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#00.



リュエン・シェイルグは、冷たい部屋に一人座っていた。


確かに目を開けているはずなのに、前が見えなかった。かといって目を閉じれば、過ぎ去った日々の光景があまりに鮮明に浮かび、目を閉じることさえできなかった。


弱く吐き出した吐息が冷たかった。全身が冷たく凍りついていた。プリシラが傍にいないというだけで、全世界が凍てつき、何一つ手に付かなかった。流れ落ちる白金色の髪の間から、痩せこけた自分の手が見えた。


彼女が作ってくれた自分の手。今その手には、彼女のものであった「何か」が握られていた。


すでに光を失ってしまった、けれどどうしても手放すことのできない瞳は、恨むように、あるいは諦めたように、はたまた全てを投げ出したかのように、虚ろに彼を見つめているだけだった。


死にたい。だが、このまま死んだところで、自分は彼女のもとへ辿り着けるのだろうか。


プリシラを無茶苦茶にしたのは、他の誰でもない、自分自身だというのに。


「……」


リュエンは両目をきつく閉じた。過ぎ去った血塗られた映像が、鮮明に視界を埋め尽くした。プリシラの最後の姿を思い出し、思わず荒い息が漏れる。自分が息を止めていたことさえ気づかずにいた。苦しい。死にたい。彼女のところへ行きたい。


だが、このまま死ぬわけにはいかなかった。彼女のもとへ行けないのなら、死ぬことに何の意味があるというのか。


しかし、プリシラがいないのなら、生きていることもまた無意味だった。苦痛にのたうち回ることだけが、唯一の贖罪なのだろうか。いや、彼女はそんなことさえ望まないだろう。


優しい人だから。どんなに自分を傷つけたとしても、彼女はリュエンが苦しむことを望まないはずだ。


許してくれと言えば、許してくれるだろうか。叶わぬ妄想だ。彼は二度と、彼女に会うことはできないのだから。


「二度と……」


彼女の微笑みを見ることはできない。


「……」


死にたい、死ねない。生きたくはない。しかし、生きねばならない。


殺し、消し去り、何も残らなくなれば、この心は静まるのだろうか。


「そうかもしれないな」


固く閉じられていた目を開けたリュエンの声が、虚ろに響いた。殺し、消し去り、何も残らなくなれば、彼女は悲しむだろう。人を愛し、世界を愛する人だから。


殺したい。殺すこともできない。


ならば、私は何をすべきなのか。

一人残された私に、まだできることは何があるのか。


何をすれば、遠い年月を越えて、いつかの刹那にでも貴方にまみえることができるだろうか。


冷たい石壁の向こうから、白く青ざめた月光が差し込んだ。箱庭に作られた紙の月。


彼女が愛する世界は、何一つ壊してはならない。

だが、彼女を奪い去った世界ならば? 脆弱なリュエンが処理しきれなかったせいで歪み、捻じれ、ついには彼女の命を奪った、この箱庭ならば。


「プリシラ。答えてくれるか」


リュエンの声が虚空に響いた。


「私によって生じた罪をこの手ですべて壊し終えたら、貴方はもう一度、私に微笑んでくれるだろうか」


答えはなかった。リュエンは再び目を閉じた。閉じた瞼の裏にあるのは血まみれの彼女だけだが、それでも、彼女に会いたかった。



***



ベッドから起き上がったプリシラ・ライデンは、目の前のライディスを見つめて言った。


「ライディス卿、目覚めて早々申し訳ありませんが、直ちに陛下に謁見したく存じます」

「プリシラ。あなたは十日以上も生死の境を彷徨ったのです。陛下にお目にかかる前に、まずは医師の診察を受けるべきです」

「大丈夫だと言いたいところですが……私がいくら大丈夫だと言っても、周りは心配しますよね。分かりました、診察を受けます。その前に、少しお風呂に入りたいです。ずっと寝たきりだったので、気持ち悪くて」

「侍女を呼びます。少々お待ちください」


言葉を終えたライディスが部屋を出ると、入れ替わるように侍女たちが部屋に入ってきた。特に介助は必要なかったが、今回ばかりは彼女たちの手を借りることにした。侍女たちの助けを借りて入浴の準備を整えたプリシラは、久しぶりの熱い湯船に身を沈めた。


侍女たちに下がってもらい、一人残されたプリシラは、透明な水越しに露わになった自分の体を見下ろしながら、小さく溜息をついた。


ほんの少し目を閉じていたつもりだったのに、十日も過ぎていたことが信じられない一方で、記憶よりもずっと窶れた自分の姿を見ていると、長い時間が流れたことが確かな実感として伝わってきた。プリシラは水に映る自分の顔、特に左目をまじまじと見つめた。


「本当に、元通りになってる……」


一見すると、左目は彼女の記憶の中にある瞳と同じ状態だった。しかし、どこか異質な感じがした。何がおかしいのかと問われても具体的に指し示すことはできないが、何かが……違って感じられた。


「……」


プリシラは無言で目元をなぞった。


リュエンが自分の目を抉り取っていった時の状況を覚えている。洗脳を解くためには、身体接触を通じて魔力を上書きする必要がある。そのためには、身体の一部を媒介としなければならない。


怖くて痛かったが、リュエンが正気に戻るためには、それが最も効率的な方法でもあった。


(リュエンは無意識に分かっていたのかしら? それとも……)


分からない。ただ、あの日には感じきれなかった痛みが込み上げてくるように、瞳の奥がツンと痛んだ。


実際に目が抉り取られた時は痛くなかったのに。今はなぜ、こんなに痛むのだろうか。痛んでいるのは本当に目なのだろうか? それとも……。


「はぁ。考えれば考えるほど腹が立ってくるわね……」


理由はどうでもいい。このままやられっぱなしでいるのは、自分の性分に合わない。目を剥いたプリシラは、水の向こうに誰かがいるかのように水面を睨みつけ、呟いた。


「エルフリーデ、ミラベル。認めるわ。対処が遅れたし、油断した。でも、今度はそう簡単にやられたりはしない」


私のものを無茶苦茶にし、奪い去っていったあなたたちを、決して許さない。

同じように復讐してあげる。

同じように奪ってあげるわ。


「そして、リュエン」


プリシラはゆっくりと手を持ち上げ、虚空へと伸ばした。小さくて白い、けれど武骨な手。手を伸ばして彼の衣を掴もうとしたことを覚えている。暗闇の中で、プリシラの手は空を切った。


いくらエルフリーデとミラベルが手を組んだからといって、あまりにもあっさり付け込まれすぎじゃない。


私が消えた瞬間、息ができなくなっただなんて。二度とこんなことは起こさせないと言ったのは、一体どこの誰よ?


目の前にリュエンがいるかのように虚空をぎゅっと掴むと、彼女の指先に淡い光の粒が宿った。彼女のものとは異なる異質な魔力が、指先に溶け込んでいった。見知らぬ魔力なのに、長く使ってきたかのように馴染んでいる。


あなたも、タダでは済まさないからね。リュエン。


「私は、埋め合わせ三回くらいじゃ終わらせないから。だから、リュエン」


生きていなさい。絶対に。


「私があなたを罰しに行くまで」

読んでいただきありがとうございました。

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