容赦ねぇ観客だこと! 【後半】
園児たちの奇声にも近い声だけが鳴り響く。砂まみれの俺。しかし、黙っているだけでは終息が付かないのを知ってるぞ。
夏樹が小さな頃も、やんちゃだったからな。
(こういう時は、こうだ!)
「うわっ! 砂が飛んできたぁ!」
俺は体毛に絡みついた砂を、ブルブルと全身をふるわせて払い落とした。感覚的には、洗髪後に髪をふるわすような動きをしてみたわけだ。
飛び散る砂にびっくりした園児たちが蜘蛛の子を散らしたように去っていく。
眼鏡の少年は、歩ちゃんと藤田君を盾にしていた。ずるがしこい奴め。
しかし、いなくなっては困る存在だ。
「もしかして君は変態ストーカー……」
歩ちゃんが一歩下がって引き気味に藤田君に尋ねる。彼は、違うと一言だけ否定した後に、事情を話し始めた。
ここからは、ちょっと過去の話になる。
それは、2年前。藤田君が大学生の新生活のために、あのマンションへ越してきたころ。あいさつ回りのために洗剤を配っていたのだが、どうしても、声をかけられない隣人がいた。
それが歩ちゃんの部屋であった。
理由は、毎晩のように親子喧嘩が響くからだったそうだ。
「駄目だ。アーティストなんて、ふざけたことを言うんじゃない!」
「大学の単位はどうしたの歩! これじゃ、立派な企業に就けないわよ!」
(うるさくて眠れない……)
正直苦情を入れたかったが、何か大事な事情があるのだと思い我慢していた。
ある日、藤田君は、マンションの廊下で、はじめて歩ちゃんの両親と出会う。どうしてわかったかというと、彼女の部屋からそれ相応の年齢の人物が出てきたからだ。
「ごめんなさいね。いつもうるさいでしょう」
歩ちゃんの母親は、申し訳なさそうな顔をして深々と頭を下げて彼に謝ってきた。父親も同様に。
藤田君には夢といったものがない。今まで親がやれと言ったことに従って生きてきた。それはこれからも変わらないだろう。そう考えていた。
そんな彼は、彼女の両親の姿を見て少しだけ羨ましいと思った。こどものために、毎日叱ってくれる。しかも、自分とは縁遠い、夢という華やかな目標がテーマだ。
だから聞いてみた。
「夢って、何がきっかけでできるんでしょうか」
歩ちゃんの両親が、顔を見合わせて過去の話をする。きっかけは一枚のCD。“ゆず”の『栄光の架橋』。
その時に、藤田君は、彼女がアーティストを目指していることを知る。
「あの子を現実から遠のけてしまったのは私たちなの」
「叶わないと知ったら、歩がどれだけ悲しむか……」
二人が、藤田君の前でほろりと涙を見せる。心配する気持ちは、彼にもわかった。親に敷かれないレールを歩くという事がどれだけ過酷か。
彼の場合、普通に大学を出て普通に就職し、普通に生きる。それを親に言われてきた。空手を習ったのも、進学校に行ったときに“文武両道精神を身につけろ”という、よくわからない理由でだ。
それでも、面接のときにその話をすると美談とされ、見事大学に受かった。もともと反抗期が無かったせいか、勉強を放棄することもなく、どちらかというと、できない人たちを見下していた。
「いっそのこと、無理だよって言ってあげたらどうですか」
「それは……、あの子の生きがいを奪ってしまうことになるので……」
歩ちゃんの母親の気持ちがわからない藤田君。将来は安定していた方がいいに決まっている。
親子そろって変わった人たちだと思った。進学校にいたときは、そんなこと言っている人など少数派であり、負け組であったからだ。
「矛盾した家族ですね」
「混乱してしまうくらい大事な娘なんです。歩は」
そして、いくつかの日が過ぎて、とうとう両親はマンションから出て行ってしまった。ドアが勢いよく閉まる音が鳴り響く。
静まり返る室内。
(これで、やっと静かに……)
――大音量で聴こえてくる『栄光の架橋』。そして大きな声での歌唱。
腹が立った藤田君は、音が聴こえてくるベッド側の壁をドンっと強くたたいた。初めての苦情行為だ。
しかし音は大きくなるばかり。
(迷惑な奴)
そして、しばらくするとこんな歌が聴こえてきた。
私の夢は一流アーティスト
世界中を渡って
あなたに夢をお届けする
スーパースーパーアーティスト
くだらない内容に気が抜けたのか、フッと笑ってしまったらしい。
(夢追い人って面白いな)
そこから、歩ちゃんに興味を持ったという。
そんなお話。
こいつ、素直じゃないんだよな。自分にない物を持っている彼女が羨ましいんだろ。それに、歩ちゃんの両親の気持ちもよく知ってる。
今までよく黙ってきたな。俺だったらすぐ言いに行くけどな。勘違いされたままじゃ、両親も藤田君も悲しいだろうに。
「君はそのイヤホンで、いつもどんな曲を聴いているの」
「……」
俺が精一杯見上げると、藤田君が、音楽プレーヤーをポケットから出しているのが見える。
そして、緑の耳かけ型イヤホンを片方、歩ちゃんに手渡していた。
静かに耳を傾ける彼女。なんだか恋人みたいだな……。
「ひゅーひゅー♪」
眼鏡のクソガキがはやし立てる様に、二人に言う。
(……、お? 何だか空気が変わった気がするぞ。気のせいか)
「『栄光の架橋』……」
歩ちゃんが言った。
「……、夢が見つかるかと思って……」
気まずそうに返答する藤田君。
(あぁぁ、こっちにも心音が伝わるんだよぉ!)
はっ、もしかしてこいつ、自分の気持ちに気づいてないな。おーい少年。出番だ。俺の気持ちを伝えてくれ。
そうだ、こどもらしく「片思いってなーに?」って言ってやってくれ。そうしたらお菓子もう一個もらえるぞ。
「ねぇねぇ、お兄ちゃん。この人とチューしたい?」
「!?」
いやいや、おじさんそこまで踏み込んだ質問を期待したわけではないんだ。ほら見ろ、二人の距離が微妙に遠くなっていってるじゃないか。どうしてくれるんだ。
「ライブも終わったみたいだし。それじゃ」
あぁこら藤田君! こら、逃げ……、
「逃げるんじゃない‼」
大きな歩ちゃんの声。静まり返る公園。園児たちは興味津々で、あらゆるアングルから二人のことを見ている。
お構いなしに鳴いているのは公園にいたハトとスズメだけだ。
「恥ずかしいんだけど」
「君の考えがわからない。教えなさい」
「好きなんでしょー? 藤田ー」
二人の会話に混ざるな、少年。今はチワワの俺と遊んでいよう。ほら、元気な園児たちがまた来てるぞ。
(……あ)
雨が降ってきた。しかも本降り。園児たちは一目散に家へと帰っていった。あの眼鏡の少年も。くそぅ、せっかくのチャンスだったのに!
残った二人と俺は、中が空洞になった滑り台のもとで雨宿りをしていた。
(あぁ、気まずい……)
藤田君と歩ちゃん。お互いに幸せになって欲しい。そうは思うのだが、今の俺にできることはあるのだろうか。
(そもそも彼女は、彼のことをどう思っているのだろう。悪魔?)
いまいちわからない。
考えているうちに、雨はどんどん酷くなっていった。




