save③―装備"勇者の剣(笑)"
「武よ…どこへ行くのじゃ?」
急に変なセリフから入ったことを深くお詫び申し上げます。
ここは俺、御器所 武の実家である御器所剣道場。そこの師範を務める祖父に今、休日なのに真面目に部活へ行こうとする俺は引き留められていた。
「剣術の修行もせずにどこへ行くと申すのじゃ?」
「だから止めたって言ってるだろ、じいちゃん。」
祖父は俺にどうしても剣術をやらせたくて、俺が止めると言い出すまで毎日のように鍛え上げてくれた。ただ行き過ぎた稽古のせいで幼い俺は何度も気絶していたが。
「またあの…なんといったかの?」
「RPG部だよ。」
「そう、それじゃ。そのアールピージーというのじゃ。そんなものばかりやっておると、ゲーム脳になるぞ!」
祖父は少し勘違いをしているようだ。いや、俺自身はその部活のおかげでもう頭が痛いのだけど。
「とにかく、今日こそは剣術の修行をさせるぞ!」
祖父はいまだにしつこく俺に剣術を仕込もうとしてくる。一人孫しかいなくて、跡継ぎがいないことが原因だと思われる。親父が体よく仕事に逃げ込んでるせいなのもある。
そこに救いの女神がやってきた。
「武くん、おはよう。」
本日も清楚な鶴舞 十美さん。朝練で使った竹刀を入れた袋を背負い、家の前で待っていてくれていた。
鶴舞さんはここの道場の門下生でもあった。鶴舞さんは今でも剣道を続けてる。そしてみんなから"剣道小町"と呼ばれ、憧れの的となっていた。
「なんじゃ、十美とデートじゃったのか。ならば、行ってよし!」
また、勘違いをしている。その方が好都合なので口には出さない。別に鶴舞さんとデートと言われたのが嬉しいわけではない。
鶴舞さんと合流し、部活へ向かおうとする俺達。行き際に祖父が「ひ孫は早めにの。」と耳打ちする。孫をからかうのもいい加減にしてほしい。
富士宮フロンティア高等学校、略して"FF校"にはRPG部という活動内容が不明な部活動が存在する。
「おせえぞ、新人戦士!」
この休日でも偉そうなのが自称勇者である本郷 勇渚さん。この部活の部長で俺と鶴舞さんの同学年。
「栄 先輩も来てないじゃないか。」
「あー、あの人はあれだよ。"賢者モード"中。」
賢者、栄 智和先輩は開きっぱなしのノートパソコンを置いて出ていた。そこに写し出されている内容を語りたくはない。
「休日なのにみんな偉いねー。僕なんか休みの日に外へ出たこともなかったよ。」
顧問の日比野 先生、30歳、独身。最近では空気だと感じ始めた童貞の魔法使い。
新人戦士の俺がRPG部に入ってから早1週間が立とうとしていた。その1週間、俺は鶴舞さんと話したり、自称勇者に振り回されたり、おもむろに部室を出る先輩賢者を見送ったりと。つまりは活動らしいことを誰もやっていなかった。
昨日のことだ。急に自称勇者に土曜日も部活に来いと言い渡されたのは。来ないと鶴舞さんが落ち込むため、渋々やってきた俺だが。
「本郷さん…その手に持ってるものは何に使うの?」
今日も彼女に振り回されそうな気がする。
「え、"勇者の剣"じゃん? わかんないの?」
お願いですから、もう少し分かりやすく説明してもらえませんか。
本郷さんが手にしているのは剣道部でよく見かける竹刀だ。ここでもか。
よく見せてもらうと、竹刀には"勇者の剣"と手書きで書かれていた。ちゃっちい装備品だな。
しかし、気になるのはその後ろに続けて書いてある一言だった。
――――"勇者の剣(笑)"。
悪意を感じざるを得ない一言だ。
「本郷さん…この文字…」
「あーそれな! 去年いた先輩が書いてくれた勇者の印! かっこいいだろ!」
自称勇者様はこの文字が表す意味を理解してない様子だ。純粋な笑顔を向けられてて答えづらい。知らないままの方がいいだろう。
しばらくして、栄 先輩が部室に戻って来た。そこで本郷さんは待っていたと言わんばかりに"勇者の剣(笑)"を片手に宣言した。
「今日はこのパーティーで"魔王城"へ乗り込むぞー!」
内容は置いといて、やっと活動らしいことをするみたいだ。
"魔王城"がどこなのかを聞いても、着いてからのお楽しみだと教えてくれない。不安と倦怠感を胸に俺は自称勇者達と共に"魔王城"とやらへ向かうのだった。