六十五話 色好き
兄のように慕っていた男が亡くなって暫く、関わりがあるのかどうかも分からない噂話を与市は耳にしたそうだ。
ここいらではこの頃、赤い目をした“色持ち”の餓鬼が大人を連れ歩くでもない、近所へおつかいに放り出されてというわけでもなく、一人ほっつき歩いているのだとか。“色持ち”の餓鬼が、たった一人で、だ。
「まぁ……、よ。憶測に過ぎねぇモンに振り回されちまう以上に阿呆らしい事ァねぇのぐれぇ、オレだって分かっちゃ居はすんだけどよ。
あんだろ偶によぉ、頭で分かっててもどうしても虫の居処が悪ぃ、収まりが上手くついてくれやしねぇ事がよぉ。そこに……よ。上手ぇ具合に嵌まっちまうモンがあるとな、人ってのは単純で仕方がねぇ。途端にそれまで散々見下していたモンでも、もうこれで良いんじゃねぇか?って思えちまう時が来ちまう事があんのさ。
……あぁ、悪ぃ悪ぃ。“人”、なんて括っちまったが違ぇわ。あくまでオレは、の話だ。」
決まって、“色持ち”の子どもを売りに出す機会を得ると、与市という男は上機嫌に酒を呷りながら昔話に花を咲かせる。
それに決まって同席をするのは、十数年以上の付き合いとなる身内の中でも、最年少として扱われることの多い寛吉だ。
と、いうよりは家で酒を呑むとなると、それを見張る者が必要となる。酒と博打と喧嘩さえあれば、飯と女がなくても満足出来てしまうような男が家長たる与市という男だ。
前者を除いた後ろ二つは敵知らずなのだが、酒好きを豪語するというのに、どうにも酒ばかりが弱い。
飲み屋であれば人の目が多く、与市の酒の弱さは近所じゃ周知の事実なものでそれほど心配をする必要はないのだが、家で呑むとなればそうも言ってられない。
酒に弱いくせして酒呑みを豪語するような男が、深酒をし過ぎて喉を詰まらせてしまいぽっくり逝ってしまうような事は、冗談や嘘の類であっても笑えやしない。
そういった背景があるものだから、身内の中でも大酒飲みのくせして笊である寛吉が自ら、与市が家で呑むとなれば同席をする算段となっている。これが常だ。
そうして、一緒に暮らすようになってからめっきり減った、十年以上前に亡くなったという、実の兄のように慕っていた男の話に、花を咲かせる。
日によっては寛吉以外の、上の兄弟の誰かに声が掛かるという事も少なくはないが、そもそも家で呑む頻度自体が与市という男は少ない、ふらりと出ていったと思えば他所で数日を明かすことだって珍しくはない男なのだ。
自分たち行く宛のない、偶々同じ店に売られ育っただけの赤の他人の集まりを弟として、家族として迎え入れてくれた相手と同じ部屋で過ごせるという機会そのものを寛吉は貴重なものであると考えている為、相槌を打つことはあっても話の腰を折るような真似だけは断じてしない。
ただ、それでも。いつ耳に胼胝が出来てしまっても可笑しくはないぐらいに長年聞いている話であるもの、で。今宵に関して強いて言うのであれば、今回の“色持ち”に関しては執拗なぐらいに構うのだな、というぐらいであり。
振られでもしない限り必要以上に口を開こうという考え自体寛吉は持ち合わせてはいなかった。
長く喋るにしたって、顎を開きっぱなしにする事はないのだから、喋り倒して顎が疲れるなんてのを弥代は知らない。
深く嘔吐いて、ぽたりぽたり垂れるものが果たして自分のであるか、あるいは相手のモノであるかすらの境界すら曖昧になってしまっている。ごちゃ混ぜになったものを、整いきれない息のまま見下ろすしか出来ない。
半開きどころか、どうやって口を閉じればいいのかも分からないと感じるぐらいには少なくとも時間は経っている筈、だ。
だというのにキリがない、吐き出し終えたかと思ったモノも時間が経ちさえすれば直ぐに元通り、芯を取り戻すものだから終わりが見えない。途方がない事をしているだけな気が湧いてきてしまう。
ただ弥代は、弥代はただ早くこの場を一刻も早く終わらせて、少しでも早く、どこにいるのかも分からない二人を探し、二人の元に戻りたいだけだというの、に。
四人であればまだどうにかなったという考えは甘いだろうか。一人が加わるだけで、しっかりとあった訳でもない見通しは一気に崩れてしまった。焦る、最悪な可能性が、その存在感が時間が経てば経つほど大きくなっているのがよく分かる。
都度、焦る。望んでいない状況のど真ん中に、自力で立ち上がることも出来ないままただ座らされる。出来ることなんて限られているのに諦めることなく、男達の気が済むその時を待つ。彼等が、この行為を飽きてくれるその時を弥代はただ待つ。
「なに吐いてやがんだ?」
何度目になるだろう、か。強引に髪を掴まれ、持ち上げられる。見たくもない顔を拝む羽目になり、無理に目を合わせられる。
「やる気はあるみてぇだけどよ、どうにも覚えが悪ぃ嬢ちゃんだな?」「腹ン中もういっぱいなんじゃねぇの?」「藤次、次は俺ン番だよなぁ?」「下もいっぺぇに出来りゃいいんだけどよぉ?」「寛吉以外ぇいつの間にか揃ってやがらぁ……」「胸がねぇのがいただけねぇな?」「十やそこいらの餓鬼に胸は高望みしすぎだろうよ。」
一人が口を開いたと思えば、一斉に続く声が。最早どれが誰の声であるかなんて分かったものじゃない。挙句、一人増えただけだと思っていた数は、正しくは二人であったようだ。体を支えるのに地べたに付けていた両の手には、自ら進んで握った覚えのないモノまである。
「こんな調子じゃあっという間に朝になっちまうぜ嬢ちゃん?」「やる気はあんだろ、もっと見せてくれなきゃ眠れねぇぜ?」「止めてやれよ、自分から舌ァ出す好きものだぞ、寝れなくたって構いやしねぇ質だろうよぉ?」「ほら、しっかり握りやがれッ!」
受けた衝撃に驚き、体が大きく跳ね上がった。のけ反って、踏ん張りも付かずただ座り込むだけの体勢のまま、両の手もまた埋まっているものだから前へ、前に体を倒すことしか弥代には出来ず。自然と、ほんの少し前まで口に咥えていた男のモノに、強請みでもするかのように触れてしまう。
何をされたの、か。男の股座から顔を起こし、恐る恐る肩越しに後ろへと目を遣る。
※性暴力描写が含まれるため、全文の公開は控えております。




