第十九話:記憶
「父さん!!母さん!!」
「時雨!!」
リビングに響く幼い声。 そして、それに答えるかのように一人の女性が叫んだ。
「待ってろ!今っ!!」
「!? 駄目だ!父さん!!」
一人の男性が幼い少年に手を伸ばそうとした。
だが、その手は無惨にも切り落とされた。
「ぐあぁぁ!!」
右手を押さえ倒れ込む男性。
「父さん!!くそっ、このっ」
幼い時雨はなんとか抵抗するもびくともしなかった。
「母さん!!逃げてっ!!」
「あなたを置いて逃げれる訳がないでしょう!!」
「でもっ!!」
その時、女性に向かってナイフが投げられた。
「きゃぁぁ!!」
「母さん!!」
しかし、それは女性の右頬を掠め、壁に刺さった。
「し…時雨…」
男性はよろよろと立ち上がり、時雨へと近づこうとした。
「来ちゃ駄目だ!!父さん!!」
「今…助けて…やる」
「止めて!来ない…」
瞬間、男性の胸にナイフが突き刺さった。
「く…ぁ…」
「あなた!!」
「父さん!!」
よろよろとその場に崩れ落ちた男性に、ナイフの刃が光る。
「避けて!父さんっ!!」 だが、時雨の声は無情にも響くだけであり、ナイフは男性の背中に刺された。 何度も、何度も…。
「と、父さん…?」
「……」
「父さん!!」
「あなたぁ!!」
「父さん!!う、うわぁぁぁ!!!」
叫ぶ、時雨。
「…あ…ぁぁ…」
女性はあまりの光景にその場に泣き崩れた。
「母さん!!逃げて!!」 途端に、時雨が叫んだ。 だが、女性は動けず、泣いていた。
「母さーーん!!」
ズブリと女性の喉元にナイフが刺さった。
そして、何度も体中に傷痕を作った。
「嫌だ…嫌だ…嫌だぁぁぁ!!」
血に濡れたナイフは時雨の手に…。
「うわぁぁぁぁ!!!」
「…っ!!?」
カバリと時雨はベットの上で起きた。
「…はぁはぁ…夢、か」
荒い息をたて、時雨は額に手を置いた。
「…くそっ」
頭を振り、時雨はベットから降りようとした。
「?」
だが、足に重みを感じ不思議に思い見ると、葵、鷹紀、華音の三人が寄り添う様に寝ていた。
「何故、こいつらが?と、言うかここは?」
キョロキョロと辺りを見回すと、そこはどう見ても医務室だった。
「…?たしか…あの男と戦って、殺されそうになって…それから…」
何とか、その先思い出そうとする時雨だが、記憶が無いのか思い出す事が出来なかった。
(俺は…どうやって助かったんだ?)
頭を抱え、考え込む時雨だが、全くと言っていい程思い出せないでいた。
「…ふぅ」
(まぁ、いい。今、生きている…それだけでいい)
一つの結論に達し、少し疲れた様に時雨はため息をついた。
「…ん…ぅん…」
「…?…起きたのか」
「あ、時雨ぇ?」
「…あぁ」
まだ眠そうに瞼を擦りながら、ムクリと葵が起き上がった。
「あれ?時雨?………あぁ!!」
突如、葵が大声をあげた。
「ちょっ、二人共、時雨が起きたよ!」
「…え?…何だい?」
「ふぁ?……へ?」
寝ぼけたように起きた二人は瞼を擦った。
「それにしても、よかったよ時雨君が眼を覚ましてくれて」
医務室のテーブルでお茶を飲みながら鷹紀が言った。
「そ、そうですね。三日も寝てましたから、心配しました」
「…そんなに寝ていたのか?俺は…」
「えぇ、そりゃもう、ぐっすりと」
同じくテーブルに座っていた華音と葵が答えた。
「…そういえば、体中にあった傷が無いんだが」
「あぁ!それはね、華音が治したんだよ」
「…お前がか?」
時雨の視線が華音に向けられた。
「あ、はい」
「もちろん、プシュケよ」
「…だろうな。そうじゃなければ、あれだけの傷を治すのは無理だ」
「ちなみに、あたしと玖潟先輩もだよ」
葵の言葉に時雨は少し驚いた。
「…?」
その様子を見た鷹紀は首を傾げた。
「時雨君…もしかして君もかい?」
「…あぁ」
「!!…そうか」
驚いた鷹紀は時雨を見た。
「でも…この世界の住人じゃない、あたし達がどうして?」
「分かりません。ラルラさんの話だと、プシュケ自体が、まだよく分からないって言ってましたし」
華音の言葉に時雨を除いた三人は唸り、考え始めた。
その時、医務室の扉を誰かがノックした。
「失礼します」
入って来たのはドレスに身を包んだカティアだった。
「あ、カティア。時雨が起きたよ」
「え!そうですか、よかった」
カティアは安心したように笑うと、時雨のいるベットの立った。
「時雨さん、今回は成り行きとはいえ、ありがとうございました」
「…気にするな、俺が選んだ事だ」
頭を下げるカティアに時雨は言った。
「はい、ありがとうございます。皆さんも、本当にありがとうございました」
「止めてよ、カティア。あたし達、友達じゃん」
「うん、そうだよ。カティアちゃん」
「はい、分かりました」
カティアの笑顔につられ、二人も笑顔になった。
「ところで、カティアさん。何か僕らに用があったんですか?」
鷹紀の言葉にカティアは頷いた。
「はい、実はパーティーがあるんです」
「パーティーですか?」
「はい、恥ずかしながら私の父は大の祭好きなので、今回の勝利、そして命を落としていった兵達の供養も兼ねてパーティーをしようと」
カティアの言葉に葵達、三人は喜んだ。
「本当ならばもう少し先なのですが。時雨さんが予定よりも早く覚めたので……そうですね、明後日辺りにはすると思います。皆さんも準備をお願いしますね」
「了解〜」
葵が手を上げて嬉しそうに返事をした。
「では、私は父に報告してきます」
そう言って、カティアは医務室を出て行った。




