1-8 戦い
小川を挟んで首長の魔物と向き合う。
逃げたい……! それなのに体が動かない…。いや、仮に動けたとしても逃げ出せなかっただろう。
このシチュエーション……逃げたら絶対追いかけて襲って来る奴じゃんか!
えーっと……こう言う時の対処法は…熊に出会った時の奴で良いのかな? 視線は魔物に向けたままゆっくりと後ずさる…。
途端に俺が離れた距離を詰め直すように魔物が一歩踏み出す。
ダメだコレ…逃がす気がねえ奴だ、知ってたけど。
あ、コイツどこに目が有るのかと思ってたら、胴体の首が生えている上らへんにそれっぽいのが有ったわ…。とすると、あの首はろくろっ首って言うより、象の鼻に近い物なのかな? いや待った、首の先の口の下にも目っぽいのがある! 胴体と首の先に合わせて4つ目があるのか…?
俺を威嚇するようにギョロッと眼球が動く。
どうする?
どう切り抜ける俺?
今の野郎との距離は8mくらい…かな?
ダッシュで逃げたら撒けるか…?
コイツがどれくらいの速さで動くのかは分からないが、コッチだって13回分の身体能力強化(微)で速さは底上げされている。多分、並みの猫と同等かそれ以上の動きが出来る筈…!
問題は、奴が猫より俊敏に動けたらアウトって事なんだが……。
………絶対猫より速いよなコイツ?
走ってるところ見てないけど、森の中に居る奴は大抵動きが早いもんだしなぁ。
だが、逃げ切れる可能性はゼロじゃない。
普通の猫であれば食われる以外の結末はなかっただろう。しかし、俺には普通の猫には無い物が有る。
――― 【収集家】
決して潤沢とは言えないが、収集箱の中にはそれなりの種類と量が入っている。これをどうにか上手く使って逃げ切る…!
逃げようと行動を起こそうとするが、体が震えてうまく動かない。
……アホか俺!
気合い入れろ! 異世界に来て3日で2度目の人生終わらされて堪るかよ!! 二泊三日の小旅行してんじゃねえんだぞ。
死にたくねえなら、死ぬ気で生きるしかねえだろうがッ!!
生き抜いてやる! 猫の体だって―――!
震えは止まっていた。
「ミャアッ!!!!」
威嚇代わりの鳴き声と共に、魔物とは反対の森の中に向かって走り出す。
途端に―――
「グルァァァぁぁああッ!!!!」
俺の鳴き声に対する返礼のような木々を震わせる程の咆哮。
瞬間遅れて魔物が俺を追って来る。
走る時には長い首が邪魔になるからか、胴体の上で大きな口が畳まれている。あの姿を見ると、普通の獣っぽく見えるな? ……とか、呑気な感想言ってる場合じゃねえ!
走る。
走る!
残りの体力とか、足が痛いとか気にせず全力全開のダッシュ。
木の陰に入るように走るが、すぐ後ろに魔物が迫っている。
――― 分かってたけど速ぇよ!
マズイ! あっさり追い付かれる…!
何か―――何か…で足止めを!
いや、ちょっと待て。少しでも痛みを与えたら逃げるんじゃねえか? 思いがけない反撃を受けると、狩る側の動物は警戒して退くって確かテレビで言ってたし!
こっちには投射があるから近付かなくても攻撃出来る。幸い、撃ち出す弾にする石は所持限界まで持ってる!
魔物はもう2m後ろまで近付いて来ている。奴の射程距離に入った瞬間、俺に向かって首を伸ばそうとする。
その瞬間を狙う!
収集箱から石を―――投げる!
ん? あれ? ま、いいか。
的外れな軌道を描き、石は横の木に当たる。
だが、これは想定内。振り返らずに投げたから、そりゃあ当たらねえわ。
魔物は、突然視界を横切った石に驚いてスピードを緩める。
狙いはそれだ!
距離が少しだけ広がった。
――― 振り返って狙いをつける余裕が出来た!!
「ミィミッ!」
前にジャンプしつつ顔だけで振り返る。
ロックオン―――からの、即座の投射!!
「ミャぁ!」
何も無い空間から飛び出す石―――って、あれ? さっき石を放った時にも感じた違和感。
その違和感がなんなのかはすぐに分かった。
今放った石が、次の瞬間には伸びかかった魔物の首の根元…丁度胴体の方に有る目玉の片方にヒット。
そして―――石のヒットした魔物の眼球が、破裂して四散した。
え?
魔物が痛みで地面に倒れてバタバタともがく。
え? え? なんか威力高くない?
予想ではボコンって感じに当たると思っていたのに、実際はバチュンッとなった感じ? 擬音で説明すると訳が分からんな…。
今までの投射を一般人が精一杯の力で投げた威力だとすると、今の威力はボーガンで撃ち出したみたいな威力だ。
なんでだ? ……って、理由は1つしかないじゃん。
昨日の能力ガチャで手に入れた【ショットブースト】だ。
収集箱の中に有る物は全部より詳細な情報を確認出来るようになっているから、一応昨日寝る前にその効果は確認してみた、けど…。
【ショットブースト】
投擲武器、間接武器の威力にプラス補正。
って感じの分かりやすい短い説明だった。
……でも、まさか、投射にまで補正が乗るとは思ってなかった…。いや、だって、投射は“武器”じゃないし。収集箱から勢いよく取り出してるだけだし。
でもこれは嬉しい誤算!
ってか、【ショットブースト】さん全然ハズレガチャちゃいますやん!? むしろ今の俺には超有用なスキルじゃん! 誰だこんな優秀な奴をディスったのは!? はい、すいません俺です!!
片目吹っ飛ばされた痛みから復活したのか、魔物がヨロヨロと立ち上がる。……いや、まだ復活してねえな? 足がガクガクしてる。
ビビったんだろ、俺の思わぬ攻撃に? 痛くて堪んねえんだろ? だったら、そのまま回れ右して帰れ。帰って下さい!
足を震えさせながら魔物の残っている目が俺を見る。
睨み返す。
帰れ帰れ帰れ…心の中で念仏のように唱えながら祈る。
が、祈りは通じなかった。
「ッガゥああああッ!!」
怒りの叫び…!?
と、同時に突っ込んで来る。
うぉッ!? マジかよ!?
ダメージ受けたら逃げるタイプじゃなくて、むしろむきになって殺しに来るタイプだったか!
とは言え、目玉吹っ飛ばしたダメージのせいで動きが格段に鈍くなっている。今なら逃げられる可能性は大分高くなっているだろう。
けど……良いのか?
本当に逃げて良いのか俺?
俺はこの世界を生き抜く為に力が必要だと思った。だからこそ、収集箱にアイテムを放り込む事に力を入れている。
力を求めるって事は、俺を襲う他者より強くあろうとするって事だ。
であるならば―――俺はどこかで狩られる側から狩る側に回らなければならないんじゃないだろうか?
力は自衛の為なんて、そんな言葉は平和の中でこそ言えるセリフだ。
弱肉強食の中で力は、他者を叩き、打ちのめし、壊し、殺す物。
弱った魔物と俺ならば、勝つ見込みは十分ある。
覚悟だ。
俺は、ここで、魔物を殺す!
強者へ至る階段があるのだとすれば、俺にとってのその1段目がコイツだ。
やってやる―――!!




