”と魔法を使う“見えざる敵”ですよ」
魔族が差し向けた人間共を圧倒した護衛の魔法剣士。
そして、その魔族を襲った【重力魔法】を使った正体不明の“見えざる敵”。
どちらも魔王も参謀も知らない存在だった。
今までは表に出ないように隠れていた実力者か、それともどこからともなく流れて来た者なのか。
「どちらかが例の“剣の勇者”である可能性は?」
「無いでしょう。剣の勇者は、目立つ金色の鎧を纏っているって話ですし、何より旭日の剣を持ってる人間が通れば、国境の砦に居る連中から何かしら報告が来ている筈です」
「国境警備の連中の目が節穴な可能性は?」
「否定できませんね。ただ、あそこには探知魔法に特化したのを数人配置してますから、何かしら変な存在が居ればすぐに気付くはずです」
「ふむ……」
少しの安堵。
剣の勇者とやり合うには、コチラの準備がまだ足りない。
「今まで闇の中に隠れていた実力者が顔を出した……と考えるのが自然かと」
有り得ない話ではない。
情報規制を敷いているとは言え、魔王アドレアスが死んだ情報を完全に遮断できる訳ではない。「人の口に戸は立てられぬ」という事だ。
どこかで剣の勇者が魔王アドレアスを討った話を聞いた影の実力者達が、表舞台に顔を出し始めた、というのが今回の失敗の原因かもしれない。
「魔法剣の方はどうとでもなる。問題は魔法を使う“見えざる敵”だ」
「裏切り者の魔族でしょうか?」
「さて、どうかな。半魔の可能性もあるぞ? 姿を見せないのも、それならば納得がいくしな」
「なるほど、確かに……」
半魔はずっと迫害の歴史の中に居る。とは言っても、そう仕向けているのは魔族達だが……。
そんな事情から、大抵の半魔は人間にも魔族にも姿を見せる事を嫌う。
「ですが、タイミング的に豚を守る為に現れた魔法剣士の仲間と見て間違いないでしょうし、少し家畜共を突いてみますか? “見えざる敵”の尻尾くらいは見えるかもしれませんよ?」
「そうだな。相手の正体が分かるのならば、それに越した事はない。やり方は任せる」
「はっ、お任せを」




