容赦ねぇ観客だこと! 【全編】
「さっきは助けてくれてありがとうございます」
公園へ向かう途中、歩ちゃんが藤田君のフードの中をのぞき込むように言った。どうやら彼の正体が気になるようだ。
「あんまりジロジロ見ないでくれる?」
そっけなく返しているが、俺は知っているぞ。やーい、藤田。実は心配になってつけて来たって。そう言えよー。
というか、よくそんな小柄な体で背負い投げなんてできたな。
「空手とか、習ってたんですか?」
お。歩ちゃんが代弁してくれた。
「……、少しは」
「小さいのに怪力なんですね」
「それ、褒めてるの?」
「褒めてます」
しばらく続く沈黙。
うぅ、気まずい。
(よし、ここは!)
俺はわざと藤田君の足元にすり寄って、甘えた声を出した。それに気づいたのか、俺を細い両手で持ち上げる藤田君。
嘘だろ。これでよく変質者を投げられたな。
(いやいや、そうじゃなくて)
藤田君が俺を顔もとに近づけたのを狙って、短い両足をジタバタさせた。乱れるフード。チラッと見えた緑色のイヤホンのコード。耳を澄ましたが、音楽は鳴っていないようだ。
(くそぅ、あと少しで正体を明らかにできたのに……)
フードを深くかぶりなおして俺を地面へとゆっくりおろす藤田君。
「流行ってるんですか。そのイヤホン」
少し怪しがっている感じの声で歩ちゃんが尋ねる。
「いきなり何」
「同じイヤホンをしている悪魔がいるので」
「悪魔ね……」
あ。もしかしてさすがの歩ちゃんも気づいたか。感じる。感じるぞ! このそわそわした感じ。おじさんが言うのもなんだが、恋だろ? あれ、違うのか……。
彼女の手提げかばんからビスケットを取り出す音が聴こえた。
「……、少しだけ話を聞いてくれますか」
受け取る音が聴こえる。
いいのか、おじさん盗み聞きしちゃうぞ。
ここからは、歩ちゃんの過去の話だ。
それは彼女が中学二年生の頃。
地味で無趣味だったために、学校で孤立し、無視などのいじめを受けていたときのこと。事情を知らないある一人の男の子が、廊下で偶然歩ちゃんに声をかけてきたという。
「ねぇ、給食の時に流す曲は何がいいと思う?」
その子は放送部の部長だと名乗り、何枚かのCDを並べて彼女に尋ねた。
「別にどれでも……」
適当に彼女が指をさしたのが“ゆず”の『栄光の架橋』だった。
「ごはんがしょっぱくなりそうな選曲、ありがとう!」
そう言って放送部の部長は走り去っていく。
(ごはんがしょっぱく? 馬鹿じゃないの)
この頃の彼女は人間不信に陥っていた。この世に存在するすべてのものが無価値に思っていたようだ。
そして給食の時間。『栄光の架橋』が流れる。
みんなが、がやがや楽しそうにお弁当を食べている中、静かにその歌詞に耳を傾けてみる。暇だったからだ。
だが、聴いているうちに歌詞の中の人物像と自分を対比するようになっていく。
夢のある人生。ない人生。面白くない現実。逃げ出したいという心。今にもはじけてしまいそうだった。
(それ以上歌わないで……!)
一人で食べるには似つかわしくない鮮やかなお弁当。本当なら大声で泣いてしまいたい。でもここは教室の中。
泣いてしまえば誤解を与えて、さらにいじめがきつくなる。そう思った歩ちゃんは、家に帰るまでそれをこらえた。
(あぁだめだ。あふれてくる……)
夜ご飯の時に、ふと思い出し泣きをしてしまった彼女を心配そうに見つめる両親。
「歩。今日学校で何かあったのか」
「母さんたちに隠し事しないで。私たちはあなたの味方よ」
両親の言葉に、耐えきれなくなって号泣したらしい。そして今日の出来事を話した。
次の日。歩ちゃんの両親は、彼女にギターと一つのキーホルダーをプレゼントした。そこには、
“がんばれ! あゆみ”
と書かれていた。
「お父さんお母さん、これ……」
「趣味がないなら、何かやってみればいい。嫌ならやめていいんだぞ」
「これでお友達出来ればいいわね」
その後、右も左もわからないまま軽音楽部に入部して、その声を評価され、ボーカルを担当し、少なからず友達もできた。なぜかギターの演奏はさせてもらえなかったとか。
という昔の話。
その話をしたあとに、歩ちゃんの声の感じが変わる。怒りに近いか?
「親という者はすぐ嘘をつくもので」
コツン……、と小石を前方に蹴り飛ばす歩ちゃん。
「嘘ねぇ……」
静かに話を聞きながら相槌を打つ藤田君。
彼女の思い出話を聞いているうちに、公園へとついた。さぁ、ド派手にライブをしよう! 公園なら誰も怒らないだろう。
複数のこどもたちが、ジャングルジムやブランコ、滑り台などで遊んでいる。キャッキャという声が少々うるさく感じるが、こどもだから仕方ない。元気なのは良いことだ。
「あー! お菓子のお姉ちゃん‼」
一人の幼稚園児の声を聴いて、公園の園児たちがいっせいに集まってくる。当然、こどもは日常の変化に敏感だ。チワワの俺を見るや否や、
「もっさもっさのでめきーん」
「違うよ。チワワだよ」
「知ってるよ!」
といった漫才のようなことをして遊んでくる。ガシガシと掴まれる俺の体毛。いたたたた……! 忘れてた。こどもは遊びに全力なことを。
「ねぇねぇ、お兄ちゃんはお姉ちゃんの彼氏なの?」
「――!」
おませな女の子が藤田君に聞いてきた。
お、少し動揺してるな。歩ちゃんから少し距離をとって、
「ただのお客さんだよ。君たちと同じ」
そう言うと、ポケットの中に両手を入れた。何すましてんだ藤田ー! おじさん応援してる! 頑張れ青春!
「そうですか……」
それを聞いた歩ちゃんは、少しだけ物悲しそうに言うと、園児たちにお菓子を配る。
そして、昨日と同じくギターケースを置いて、つやつやのギターをとりだし、肩にかける。
「きゃーっ! にっげろー」
「食べたからには、聴いてもらいます。“ゆず”『栄光の架橋』」
逃げ出そうとする園児たちに、これでもかというほど大声で歌いだす歩ちゃん。どこか満足そうだ。相変わらずな演奏だが。
こどもたちは演奏に負けないほどの大きな声で、いろんな遊具で遊んでいる。
――そう、こいつ一人を除いては……。
「ねぇねぇ、この犬。実はおじさんみたいだよー、きもーい」
歩ちゃんと藤田君にそう言う、ちょっと生意気そうな男の子。幼稚園児のくせに眼鏡をかけているとか、生意気だ。おじさんは怒っている。
(……、あれ?)
どうしてこの子、俺がおじさんだと分かってるんだ? もしかして本当に俺の考えていることがわかるのか……。いやまさかそんな……。
「なんか考え事してるー」
そうだ! もし、俺の考えてることがわかるんだったら、歩ちゃんの隣にいるのは、藤田君だということを伝えてくれ。
(そうしたら、お菓子一個もらえるぞ! どうだ‼)
「ねぇねぇ藤田って人~、この犬がお前のことバラしたらお菓子くれるって言ってたー」
「!?」
藤田君は驚いた様子で、男の子から一歩退いた。歩ちゃんは、演奏をやめて彼のことをじっとみつめている。
観念したようにフードをめくる藤田君。
俺は確信を得た。この男の子は俺の考えていることがわかっている。
(これはチャンスだ! 夏樹と美香子のもとへと帰るチャンス!)
やぁ、少年! 俺の名前は……、
「君は卑怯だ‼」
(!?)
突然の歩ちゃんの声。耳がキーンとした。その声は怒っているというよりかは、誰かを説教する時の先生のような、そんな感じのもの。
疑っているような、そんな風だった。
「良い隣人のフリをしようとしても無駄だ。君はわたしとソラの夢を邪魔する悪魔なのには違いない。わたしは騙されない」
「酷いね。助けてあげたのは事実でしょ」
「あれは君が偶然……」
「……」
どうやらようやく気付いたようだ。彼がただの冷やかしではないことに。あんな道、誰が偶然通るものか。
しばしの沈黙。
その間、再び集まってきた園児たちにもみくちゃにされる俺。ここが海ならどれだけよかったか。
投げてこられるのは砂だ。湿った鼻にくっつくからやめろ! おい、少年。そこは無視してはしゃぐのか。
(体中砂まみれになる俺の気持ちを考えてみろ!)
「だって面白いんだもん」
(このクソガキ!)
もう、こうなるとライブどころではない。藤田君の気持ちに気づいた歩ちゃん。この二人のこれからも気になるが、今の俺の現状をどうにかしてくれ‼




