#00. (世界観設定の追加)
第2部がスタートします!
誤字脱字のご指摘、いつも助かっております。本当にありがとうございます。
こうして書き続けられるのも、読んでくださる皆様のおかげです。これからもよろしくお願いいたします!
「くそっ、くそっ、くそおっ!」
(どうしてこんなことになったの?)
リベリアの端、死者の森の入り口に立ったミラベル・ベルクは、唇を噛み締めながら、己の体に刻まれた呪いの標識を解こうと必死に足掻いていた。
しかし、どれほど力を尽くしても、刻まれた標識は烙印のように彼女の体にへばりついたままで、リベリアに近づこうとするたびに、焼けるような痛みを引き起こした。
リュエンに呪いの標識を刻まれたという事実に、気が狂いそうなほど自尊心が傷ついた。
プリシラほどではないにせよ、ミラベルもまた他者の追随を許さないほどの守護スキルを持っていた。「癒やしの天使」という二つ名は、伊達につけられたものではない。それなのに、勝てなかった。勝負にさえならなかった。
「戦場の槍」と「癒やしの天使」が揃っていたというのに、「白い悪夢」の足元にさえ及ばなかったのだ。
(一体、何が悪かったっていうのよ?)
ミラベルは憎悪に満ちた視線で、遥か彼方に見える塔を睨みつけた。リベリアに到着するまで、ミラベルは自信満々だった。彼女にとって、プリシラを説得するなど造作もないことだと思っていた。プリシラ・ライデンは、良くも悪くも情が深く、責任感の強い女だから。
そして、どれほど不当な扱いを受けても、一度抱いた恋心を簡単に捨て去るような性格ではないと知っていたから。
アイザック・ペインが謝罪すれば、愛していると告げれば、もう一度チャンスをくれと言えば。
間違いなくプリシラは折れるはずだと考えていた。たとえ折れずとも、ベルクまで連れて行きさえすれば、それでいいと思っていたのだ。
ミラベルはプリシラのために、多くの準備を整えていた。今回のように「やってられない」と逃げ出さないよう、勤務日程も調整した。子供ができればアイザックの元を永遠に離れられないだろうと、彼をそそのかすことにも成功した。
さらに、プリシラの目の前でアリシア・ペインを辱め、汚してやる構想まで終えていた。
高潔なプリシラは、決してアリシアに復讐などしない。ミラベルが代わりに手を下してやることで、彼女との関係をより強固にできるはずだ。その結果としてプリシラが戻ってくるならそれでいいと、アイザックさえ納得していたことだった。
(私はあんたのために、これほど準備してあげたのに……!)
なぜ? どうして計画通りにいかないの?
たった半月。その半月の間に、プリシラはミラベルの知る「プリシラ・ライデン」とは完全に別人になっていた。アイザックへの未練どころか、彼を道端の石ころ以下にしか扱っていなかった。
同じ女であるミラベルには分かる。アイザックに向けるプリシラの視線には、心からの軽蔑がこもっていた。
(どうして?)
アイザック・ペインのしたことを考えれば、愛想が尽きるのは理解できる。ええ、そこまでは想定内だった。プリシラがもうアイザックを愛していないのなら、アイザックを見せしめにすれば済む話だった。
アイザックがいくら優秀な「槍」だとしても、戦場の「盾」なしには無用な長物だと、今回証明されたのだから。
そう、すべては想定内だったのだ。あの男さえいなければ。
プリシラの傍に誰もいなかったなら、ミラベルの計画は成就していただろう。プリシラの愛する家族が以前と同じ「亡霊」たちだったなら、十分に懐柔できたはずだ。
「白い悪夢……千回殺しても足りない化け物め」
すべてはあの男のせいだ。あの化け物がプリシラの傍にいなければ。
あいつさえいなければ。
そもそも、なぜ「白い悪夢」がプリシラの傍にいるのか、それが一番の不可解な点だった。「白い悪夢」は常にプリシラだけを執拗に攻撃していたではないか。誰よりも彼女を殺すために心血を注いでいたのがリュエン・シェイルグだったはずなのに。一体どうして?
分からない。だが、すでに彼女の傍に怪物がへばりついている以上、理由は重要ではなかった。
(くそっ! どうすればいいの? このままベルクに帰るわけにはいかないわ)
長引く戦争によって人手も財力も底をついた王国が、これ以上の兵力を貸してくれるはずがない。今ベルクに戻ったところで、彼女の前に待っているのは魔物によって崩れ去る領地だけだった。
(嫌よ。このまま失うなんて許せない)
ベルク領は、死者の森を塞ぐ最大の要塞だ。その要塞が崩れた瞬間、ハウェル王国は滅びる。英雄に対してまともな待遇さえできない無能な国だが、これほど利用価値のある国もない。
数年かけて使い勝手がいいように作り上げてきたのだ。
「どこかで野垂れ死になさいよ、リュエン・シェイルグ……」
ミラベルの口から荒々しい罵声が漏れた。ミラベルは自分の足元に座り込み、ぼんやりと塔を眺めているアイザックの頭を蹴り飛ばしながら叫んだ。
「アイザック・ペイン! 呆けてる暇があるなら、状況を打破する方法を考えなさいよ! ああ、もうっ! あんたみたいなゴミを信じて連れてくるんじゃなかったわ」
「……」
「このままじゃベルクに帰れないのよ! あんたが名ばかりの騎士じゃないなら、ベルクを守る方法を思い出しなさい、今すぐに!!!」
ミラベルが、顔さえも役に立たなくなった無能な馬鹿に八つ当たりをしながら打開策を絞り出していた、その時だった。
――ベルク。ハウェルの領地。あなたはあそこを守りたいのかしら?
風に乗って届いた何者かの声に、ミラベルの蹴りが止まった。あれほど暴行を受けているにもかかわらず、アイザックはただぼんやりと塔を眺めているだけだった。その姿に、遅まきながら鳥肌が立った。
「……何者?」
ミラベルの視線が鋭くなった。周囲に張った守護結界に引っかかるものは何もない。それなのに、背筋を冷や汗が伝った。
――プリシラ・ライデンを回収し、ベルクを守りたいの?
「誰なの?」
――私のもとへいらっしゃい。私があなたの願いを叶えてあげる。
柔らかく穏やかな、まるで歌を歌うように響く美しい声。人を惑わす魔性の声に、ミラベルはさらに目を細めた。耐性のあるミラベルに幻惑は通じない。しかし、その声が告げる言葉には興味をそそられた。
「あんた、何なのよ?」
――私は願いを叶える者。あなたが望むすべてを叶えてあげよう。
「その代わりに、私は何を差し出せばいいの?」
――私の願いは一つだけよ。
リュエン・シェイルグ。
――彼を私にちょうだい。
「差し出したくても、今の私たちじゃリュエン・シェイルグには勝てないわ。それどころか、リベリアに入ることすらできないのよ」
腕組みをしたミラベルが答えると、風に乗って笑い声が聞こえてきた。と同時に、彼女の目の前に淡い水色のポータルが開いた。巨大なワープポータルの向こうには、美しい謁見の間が見えた。
――私は願いを叶える者。あなたが望むものが「力」なら、いくらでも分けてあげるわ。
その代わりに、私のところにリュエン・シェイルグを連れてきて。
謁見の間の奥、玉座に座る何者かがミラベルを手招きした。
その姿にミラベルの目が見開かれた。見たことのある顔だった。しかし、記憶とはあまりにもかけ離れた顔でもあった。呆然と玉座の主を見つめていたミラベルは、やがて歪んだ笑みを浮かべて答えた。
「ええ、なるほどね。いいわ。リュエン・シェイルグを連れてきてあげる。ただし、二つの条件があるわ。一つは、あんたが何をしようとベルクには手を出さないこと。魔物の襲撃も今すぐ止めなさい」
――もう一つは?
「私と私の家族は、人間として存在し続けること」
――あなたの隣にいる彼は?
「これ? これは家族じゃないわ。むしろ使い道がないから、使いやすいように作り変えてほしいのだけど」
ミラベルは足元に転がっているアイザックを引きずり上げ、ポータルの向こうへと放り投げた。そして、彼女自身もポータルの中へと足を踏み入れた。
「あんたが私の願いを叶えてくれるなら、私もあんたの願いを叶えてあげるわ。取引しましょう……エルフリーデ」
■ 国および登場人物紹介
プリシラ・ライデン:20歳。ライデン伯爵家の長女。ハウェル王国出身。
アイザック・ペイン:24歳。ペイン子爵家。ハウェル王国出身。
アリシア・ペイン:18歳。ペイン子爵家の義理の娘。
ミラベル・ベルク:22歳。バレット伯爵家の次女。ハウェル王国出身。
カイゼン・ベルク:32歳。ベルク辺境伯。ハウェル王国出身。
リュエン・シェイルグ:年齢不明。ガエル魔導国出身。
ミュベル・ペンベルク:年齢不明。ガエル魔導国出身。
ライディス・ラフェル:25歳。ラフェル伯爵家の三男。戦争で功績を挙げ、侯爵の爵位を授かったが……? カイアード帝国出身。
ラファエル・ヒューストン:32歳。ヒューストン公爵。帝国の将軍であり勇者。カイアード帝国出身。
■ 世界観設定
【ハウェル王国】
大陸の北側に位置する国。国の北端に「死者の森」がある。10年にわたる戦争により財政難および人手不足が深刻だが、戦争で滅亡した国も多いため、他国からの侵略は免れている。数々の戦争英雄を輩出してきたため、帝国の援助を受けて国家を運営していた。しかし……。
【カイアード帝国】
大陸中央に位置する大国。すべての国と国境を接しており、多数の勇者を擁している。圧倒的な戦力と資金力で、廃墟と化したガエル魔導国の領土の半分を占領することに成功した。しかし、首都であるリベリアだけは占領できていない。
【リベリア自治区】
かつてガエル魔導国の首都だった都市。魔の森(死者の森)を越えてハウェル王国へと繋がっている。魔力暴走により甚大な被害を受け、都市の80%が消滅したが、カイアード帝国の力によって復旧した。現在は帝国傘下の自治区となっており、魔力暴走によって現れた「塔」に挑もうとする冒険者が絶えない。




