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#. 悪い夢、あるいは遠い記憶 (1)



霞んだ夢の中、プリシラは大きな宴会場に立ち、誰かを待っていた。


彼女の傍を通り過ぎる人々の中には、知った顔もあれば、全く見知らぬ顔もあったが、誰一人として彼女が待っている相手ではなかった。


(私は、誰を待っているのかしら?)


記憶がはっきりしない。しかし、誰かを待っていることだけは確かだった。


待ち人は、それほど経たぬうちに彼女のもとへやってきた。共に過ごすうちに随分と伸びた髪を綺麗に後ろへ流したその人は、驚くほど素敵で見惚れてしまった。


いつも端正な顔立ちだと思っていたけれど、正装した姿は感嘆が漏れるほどに格好良かった。プリシラの称賛に白い頬を赤らめる様子さえ、あまりに愛おしかった。


嫉妬のあまりドレスの色を変えてしまうことも、実に彼らしいことだと思えた。

楽しい宴だった。


(これは夢じゃない。現実……私の記憶だわ)


そうだ、間違いなく起きたことだ。その瞬間、霞んでいたすべてが鮮明になった。


リュエンと共に踊るダンスは、驚くほど心地よかった。一週間も放置されたプリシラがこれ見よがしに拗ねてみせると、彼は困り果てた、けれど嬉しそうな表情で「何でもするから言ってくれ」と告げた。


(何をさせようかしら?)


リュエンに抱かれたまま街へ出るのは相当恥ずかしい行為だったから、それに相応ふさわしい恥ずかしい何かをさせてみようか。けれど、何を命じても彼は喜んでしまいそうだ。それなら、リュエンがいっそう喜びそうなことをしてあげるのがいいのではないか。


心の中に喜びが満ち溢れた。このまま、すべてが平穏に進めばどれほど良いだろう。


続いていた音楽が止まり、再び壇上に上がった皇帝ロードランはリュエンの名を挙げ、プリシラと共にある限り、彼に本来の身分を回復させるという特例を下した。


宴会場にリュエンがいること、そして彼が赦免されたことに会場がざわついた。


公然と反旗を翻す者はいなかったが、不満を抱く者たちの視線が突き刺さった。しかし、意外なほどにその数は少なかった。


当然といえば当然のことだった。


間違っていたのは戦争であり、戦争を起こした国家であって、国家の剣として戦った軍人がすべての罪を背負わされるのは道理に合わないからだ。それでも、彼に向ける非難の視線は刃のように鋭く、殺気に満ちていた。


プリシラはリュエンを守るように傍らに立った。彼の手をきゅっと握ると、リュエンは晴れやかな微笑みを浮かべてその手を握り返した。


幸せな時間だった。

彼のこんな姿が見られるのなら、宴もそれほど悪いものではなかったと笑い飛ばすことができた。


その後、ロードランはリベリアに現れた塔、そこに現れたフェンベルクの脅威を他国にも知らせ、リベリアへの支援を要請した。数人の英雄たちがリベリアへ向かうと名乗り出た。


アリシア・ペインが宴会場の扉を開けて現れたのは、ロードランが英雄たちの名を尋ねていた時だった。


最初はアリシア・ペインだとは気づかなかった。相変わらずの儚げな美しさを湛えていたが、その身に纏う気配があまりに禍々しかったからだ。


数多の人々がいる宴会場で、プリシラへ向かって真っ直ぐに歩いてくる彼女の姿は、言いようのない不吉さを予感させた。


「プリシラ。楽しい?」


プリシラと対峙したアリシアが、歪んだ笑みを浮かべて問うた。リュエンが彼女の前に立ちはだかったが、プリシラは大丈夫だと微笑んで制した後、アリシアを見据えた。


「アリシア・ペイン。ここは、あなたが来るべき場所ではないはずだけど」

「はははっ、そうね。私のような下級貴族は、こんな席には加われないわ。けれど、来ざるを得なかったの。私も、来たくて来たわけじゃないもの」


理解しがたいアリシアの言葉に、プリシラは眉をひそめた。アリシアの大きな瞳に涙が溜まった。


「全部あなたのせいよ。あなたさえいなければ……。私のお兄様を返して」

「……何のこと?」

「あなたさえ……あなたさえいなければ、私たち兄妹は……」


プリシラは反射的にミラベルを見た。彼女なら答えを知っているはずだからだ。プリシラと目が合うと、ミラベルの目尻が三日月のように細められた。彼女の紅い唇が小さく動いた。


(アイザックがあなたにひどく会いたがっていたから、連れてきてあげたのよ)


「は……?」


ミラベルが手を挙げ、テラスを指し示した。華やかに輝くホールとは対照的に、テラスはひどく暗かった。カーテンの影の向こうに、何かが立っているのが見えた。ゆっくりと手を伸ばしたそれが、テラスの扉を開けた。


そして――。


「……!!!」

「ま……魔物?!」

「なぜ魔物がここに?!」


ホールの内部が騒然となった。近衛騎士たちが剣を抜く音、貴族たちの悲鳴、避難を促す怒号。


プリシラもまた剣を抜き放った。だが……近づいてくる魔物の姿が、どこか見覚えがある。奇怪に入り混じった肉体と、歪んだ顔の向こう側に、見慣れた面影が透けて見えた。プリシラの瞳が大きく見開かれた。


「……アイザック?」


アイザックがどうなろうと関心はない。彼女にとって、彼はすでに他人だったから。しかし、壊れたのを通り越して崩壊した彼の姿を目にした瞬間、思わず動揺してしまった。残っていた極めて小さな情が、彼女に戸惑いをもたらした。


「プリ、シラ。迎えに、来たよ」


途切れ途切れに発せられる声は、聞き覚えのあるあの人のものだった。プリシラの青紫色の瞳に、アイザックの姿が映り込んだ。


アイザックが伸ばした手を、プリシラは取らなかった。しかし、彼から目を逸らすこともできなかった。


ミラベルから、リュエンから、視線を外したのは刹那。警戒心が崩れたのは、ほんの一瞬のこと。


プリシラは、ミラベルの口角が上がるのを見逃した。リュエンの瞳の光が沈んでいくことに気づかなかった。


すべての歯車が狂い始めたのは、そこからだった。


「……うっ?!」


歌声が響いたのを覚えている。遠く、そして物悲しい、人の心を掴んで離さない歌声。そしてリュエンがプリシラを強く突き飛ばした。予期せぬ不意打ちに、プリシラは床を転がった。素早く体勢を立て直してリュエンを見ると、膝をついたリュエンは青ざめた顔で何かを呟いていた。


「……げろ」

「リュエン?! 一体何が……」

「逃げろ。頼むから。お願いだ……」


頭よりも体が先に動いた。戦場で鍛え上げられた鋭い防御本能が、彼女と周囲の人々の命を救った。


(一体……)


状況が呑み込めない。しかし一つだけ、リュエンが暴走したことだけは確かだった。


それ以降のプリシラの記憶も曖昧だった。必死に人々を避難させ、リュエンの攻撃を防ぎ止めた。防げると信じていた。


たとえ魔力の暴走が一つの国家を転覆させるほどのものであっても、自分ならば守り抜けると考えていた。


あまりに傲慢な考えだった。暴走したリュエンの力は絶大で、プリシラは彼をここから出さないように食い止めるだけで精一杯だった。彼を止めるために駆け寄る近衛騎士たちを守ることは不可能だった。流れる血が床を真っ赤に染めた。崩れた城壁の向こうから吹き込む風が冷たかった。


耐えなければならない。彼を止めてくれる誰かが来るまで、あるいは、彼が正気に戻るまで。

しかし、耐え抜くことはできなかった。


攻撃を許したのは、たったの一度。その一撃で致命傷を負ったプリシラは、本能的に自分はもう助からないと悟った。プリシラの障壁が崩れると、リュエンが彼女の前に歩み寄った。

死体が山を築き、宴会場が半壊したというのに、リュエンの体には返り血一滴すら付いていなかった。


ぞっとするほど無表情な彼がプリシラを見下ろした。そして。


「……!!!」


悲鳴さえまともに出なかった。死にゆく体ゆえ、痛覚が遮断されていたのはむしろ幸いだった。プリシラから飛び散った血が、彼の服を真っ赤に染めた。つい先ほどまで自分の体にあった、もはや自分の物ではない眼球が、彼の掌の中で光を失っていくのが見えた。


眼球は身体の一部だ。今ならば、彼を正気に戻せるだろうか。


(お願い。目を覚まして)


手を伸ばしたプリシラは、残されたすべての力を振り絞り、自らの瞳に魔力を込めた。おそらく、彼に贈ることができる最後の贈り物になるだろう。


感情の欠片も宿っていなかったリュエンの瞳に生気が戻ったのは、プリシラがすべての魔力を彼に譲り渡した後だった。


リュエンの悲鳴が聞こえた。しかし、顔を上げることはできなかった。沈み始めた意識の中で、プリシラはミラベルの声を聞いた。エルフリーデの声も聞こえてきた。


今にも死んでしまいそうなのに、全身の感覚も視界も黒く塗りつぶされているのに。声だけは鮮明に聞こえてきた。


その声さえもすべて途絶え、あらゆる感覚が沈みきった時。


誰かが彼女を呼ぶ声が聞こえてきた。

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