#07.
手に握ったネームタグが熱かった。まるで彼女が生きているかのように熱を帯びたそれは、冷たく崩れ去った彼の心を包み込んでくれるかのようだった。
「プリシラ」
そなたに会いたいのに、なぜそなたは私の傍にいないのか。
彼女が遺したものは存在する、しかし、彼女はいない。
その乖離感に狂いそうになりながらも、狂う資格さえないのだと思い知らされる。
ネームタグを握りしめて目を閉じるリュエンの姿を見つめていたエルフリーデの視線が、冷ややかに沈んだ。
(忌々しい黒の防壁。一体どれほど、私の持ち物を台無しにしたのかしら?)
リュエン・シェイルグに感情は必要ない。圧倒的な力と忠誠心こそが彼の存在意義だというのに。
エルフリーデの瞳から偽善が消えた。憎悪で歪んだ顔でリュエンを睨みつけていた彼女は、鍵盤を叩くように指を動かした。
その動きに合わせ、虚空に鋭い揺らぎが生じる。
プリシラの防壁は強力だ。しかし、ネームタグに付与されただけの使い捨ての防壁は、長くは持たなかった。
防壁が砕ける直前、ネームタグを服の中に押し込んだリュエンは、エルフリーデの攻撃を阻んだ。
リュエンはプリシラのように防壁を作り出すことはできないため、防ぎきれなかった攻撃によって全身に傷を負った。
それでも、痛みは感じなかった。いや、痛みさえも生きている証だ。彼女が実在したという証に過ぎない。
耐えられる。乗り越えられる。
エルフリーデの魔法が再び彼に向けられる前に、彼女に肉薄したリュエンは、魔法で作り出した鋭い槍を彼女の首に突き立てた。おぞましい悲鳴が、冷たい空間を引き裂くように響き渡った。
「なぜ、なぜです? リュエン。貴方は私の言うことを聞かなければならないのに。貴方の主は私です。なのに、どうして……」
「私の主は、私が自分で決める。エルフリーデ。貴様はかつて、私の主だったのだろうな。だが、今は違う」
違う、だと? そんな馬鹿な。あり得ないわ。
「リュエン・シェイルグ! これは血の盟約です。貴方の魂は私に隷属している。貴方はエルフリーデ・ラエリッシュ・ガエルズケンティアのものなのです!!!」
エルフリーデの悲鳴混じりの叫びが、リュエンの頭の中をかき乱した。しかし、首にかかったネームタグが彼を現実へと引き戻す。
まるで、彼女が傍にいるかのように。
彼女が生きて、導いてくれているかのように。
「いいや、貴様は私の主ではない。エルフリーデ。ガエルズケンティアは滅亡した。貴様も私も、死に損なった亡霊に過ぎないのだ」
「亡霊?」
これ以上の言葉は聞く価値もない。首を貫いた槍を荒々しく引き抜くと、貫かれた箇所から彼女の体が徐々に崩れ始めた。
精巧なレプリカが、次第に力を失っていく。崩れゆく肉体でありながらも、エルフリーデの憎悪に満ちた声は衰えなかった。
「は、ははは!!! リュエン・シェイルグ。ええ、いいですよ、貴方が戻ってこないとしても構いません。貴方はここにいるだけで価値があるのですから。そうでしょう? 優秀なキメラ」
肉体が完全に崩れ去った場所には、白い塩が流れ落ちた。どこからか吹き込んだ風に、塩の塊が乱雑に散らばった。
『貴方の心臓にある『魔獣の核』は、何よりも素晴らしい動力源になるでしょう。』
光を失っていく監獄の中、崩れた壁の向こうからエルフリーデが歩み出てきた。一人、二人……リュエンを取り囲むように並んだエルフリーデのレプリカは、それぞれの声で言葉を継いだ。
『ですが、それは最後の手段にしなければね。心配しないで、リュエン。私が貴方を再教育してあげます。』
『長くはかかりません。すでに経験したことなのですから。』
[幸せになれない、ですって? ならば貴方は不幸になりなさい。大丈夫。貴方が不幸になったとしても、貴方のために悲しんでくれる人などいないのですから。』
心臓を直接掴み抉るような声に引きずられないよう、ネームタグを血が滲むほど強く握る。折れそうな心を繋ぎ止めたリュエンは、エルフリーデのレプリカを瞬時に焼き払った。
エルフリーデが作り上げた「懲罰の監獄」が、ピシリと音を立てて塩となり崩れ落ちていく。
形を失ったエルフリーデたちが、歪んだ微笑を浮かべて言葉を続けた。
「未だに現実に未練を持つ貴方に、最高の悪夢を授けてあげます」
刹那の瞬間、網膜が白く点滅する。再び色が戻った世界は、以前とは完全に入れ替わっていた。広く暗い、薄汚れたゴミ捨て場には、肉体が崩壊した魔物たちが黒々と群がっていた。
リュエンに手を伸ばす魔物たちの中には、見覚えのある顔が混じっていた。
――助けて、リュエン。
――殺して、リュエン。
――なぜお前だけ……なぜ?
かつては家族であり、かつては仲間であり、今はもう処分対象でしかない[失敗作]たち。
「喜んで。昔を思い出すでしょう? 出る方法も同じです。すべてを壊し、殺し、消し去りなさい」
エルフリーデは、実に効率的にリュエンを壊す方法を熟知している。
再び目の前に現れた悪夢に、精神が崩壊してしまいそうだ。追い打ちをかけるように、エルフリーデの声が響いた。
壊して、殺して、消し去った後で――『私の元へ戻ってきなさい』
抱きしめるように聞こえてくるエルフリーデの声に、微かに懐かしい響きが混じった。
これもまたエルフリーデの幻惑であることは分かっている。しかし、希望を失うなと告げるかのように響く、あの遥かな声がリュエンを前へと突き動かした。




