#14. (完結)
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エルフリーデが消滅すると、辛うじて形を留めていた謁見の間も急速に崩壊し始めた。一刻も早くここを脱出しなければならない。しかし。
「……プリシラ!!!」
「リュエン、悪いんだけど……肩を貸してくれる?」
全身から力が抜けてしまった。へたり込んだプリシラの指先が、遅れて震えだす。プリシラの力ない返答を聞くやいなや、リュエンは一飛びで駆け寄り、赤子を扱うかのように慎重に彼女を抱き上げた。
「プリシラ、どこか具合が悪いのか? 私にできることがあれば……」
「少し疲れただけよ。痛いところも怪我もないから大丈夫。……それにしても、すごいのね」
エルフリーデの前では強がってみせたが、この空間は彼女の領域だ。
息をするたびに鋭い殺気が混じり合い、一瞬でも油断すれば自分を見失ってしまう。そんな場所で圧倒的な実力差を見せつけようとした結果、想像以上に体力を消耗してしまった。
(能力を最高級にエンチャントしても、これほどとは)
世界を滅ぼそうとするなら、あれほどまでの執念が必要だということか。
改めて、彼女の執念の凄まじさを思い知った。一体何がエルフリーデをあそこまで駆り立てたのか。彼女の本性か? それとも。
プリシラが視線を向けると、彼女を見下ろしていたリュエンと目が合った。黄昏の色のように濃く、赤みの強い橙色の瞳には、数えきれないほどの感情が渦巻いていた。
その複雑な眼差しに、プリシラは微笑みながら彼の頬を撫でた。
「本当に大丈夫だから、そんな顔しないで」
「しかし……」
「どうしても信じられないなら、あなたが私の足になって。ひどく疲れちゃったから、もう一歩も動きたくないのよ」
プリシラの軽い返答に、リュエンは静かに息を吐き出すと、やがて泣き出しそうな笑みを浮かべた。
「……任せてくれ。もう二度と、そなたを疲れさせるような真似はさせない」
「ええ。これで私の仕事は終わり。……次はあなたの番よ、リュエン。この謁見の間を消し去って」
プリシラが指を差すと、リュエンは頷き、彼女を片腕で抱きかかえられるよう抱き直した。
自由になった手を掲げると、死に彩られていた謁見の間も、宴会場も、ゴミ溜めもすべてが消え去り、リベリアの街並みが姿を現した。
赤く染まった空からは、依然として血のような雨が降り注いでいる。エルフリーデが消滅したからといって、すべてが終わったわけではない。目を細めて雨を見つめていたプリシラが、口を開こうとしたその瞬間だった。
「小娘! 無事か!」
飛ぶような勢いで駆けてくる白い馬が二人の前に現れた。比較的元の姿を保っているケルピーとは対照的に、ラファエルは満身創痍だった。
血塗れになりながらも、どこか晴れやかな表情をした将軍の姿に、プリシラは手を差し出しながら言った。
「将軍こそ、ご無事だったのですか? ……ああ、ちなみに将軍が遅すぎるから、美味しいところは全部私がいただいちゃいましたよ」
「そりゃあ重畳だ。これ以上面白かったら、こっちの寿命が尽きてたかもしれんからな。……それにしても、お前も無事には見えんが? 歩く力も残ってないのか?」
「まあ、歩く力はなくても、将軍を治療する力くらいは残ってますから」
ラファエルがプリシラの手を握ると、リュエンの視線がその重なった手に固定された。もちろん二人は気づいていない。気づくつもりもない。
プリシラがスキルを発動すると、引き裂かれ貫かれた傷跡が急速に塞がっていった。ラファエルがある程度動けるようになったのを確認すると、リュエンが彼女の手を自分の方へと引き寄せた。当然、今回も二人は気にする様子もなかった。
ケルピーだけが言いたいことが山ほどあるという顔をしていたが、賢明な魔獣は無駄口を叩く代わりに、空を見上げて現状を伝えた。
「プリシラ。王女が消えた余波で、歪みが加速し始めた。早くここを脱出しないと巻き込まれるぞ」
「ケルピー。あなたの浄化能力で、住民たちを浄化することは不可能なの?」
「彼らはすでに時間軸から外れた亡者だ。私の力は及ばない」
「彼らに安息を与えたいの。どうすればいいかしら?」
プリシラの問いに、ケルピーの視線が彼女へ、そして彼女を抱くリュエンへと向けられた。
「歪みを終わらせる方法は一つ。圧倒的な力で、捻じ曲がった時間軸そのものを焼き尽くすことだ」
「……だそうよ。リュエン、力は十分に残っているかしら?」
「もちろんだ」
「よし。じゃあ、あなたの故郷に安息を与えてあげて。あなたが、この悪夢を終わらせるのよ」
プリシラの言葉に、彼女を抱く手に力がこもった。それに応えるように、彼女は彼の肩を抱きしめた。
視線が交差したのは一瞬。覚悟を決めたリュエンが一歩前へ踏み出した。
そして。
赤く染まっていた世界が、白く燃え上がった。リベリア全域に降り注ぐ白い炎は、まるで雪のように世界を覆い尽くした。白い炎に包まれながら崩れゆく都市の姿は、儚い美しささえ感じさせるほどだった。
圧倒的な魔力の前に、プリシラはもちろん、ラファエルやケルピーまでもが、滅びゆく都市をただ呆然と見守るしかなかった。
終戦から三年。
魔道王国ガエルは、これをもって完全に現世から姿を消した。
***
暗い夜が更けていこうとしていた。
病室に一人座るライディス・ラフェルは、椅子に腰かけ両手を固く握りしめていた。
プリシラ一行が旅立ってから一日。戻るにはまだ早いと分かっていながらも、どうしてもここを離れることができなかった。
ロドランも彼らのことを案じている様子だったが、帝国の皇帝が何もしないまま祈っているわけにもいかず、待ち続ける役目はもっぱらライディスのものだった。
無事だと信じている。
プリシラも、ラファエルも、ケルピーも。容易に死ぬような者たちではない。
きっと無事だろう。
だが、不安が込み上げてきて何も手に付かないのは、彼がどうしようもない「人間」だからだろうか。
早く戻ってきてほしい。笑って帰り、腹が減ったとぼやいてほしい。彼らのために、最高のご馳走を用意してあるのだから。
プリシラはいつも少食だと言っているが、実はかなりの大食漢だし、ラファエルはそこに食べられるものがあればとりあえず口に入れる。
ケルピーも、お淑やかに見えて相当食べるものだから、彼を招待した日はラフェル家の食糧庫が底を突いたものだ。そんな彼らのために、皇城の料理人が総力を挙げた。
だから、早く帰ってきてほしい。
「ライディス公! こんな時間まで待っていたのですか?」
そうだ。プリシラなら、こんなセリフと共に帰ってき……ん?
両手を握りしめ思索に耽っていたライディスが、ガバッと顔を上げた。開かれたワープゲートの向こうから、シェイルグに抱かれながら微笑むプリシラの姿が見えた。
続いてラファエルとケルピーが、何やら言い合いをしながら後に続く。
あ、あ……?
「プ、プリシラ殿?! どうしてこんなに早く戻られたのですか?」
「え? それは……そんなに時間がかかる仕事でもなかったですから」
「いや……」
ガエルの亡霊を処理しに行ったのではなかったのか? シェイルグを取り戻したにしても、これほど早く……。
「ライディス、腹が減って死にそうだ! 飯の支度はできてるだろうな?」
「左様だ、ライディス。腹が減った。食事はどこだ?」
ラファエルとケルピーの言葉に、呆然と彼らを見つめていたライディスが、複雑な笑みを浮かべた。
「食事の前に報告が先ですよ、将軍。……ですが、その様子では待てそうにありませんね。私が陛下をお呼びしてきますので、皆さんは先に食堂へ向かってください」
その言葉を待っていたかのように、ラファエルとケルピーが扉を蹴るようにして出て行った。二人を呆れたように見送っていたライディスは、プリシラを一目見た後、病室の扉を閉めた。
誰もいなくなった病室。
リュエンがプリシラを見上げながら尋ねた。
「プリシラ。そなたもすぐに食堂へ行くか?」
「ええ、すごくお腹が空いてるわ」
「分かった。ならば……」
「ちょっと待って。その前に、すべきことをしておかなきゃ」
「すべきこと?」
「そうよ」
プリシラの言葉に、リュエンは不可解な表情を浮かべた。
「おかえり、リュエン」
プリシラが彼の顔を包み込み、晴れやかに笑った。プリシラの出迎えに目を見開いたリュエンも、彼女に倣うように穏やかな笑みを返した。
「ただいま戻った。……プリシラ」




