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シャボンの夢

(ん……?)


 ここはどこだ。

 シャボン玉のようにふわふわした虹色の小さな球が沢山浮いている。それによって前がよく見えない。そもそも影もなければ、上下左右もわからない。

 とってもきれいなのに、どこか落ち着かない。そんな空間。


「――やぁ!」


(‼)


 突然俺と同じぐらいの背丈の影が、球の向こうで鳴いている。

 人ではない。

 だが、はっきりと見えない。

 

「ビックリした?」


「お前は誰だ!」


 俺は威嚇するように得体のしれない影にキャキャンと吠えた。するとそいつは、からかうようにケタケタと笑い始めた。まるでこどものようだ。

 動いた球から覗いたのは、ぴょこんと飛び出した耳らしきもの。俺はその時察した。


(こいつは俺と同じチワワだ!)


「ピンポーン♪ 正確には君自身だヨ」


「俺の脳内に話しかけるな!」


 健斗けんと君じゃあるまいし。

 それにしても変な夢だ。自分が出てくるなんて。いや、チワワ姿の俺が出てくるなんて。そういや俺、人間だった時、どんな格好だったかな。

 

(まぁ、あれだ……)


「忘れるぐらいの情報なんて重要じゃないよネ!」


(!?)


 まるで俺の思考が理解できているみたいで気持ちが悪い。とにかく居心地の悪い夢だ。早く醒めて欲しいから、目の前のコイツを今すぐ倒そう。


「……あれ、動けない?」


 走り出そうとした。だが、うまく足が動かない。まるでぬかるみに足がハマったかのようだ。俺の周囲は虹色に輝いて、ふわふわとした、軽い軽い空の上にいるみたいなのに。

 

「キレイでしょ。ここは天国。本来なら君が居るべき場所だヨ」


「俺はそういうのは信じないタイプなんだ。夢でも勧誘はお断りだぞ」


 声だけは発することができたから、懸命に吠え続けた。可笑しく感じたのか、目の前の“それ”は、虹色の球の陰でクスクスと笑っている。

 聴こえてくる声からは、嫌味ではなく、純粋な何かを感じた。


「ぼくから話すね」


「何をだ!」


 威勢よく吠えたからか、少しだけ目の前の影が大人しくなった。大きい声は苦手なんだな。コイツ。

 影は突然笑うのをやめた。あぁ、これから真剣な話が始まるのだろうなという空気。

 周りにはふよふよときれいな球が浮いているのに。あぁなんと不思議な空間だろう。


「ぼくは家族が欲しかった。君は家族を守りたかった」


「……」


 だから何だと言うんだ。


「でもぼくには家族が居なかった。君には家族があった」


「……」


 何を言ってるんだ。コイツ。


「助かる命は一つだけだった。だからぼくは君に体を貸してあげた」


「……」


 駄目だ。

 これ以上聞いてはいけない。そんな気がした。

 でも、気になる。


(えーい、夢の中の話だ! 付き合ってやろうじゃないか‼)


 俺はやけになった。

 ふふふ、と笑む影。話さなくてもわかるぞ。お前、俺が事故に遭ったときに側にいたチワワだろ。こんな夢を見るのも珍しい。お前の主張を言ってみろ。


「君の願いを叶えてあげる」


「おう!」


「その代わりに、ぼくにってもらうヨ」


(!?)


 それは、俺が人間だったことや今までの出来事を忘れるってことか。そんな話聞いてないぞ。俺は俺だ。倉田くらた俊介しゅんすけ倉田くらた家のパパだ。

 夢の中だからといって、言っていいことと悪いことがある。


(冗談だったら謝れこのチビワワ!)




「――したの、どうしたの、パパ……!」


 体が動く。周囲は真っ暗で、ハッキリと見えるものは、ほとんどない。

 夢から醒めたのか。それにしても不気味だったな。

 事故の時のチワワなんて、もう忘れてたぞ。普通夢に出てくるか。嫌がらせとしか思えない。今日はきっと凶だ。いや、ダジャレじゃないからな。

 

「どうしたのママ。そのチワワすごく吠えるじゃん」


 夏樹なつきが部屋のドアを勢い良く開けて入ってきた。


「そうなの……、まるでうなされているような。可哀そうだから起こしちゃった」


「夜中だし、近所迷惑になるからその方がいいよ」


 夏樹なつきは冷静だなぁ……。もうちょっと心配してくれてもいいんだぞ。ほんのちょっとでもいいんだぞ。

 それより、パパは今とても気分が悪いんだ。本当なら水を一杯飲みたいところだが、そんなことは伝わらないか……。


「それじゃあ、私は戻るから」


「ええ。たっぷり睡眠をとるのよ。明日のためにね」


「ママこそ」


 ドアの閉まる音がする。

 夏樹なつきの足音が段々遠くなっていった。


「大丈夫。パパはママが守ってあげるから」


 まるでこどもをあやすかのように、ポンポンと俺の頭を優しく撫でる美香子みかこ。しまいには聴いたことのない子守唄のようなものまで歌われた。


(あれ、なんか違うような気が……)


 でも心地よかった。どんな暖房器具よりもあったかい。人の温もりってこんなにもあたたかいものなんだなぁ。

 人間だった頃は、恥ずかしくてハグなんかできなかったから、なおさらだ。


(愛してるぞ、美香子みかこ

 

 とにかく、夏樹なつきが大学に合格するのを見るまで、俺は絶対に俺でいよう。絶対に忘れるものか。俺がパパであることや、生きてきて経験したあらゆることを。


(いや、さっきの夢の話を信じたわけじゃないからな!)


「それじゃ、おやすみなさい。パパ」


 再びベッドの中に入る俺と美香子みかこ


(おやすみ。起こして悪かったな)


 俺はもう一度妻に抱っこされながら、眠りについた。

 それにしても、気味の悪い夢だったなぁ。

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